長引く疲労感や、頭痛、肩こり。さらにはアトピーや胃腸の異常。一見バラバラなこれら全身の不調に“共通の原因”があったとしたら……。文字通り「万病の元」といえる「慢性上咽頭炎」とその予防法である「鼻うがい」について、医学博士の堀田修氏に話を聞いた。【堀田 修/堀田修クリニック院長・腎臓内科医】

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 一度は試してみたいと思っていたけれど、花粉症の季節ももうおしまい。また来年でいいかな……。

 この時期に「鼻うがい」と聞けば、そんなふうに思う方も多いかもしれません。

 確かに、鼻腔を丸ごと洗い流す鼻うがいは、花粉症や風邪、それからインフルエンザなどの感染症対策に効果を発揮します。後で詳しくお話ししますが、これらの予防や症状軽減のためには、マスクや喉うがいよりも鼻うがいの方が断然お勧めです。

 でも、実は鼻うがいが真価を見せるのは、このような「鼻やその周辺」の症状だけではないのです。鼻うがいによって、「頭痛」や「肩こり」、「疲労感」「アトピー」「胃痛」「腸炎」「関節痛」といった、一見、鼻や喉と無関係に思える症状が改善する――。そう聞けば、少し季節外れの感がある「鼻うがい」にも、がぜん、興味が湧いてきませんか。

鼻うがいの効用に気付いた意外なきっかけ

〈専門分野の細分化が加速する現代の医療界において、堀田氏は病気の全体像を俯瞰する「木を見て森も見る診療」を実践してきた。一人ひとりの生活習慣や生活環境を丸ごと診療し、対症療法にとどまらず根本治療の方法を探り当てる。そんな治療方針をとっている堀田氏が鼻うがいの効用に気付いたのも、「IgA腎症」という鼻から遠く離れた腎臓の病気の治療においてだったという。〉

 そもそも、こうして鼻うがいのメカニズムを解説している私の専門は耳鼻咽喉科ではありません。私はこれまで40年以上にわたって、腎臓内科医としてIgA腎症の治療に取り組んできました。

 IgA腎症とは、腎臓で血液をろ過して尿を作る「糸球体」という装置に異常が起きて赤血球やタンパク粒子が尿の中に漏れ出し、少しずつ腎臓の機能が低下していく病気です。国指定の難病であり、以前は最終的に腎不全になって透析が必要になる「不治の病」でした。

上咽頭を治療すると肩こりや花粉症が改善

 ところが30年ほど前、私たちが考案した「扁摘(へんてき)パルス」という治療法がIgA腎症に有効であることが分かり、今では早期発見してこの治療を行うことでほとんどが治るようになりました。IgA腎症は「不治の病」ではなくなったのです。

 ただ、画期的な治療法だった扁摘パルスでもすべての患者さんを根治できたわけではありませんでした。多くの患者さんの治療を続ける中で、どうしても血尿が消えない患者さんが20%ほどいたのです。そして、その原因を探している中で見つけたのが「慢性上咽頭炎」という概念でした。

 慢性上咽頭炎とは、鼻の奥、のどちんこの裏側にある「上咽頭」が炎症を起こしている状態。この、上咽頭に起こっている炎症を治療すると、しつこく続いていた血尿が消えたり、大量のタンパクが尿に漏れ出してむくみが生じる腎臓病「ネフローゼ症候群」の再発が起こりにくくなったりと、手応えのある効果が次々と得られたのです。

 さらに不思議だったのは、多くの患者さんから、「肩こりがなくなった」「頭痛が消えた」「花粉症が治った」と驚きの声が上がるようになったことでした。患者さんたちに肩こりや頭痛の治療を行ったわけでも、特別な薬を処方したわけでもないのにです。私は、世間でも、医療の世界でも、ほとんど注目されていなかった上咽頭が極めて重要な働きをしているのだと信じて疑わなくなりました。

