4月3日からNHK連続テレビ小説の第108作「らんまん」が始まる。主演は神木隆之介(29)。男性の主演作は窪田正孝が作曲家・古関裕而氏をモデルとする古山裕一に扮した第102作「エール」(2020年上期)以来のこと。「らんまん」の魅力を3つ挙げたい。
1:主人公が魅力的
神木隆之介が演じる主人公はやがて植物学者となる槙野万太郎。そのモデルが日本の植物学の父・牧野富太郎博士なのはご存じだろう。架空の万太郎と実在した富太郎博士の生涯はかなり重なり合う。
万太郎も実在した富太郎博士も生まれたのは幕末の1862年。どちらも生家は高知の中西部の裕福な造り酒屋で、1人息子だった。
万太郎も富太郎博士も子供のころは体が弱く、いじめられがちだった。それもあって学校になじめず、小学校を中退。以後、好きな草木の研究を独学で行う。
その成果は植物学者たちが目を見張るほどになる。そして、より草花の世界を知りたいと考え、帝国大学理科大学(現在の東京大学理学部)の植物学教室の門を叩き、受け入れられた。2人はともに時代が明治、大正、昭和と移り変わろうが、研究を続けた。
富太郎博士は27歳だった1889年、自分が発見した新種の植物に「ヤマトグサ」と学名を付け、自らが創刊した『植物学雑誌』で発表する。日本人が新種に学名を付けたのは初のこと。1854年までの鎖国の影響で全ての学問が遅れていた日本にとって、とんでもない偉業だった。神木による万太郎も同じ道を辿るに違いない。
富太郎博士はその後もコオロギラン、ムジナモなどの植物を次々と発見。一方で東京大助手、同講師、千葉県立園芸専門学校(現・千葉大園芸学部)講師などを歴任する。1948年、86歳の時には皇居に参内し、昭和天皇に植物学をご進講した。
植物学の世界を超えたスター
富太郎博士が採取し、学名を付けた植物は実に1500以上ある。集めた標本は約40万。現在でも著書『牧野日本植物図鑑』は植物研究者から同愛好家まで必携の書だ。
半面、研究に没頭するあまり、金に困る日々が続いた。神木が演じる万太郎も同じ。万太郎はほかにも数々の試練に遭いながら、独自の植物図鑑を編さんすることに生涯を捧げる。
富太郎博士は植物ファンの拡大にも熱心で、どんなに偉くなろうが、招かれれば植物観察会や同愛好会に顔を出した。高校での特別授業も行った。
市井の人からの手紙などでの問い合わせにも全て目を通し、親切に答えることで知られた。このキャラクターも万太郎が受け継ぐ。素直な好青年役を得意とする神木の起用理由がうなずけるのではないか。
富太郎博士は1957年、芸術や学問などの発達にめざましい功績を挙げた人物に授与される文化勲章を受章する。小学校すら出ていない博士の偉業に世間は快哉を叫んだ。博士は植物学の世界を超えたスターだった。神木が演じる万太郎も魅力的な人物になるに違いない。
2:ストーリーが魅力的
物語は万太郎(幼少期は森優理斗・9、小林優仁・11)が5歳の時から始まる。父親が他界していたため、もう造り酒屋「峰屋」の当主だった。
母親・ヒサ(広末涼子・42)は病気がちだったものの、万太郎にありったけの愛情を注ぐ。義姉の綾(幼少期は太田結乃・10、佐久間由衣・28)も可愛がってくれた。女中・たま(中村里帆・23)からも大切にされた。
もっとも、分家の親戚たちは幼く、ひ弱な当主が気に入らない。陰口を叩く。すると、それを聞いた祖母のタキ(松坂慶子・70)が激高する。当時、分家が当主を批判することは禁物。第一、タキは万太郎が大物になると信じて疑わなかった。
一方、自分の体が弱いことを恨めしく思っていた万太郎の前に、1人の男が現れる。その男は、万太郎が生まれた1862年に土佐藩を脱藩した坂本龍馬(ディーン・フジオカ・42)だった。万太郎は龍馬の言葉に影響を受ける。
富太郎博士と龍馬の接点は確認されていない。もっとも、裕福だった牧野家が秘かに龍馬たちに資金援助していた可能性を全否定は出来ない。
この作品は大河ドラマと同じく、史実で明らかになっている部分はそれに沿い、分からないところには推理や想像を交える。そのほうが観る側にも面白いだろう。これは史実だが、物語には自由民権運動も登場する。そもそも「自由は土佐の山間より」と言われるほどで、高知は中江兆民,板垣退助ら多くの自由民権運動家が出た。
