カツオやタイなどと並んで春に旬を迎えたホタルイカ。実は、今シーズンは“大豊漁”なのだ。東京など大都市の鮮魚店でも比較的安く販売されており、「ふっくらして大ぶりだな」と感じた人も多いのではないか。それもそのはず、今春、富山湾の漁がかつてないほど好調で、水揚げは過去最高を記録。久々に日本一を奪還するほどの“大獲れ”となっている。【川本大吾/時事通信社水産部長】

能登半島地震の影響を回避、富山湾に続々

 毎年3月1日に解禁され、6月ごろまで行われる富山湾の定置網漁。メスのホタルイカが産卵のため岸に寄ってくる際、暗闇で青い幻想的な光を放つことから、その様子を観光船で見学するツアーもある。

 地元関係者によると、岸から1.5kmほどの海域で漁獲されるホタルイカはごく一部で、「多くは岸まで寄ってきて、砂浜があるところでは波打ち際に打ち上げられたホタルイカが一斉に発光する“身投げ”という現象が見られる」という。これは富山湾でしか見られない珍しい光景だ。

 ただ、今シーズンは、元日に発生した能登半島地震の影響で、富山県の漁港でも施設や漁具に被害が出た。しかも、湾の地形変化もあって、「例年通り漁ができるのか」と不安視する向きもあった。

 ところが、漁業関係者の復旧に向けた努力の甲斐あって、スタートからホタルイカの水揚げは絶好調。富山県の水産研究所(滑川市)は、直接的な要因は調査中としながら、「今年は日本海を回遊する群れが大きかったことや、海流・水温といった海洋環境が富山湾への来遊に適していることなどが考えられる」と話す。

“記録的不漁”から、“過去最高の豊漁”へ

 ホタルイカは言わずと知れた富山湾の名産品だが、日本海から富山湾に入ってこなければ漁獲しようがない。昨年はなぜか湾への流入が少なく、水揚げ量は記録が残る1953年以来、最少の418トンと低迷した。

 記録的な昨年の大不漁から、今年は状況が一変する。県内の滑川港や新湊港などでは、3月の水揚げ開始から順調な水揚げがみられ、5月上旬までになんと累計の見水揚げ量が3800トンを超えている。これまでの豊漁記録は、1992年の3895トンだったことから、今年6月までの漁期に過去最高を更新するのは間違いない。

 それだけの豊漁なら、もちろん値段も安い。地元だけでなく、首都圏の台所である東京・豊洲市場(江東区)にも、富山産ホタルイカが大量に入荷している。流通の主体となっているのはボイルしたホタルイカで、4月末にはトレー1枚(300〜400グラム)の卸値が500円前後と、大不漁の前年同期(トレー1枚、2400〜3000円)と比べ、実に5〜6分の1の超安値となった。

 富山県産の大豊漁を受け、東京都内のスーパーでは3月中旬からホタルイカを特売。ぷっくりと親指くらいの大きさに育ったホタルイカが、手頃な値段で店頭に並び始めた。思えば昨年の富山県産は高根の花で、ほとんどが寿司店や料理店向けだった。

例年の主役は小ぶりな「兵庫県産」

 ただ、「ちょっと変だな」と思った人もいるであろう。ホタルイカは毎年、春にお目見えするし、それほど高級なイメージはない。そのワケは、ホタルイカと言えば富山県ではなく、実は兵庫県産が水揚げ日本一であり続け、スーパーの常連だったからだ。

 兵庫県では、沿岸というより沖合20kmほどの海域で、底引き網漁によってホタルイカを漁獲する。富山湾のように産卵のタイミングではないため、漁獲対象もオス・メス混在のようだ。産卵期か否かが決め手かどうか分からないが、富山県産に比べて小ぶりな兵庫県産は例年、富山県産の2倍以上の漁獲量を誇り、流通の主体となっている。

 富山県産が大不漁だった昨年は、東京への出回りも少なく、ほとんどが兵庫県産だった。しかし、今年は3月から富山産がたくさん市場に入荷していたため、「兵庫産と卸値の差があまりなくなり、スーパーなど多くの鮮魚量販店が富山産に仕入れを切り替える傾向が強まった」と豊洲の競り人は話す。

酢味噌はもちろん、「ジェノベーゼ風」もお薦め

 その結果、今年のホタルイカは「ふっくらして、濃厚なワタがたっぷり入っているな」といった印象になっているのではないか。比較的小粒な兵庫県産と比べて、「味は大差ない」という人が多いため、もちろんチョイスは好み次第である。

 夏日となる日も増えたことで、さっぱりと酢味噌で、あるいはワサビや生姜醤油などで食べるもよし。スライスしたニンニクと一緒にオリーブオイルで炒め、バジルソースとともにパスタと絡めた「ジェノベーゼ風」もお薦めだ。

 富山・兵庫の両県産、どちらもおおむね春限定の旬の味だ。サンマやサケ、イカなど、旬の魚介が不漁続きの中で、なぜだか富山県産ホタルイカは大豊漁。兵庫県産が5月末で漁を終えるのに対し、富山県産は6月に入っても漁はあるというから、このまま漁が続けば、2011年以来、13年ぶりに富山県がホタルイカの水揚げ日本一になる可能性も高まってきた。

「謎の大豊漁」――。来年はどうなるか分からないだけに、大粒・親指ほどの富山県産ホタルイカを今のうちに味わっておくのもいいかもしれない。

川本大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)など。最新刊に『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)。

デイリー新潮編集部