 少し専門的になりますが、この「慢性上咽頭炎」と「IgA腎症」のように、ある部位の不調が他の部位に飛び火することを「病巣感染」と呼びます。慢性上咽頭炎は腎臓だけでなく全身に遠隔操作のようにさまざまな不調を引き起こす「病巣」、つまり「万病の元」だったわけです。

「天然の空気清浄機」

 そして、鼻うがいで鼻の中を丸洗いすることにより洗い流すことができるのが、この「上咽頭」の汚れ。鼻うがいでは、鼻の奥のムズムズを解消したり風邪予防ができたりするだけでなく、上咽頭が鍛えられ、全身の不調を予防・改善できる可能性があるのです。

 では、どうして鼻の奥にある上咽頭が全身の不調を引き起こしてしまうのでしょうか。これには、上咽頭がまるで「天然の空気清浄機」であるかのように、抗原や病原体が体内に侵入するのを食い止める役割を果たしていることが大きく関係しています。

 ここからは上咽頭の働きについて簡単にご説明しましょう。

 先ほどもお話しした通り、上咽頭は鼻の奥、のどちんこの裏側に位置します。左右の鼻の穴(鼻孔〈びこう〉)から入った空気は、上咽頭で一つに合流し、加湿・加温されながら、中咽頭、下咽頭、気管、気管支を経て肺に入ります。つまり、上咽頭とは、鼻を通過して体の中に取り込まれた空気が最初に通る場所。その表面は絶えず粘液が分泌されている繊毛上皮細胞で覆われていて、埃(ほこり)や細菌など外からの異物を押し流し、痰として排出する働きもしています。

敵もいないのに戦闘員たちが暴れまわる事態

 ただ、上咽頭を覆う粘膜も常に全ての外敵の侵入を食い止めることができるわけではありません。繊毛上皮細胞の粘膜をすり抜け、上咽頭の深部にウイルスや細菌が入り込むと、繊毛上皮から攻撃指令が出されます。すると白血球を構成する「好中球」や「リンパ球」、「マクロファージ」といった戦闘部隊が活性化し、細菌やウイルスを攻撃します。上咽頭では細菌やウイルスの侵入をせき止めるべくこのような戦いが繰り広げられており、この状態を「炎症」と呼ぶのです。

 従って、炎症は体が外敵と闘っているサイン。ただ、困ったことに、炎症状態が長引くと私たちの持つ免疫システムが誤作動を起こすことがあるのです。

 上咽頭での戦いで勢いづいた戦闘部隊は、上咽頭だけでは飽き足らず、血液にのって全身を駆け巡り、静かに休んでいる戦闘員たちをたたき起こします。そうして、体のいたるところで敵もいないのに戦闘員たちが暴れまわる事態が発生するのです。このように、体の免疫システムが自分の正常な細胞を攻撃し始める状態は「自己免疫疾患」と呼ばれ、腎炎や関節炎、慢性皮膚炎などがこれに分類されます。これこそが、上咽頭が原病巣となって二次疾患が引き起こされる慢性上咽頭炎のメカニズムです。

自律神経の不調も

 体のいたるところに二次疾患を引き起こす慢性上咽頭炎ですが、厄介なのは原因になるのがウイルスや細菌だけではないということです。実は、ウイルスや細菌に感染していなくとも、黄砂などの空気の汚れ、冷え、低気圧の接近やストレスなどで同じように慢性上咽頭炎が悪化することがあります。

 また、慢性上咽頭炎は自律神経の不調も引き起こします。これは、上咽頭が位置する場所が自律神経をつかさどる脳の視床下部に近く、自律神経の乱れと慢性上咽頭炎が密接にリンクしてしまうためだと考えられています。慢性上咽頭炎の治療によって、片頭痛や肩こり、強い倦怠感や集中力の低下といった自律神経の乱れに由来する症状が改善することがあるのは、そのためです。