高知と出身者が日本の近代化と民主化に果たした功績も描く
物語には自由民権運動の支援者で、「民権ばあさん」と呼ばれた楠野喜江が登場する。演じるのは島崎和歌子(50)。実在した楠瀬喜多がモデルだ。
夫が他界し、戸主だった楠瀬は1878年、県から納税を求められると、日本で初めて女性参政権を求めた。納税する義務を果たせというのなら、参政権という権利を与えよと主張したのである。富太郎博士が16歳の時だった。
正論にほかならなかった。このため、当時の高知の自治体2つが、県区会議員選において、「男女区別なく選挙権を与える」という規則(条例)を制定した。ただし、国の法律が改正されてしまい、楠瀬が勝ち取った女性参政権は4年間限定で終わった。
GHQの指示もあって、ようやく女性参政権が法制化されたのは1946年。楠瀬の主張から実に68年後だった。高知市内には楠瀬の功績を讃えて、「婦人参政権発祥之地」の碑がある。
富太郎博士も若いころは板垣と同じ自由党員で、自由民権運動に携わった。
「私の郷里も全村こぞって自由党員であり、私も熱心な自由党の一員であった」(『牧野富太郎自叙伝』)
若き日の万太郎も物語の中でやはり自由民権運動に参加する。
漁業も農業も盛んで、四万十川や足摺岬など多くの天然観光資源にも恵まれた高知だが、朝ドラの舞台になるのは藤田朋子(57)がヒロインだった第40作「ノンちゃんの夢」(1988年度上期)以来2度目で、意外と少ない。
その分、この作品は地域が生んだ偉人・富太郎博士の足跡だけでなく、高知とその出身者が日本の近代化と民主化に果たした功績も描かれる。
脚本は長田育恵氏(45)が書く。演劇畑が長く、シム・ウンギョン(28)主演のNHK「群青領域」(2021年)が評判高かった。
3:出演陣が魅力的
万太郎と東京で出会い、大恋愛の末に結ばれる下町の菓子屋の娘・寿恵子を、浜辺美波(22)が演じる。ヒロインだ。ちなみに富太郎博士も菓子屋の娘・寿衛子夫人と恋愛結婚。当時としては珍しかった。この夫婦の関係も現実と物語はかなり重なる。
浜辺による寿恵子は研究に打ち込む万太郎に代わり、あの手この手で苦しい家計をやりくり。最終的にはあっと驚く方法で家族を救う。寿衛子夫人も富太郎博士のために研究費や生活費の工面を続けた。
寿恵子と実在した寿衛子夫人は読み方が同じ。なぜか? そうしなくてはならない理由があることが、物語の後半で分かる。
ある事情から富太郎博士は新種のササを「スエコザサ」と命名した。万太郎も同じ道を辿るはず。胸を打つ愛のエピソードが待っている。浜辺による賢夫人ぶりも見どころになる。
母親・ヒサ役の広末は朝ドラ初出演。3月7日の取材会で、第1週を家族と一緒に観て、涙を流したことを明かした。
広末は高知出身。愛郷心が強いので感極まったのだろうが、それ以上の大きな理由がある。第1週、ヒサと万太郎はある悲しみに襲われる。すっかり演技派となった広末に注目だ。
島崎も高知出身。高知県観光特使も務めているが、ご当地枠での出演ではないだろう。バラエティ専門のイメージがあるものの、TBSの昼の連続ドラマ「三代目のヨメ!」(2008年)に主演するなど30本以上のドラマに出演してきた。演技の評価も高い。
島崎はNHKを通じ、こうコメントした。
「高知の女性はとても強くて自立しているので地でいけそうです(笑)」
女性の権利獲得のために奮闘する楠野はおそらく視聴者の耳目をかなり集める。共感されるに違いない。それはベテランの島崎にも分かっているはず。軽いコメントとは裏腹に、力の入った演技を見せてくれるのではないか。
高知勢はほかに女中・たま役の中村、呉服商・浜村義兵衛役の三山ひろし(42)が出演する。
タキ役の松坂慶子は、「ゲゲゲの女房」(2010年上期)から4度目の朝ドラで初めて主人公の祖母役。タキは曲がったことが許せない正しく強い女性で、万太郎の人格形成に強い影響を与える。重い役だ。ちなみに富太郎博士もおばあちゃん子だった。
ほかにも寺脇康文(61)、宮澤エマ(34)、中村蒼(32)、要潤(42)、奥田瑛二(73)らが出演。朝ドラの王道を行く豪華キャストとなる。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。
デイリー新潮編集部