水に塩を加えるだけで自作も可能

 さらに、免疫システムはアレルギーの発症にも大きく関わっているため、慢性上咽頭炎によってアレルギーのスイッチも入りやすくなってしまいます。従って、上咽頭の炎症を改善することによって花粉症やぜんそく、アトピーといったアレルギー症状にも治療効果が見られることがあります。

〈鼻うがいが「花粉症」などの“鼻の奥のムズムズ”だけでなく、体の広範なトラブルに効果を発揮するのには、理由があったのだ。しかもその花粉症ですら、「鼻の奥に付着した花粉を洗い流す」といった物理的な洗浄効果にとどまらず、アレルギーのスイッチを切って根治させる可能性があるというから驚いてしまう。

 そんな驚愕(きょうがく)の効果を有する「鼻うがい」だが、方法はいたって簡単。さらに、すでに慢性上咽頭炎を起こしている人には画期的な治療法もあるという。〉

 鼻うがいは、市販の鼻うがいキットから選んで使用するのが手軽でいいでしょう。ただし、使用する洗浄液や粉末を使い切るたびに購入していると高くついてしまいますから、洗浄液を自作するのも一つの手。鼻うがいに使用する洗浄液は0.9%濃度の生理食塩水で、煮沸した水1リットルに9グラムの食塩を加えるだけです。誰でも簡単に作れますから、お勧めです。

 鼻うがい用のボトルに洗浄液を入れたら、できるだけ前かがみになって片方の鼻孔から生理食塩水を入れ、もう片方の鼻孔から出します。これを左右2回ずつ繰り返します。生理食塩水を鼻に流し込むときに「エー」と声を出しながら行うとスムーズに鼻うがいができるでしょう。片方の鼻孔から入れた生理食塩水を反対側の鼻孔ではなく、口から出しても構いません。

喉うがいには大した効果はない?

 普段、喉うがいをしている人は多いと思いますが、喉うがいで洗い流せるのは、中咽頭についたゴミだけです。埃や病原菌が付着しやすいのは中咽頭より上にある上咽頭ですから、風邪の予防にも喉うがいより鼻うがいの方が効果的です。

 京都大学保健管理センターで所長を務められていた川村孝教授の研究では、「水での喉うがいは風邪の発症を4割程度減少させたが、ヨード液のうがいでは風邪の発症は低下しなかった」と報告しています。この研究はヨード液による喉うがいより水うがいの方が効果が高いという結論でしたが、別の見方をすれば喉うがいそのものに大した効果がないという解釈もできます。

 また、花粉症や風邪の予防にマスクを着ける方も多いと思いますが、これも私はお勧めしません。上咽頭は天然の空気清浄機だと言いましたが、マスクは口呼吸を助長し、ウイルスや細菌、埃を含んだ外の空気が上咽頭を通過せずに体の中に入ってきてしまいます。そうなることを防ぐため、マスクを着けるよりは「汚れた空気を吸ったら鼻うがい」を習慣にした方がいいでしょう。

既に発症している人にできること

 さて、ここまで上咽頭を鍛え、慢性上咽頭炎を予防するための鼻うがいの効果を紹介してきました。でも、すでに慢性上咽頭炎を発症している人はどうすればいいのでしょうか。もちろん、鼻うがいにも慢性上咽頭炎の症状を改善する一定の効果はありますが、それよりもてきめんに効く治療法があります。それが「上咽頭擦過(さっか)療法」、通称「EAT」と呼ばれる治療法です。

 鼻うがい同様、この治療法も至ってシンプルです。塩化亜鉛溶液に浸した専用の長い綿棒を鼻または口から挿入し、綿棒の先端を直接、上咽頭にこすりつけるだけです。こうした治療を1週間に1回程度続けて上咽頭に起こった炎症を鎮静化することで、慢性上咽頭炎はキレイに治ってしまいます。冒頭で紹介した「どうしても血尿が消えないIgA腎症の患者さん」に行った治療が、この「EAT療法」です。

二つの難点

 ただ、この画期的な治療法にも難点がいくつかあります。その一つが、とにかく「痛い」ことです。慢性上咽頭炎の患者さんは、塩化亜鉛のついた綿棒の先が上咽頭に触れるだけで、綿棒の先にべったりと血が付くほど強い炎症を起こしています。そのため、強くこすってもいないのに激痛が走るのです。女性の患者さんの中には「出産より痛かった」と話す方もいるくらいですから、半端な痛みではないことが分かると思います。しかし、涙を流すほど痛がった患者さんでも、ほとんどの方が治療を継続されます。痛ければ痛いほど得られる効果が大きいのも、この治療の特徴といえるでしょう。

 難点の二つ目は、この治療法を実施している病院が少ないということです。慢性上咽頭炎という概念は特段新しいものではなく、今から60年ほど前に東京医科歯科大学耳鼻咽喉科の堀口申作教授が精力的に研究し、提唱した概念です。しかし、その後、日本でも世界でもこの病気についてさらに研究が深められた形跡はなく、今では耳鼻科の教科書にも載っていません。

儲からない治療法

 この治療法が広まらなかった理由の一つには、専門分野が細分化された医療の世界の特徴が挙げられます。慢性上咽頭炎の治療は耳鼻科の専門領域ですが、二次疾患は必ずしも耳鼻科の専門ではありません。従って、二次疾患が改善したところで耳鼻科の医師はそれに気が付きませんし、二次疾患の方の専門医もまさか原因が上咽頭にあるとは思わないのです。そうして、慢性上咽頭炎と全身の不調の関係が見過ごされてきたのではないかと思います。

 もう一つの理由は、この治療法の診療報酬が非常に低いということです。慢性上咽頭炎の処置料は3割負担で400円程度。使用する塩化亜鉛も安価で、耳鼻科で塩化亜鉛を塗布するだけなら、患者さんの負担は非常に安く済みます。ところが、医療機関側にとってみれば経営的には全く魅力がありません。皆さんは“医者は儲かる”というイメージをお持ちかもしれませんが、実際は、従業員への支払いや医療機器、備品の購入など出ていくお金も多いのです。そういった医療機関からすれば、EATは積極的に導入したい治療法とはいえない現実もあるのです。

近年は実施する病院が増加

 とはいえ、EATの高い治療効果により、近年は実施する病院も増えてきています。10年ほど前、私が調べた限りでEATを実施している医療機関は全国で20カ所程度に過ぎませんでしたが、現在では大学病院を含む500以上の病院や医院でEATが実施されています。

 19年には日本口腔・咽頭科学会内に上咽頭擦過療法検討委員会が発足しました。さらに、新型コロナウイルス感染症の後遺症の有効な治療法として注目されるなど、EATを取り巻く環境はこの十数年で様変わりしました。慢性上咽頭炎とその治療法が医学の教科書に掲載される日もそう遠くないのではないかと思います。

 EATを実施している医療機関は「認定NPO法人日本病巣疾患研究会」のホームページで簡単に調べることができます。鼻や喉の疾患だけでなく、長引く疲労感や一生付き合わなくてはならないような免疫疾患に悩んでいる方は、一度、EATを実施している医療機関を訪ねてみるといいでしょう。

堀田 修(ほったおさむ)
堀田修クリニック院長・腎臓内科医。1957年愛知県生まれ。防衛医科大学校卒業、医学博士。「日本病巣疾患研究会」理事長。2001年にIgA腎症の根治治療である「扁摘パルス療法」を米国医学誌に発表。著書にベストセラーとなった『つらい不調が続いたら慢性上咽頭炎を治しなさい』や『鼻うがい健康法』がある。今月末に新刊『慢性疲労を治す本』が発売予定。

「週刊新潮」2024年5月23日号 掲載