坪単価は“歌舞伎町”の2倍

 戦後まもなく建てられた木造長屋が軒を並べ、店の看板が雑然とした空間を酔客が行き交う。東京都新宿区歌舞伎町の一画にある「新宿ゴールデン街」は、約6500平米のエリアに300軒近いスナックやバーがひしめくように営業している。【亀井洋志/ジャーナリスト】

 かつては作家や編集者が通う文壇バーや、演劇・芸能関係者が集う店などもあり、一般の人々には近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが、それもいまは昔。近年、若い人たちが足を運び、外国人旅行者の観光スポットとしても賑わっている。

 ところが、最近になって飲み屋のオーナーや常連客たちを仰天させる事態が起きた。今年4月、ゴールデン街にあるわずか3坪(9.91平米)の2階建て店舗が競売にかけられ、8000万円もの金額で落札されたのだ。坪単価にして約2666万円。歌舞伎町の公示地価の平均が1坪約1375万円(2024年査定)だから、実に2倍だ。

 古くからバーを営むママが訝しがる。

「ゴールデン街はだいたい坪1500万円が相場だから、(落札額は)みんなで4000〜5000万円くらいと考えていたのよ。蓋を開けてびっくり、8000万円だなんて。この辺りの店はテーブルチャージが1000〜2000円ほどで、お酒を1杯飲むごとにプラス500円とか1000円。客単価は4000〜5000円程度だから“採算が合うのかねー”と、お客さんと言い合ってたの」

 競売には100人以上が入札したというが、これでは太刀打ちできないだろう。1980年代のバブル期には、ゴールデン街にも再開発の波が押し寄せ、地上げ業者が暗躍した時代もあった。いまの時世、眠らない街・ゴールデン街を舞台にした巨額競売取引を制したのは一体いかなる人物なのか。取材を進めると、その落札業者が判明した。

“購入者”に真意を尋ねると

 東京都千代田区に本社を置く「D・T TRUST」なる不動産会社で、代表は君島真一氏。購入の真意を質すと、君島氏は「すごく面白いお答えができるわけではないのですが……」と戸惑いながらも、取材に応じてくれた。

――今回、ゴールデン街の物件を購入された経緯を教えて下さい。

「新宿歌舞伎町は飲み屋街として、一番場所がいいじゃないですか。ゴールデン街は魅力的だなと思っていたら、売りに出た。やはりほしい物件だったから、それなりの金額を入れて落札したというだけのことです」

――8000万円も投じて採算は取れるのですか。

「土地の適正な価格は、利回りとか収益性、過去の取引事例でわかるのですが、件の土地は高く見積もってもだいたい半値の4000万円くらいだと思います。僕が倍の金額で入札したのは必ず勝てる金額で落としたかった。それだけですね」

――将来、再開発などを見越しての投資というわけではない?

「まったくないですね。昔はそういう話もあったんでしょうけど、ゴールデン街は地権者が100人以上おられるので、とてもまとまらないと思います。(再開発などは)全然期待していません。ああいう古きよき街が残ったらいいなと思っています」

「長期保有することが大前提です」

――では、転売する気はない?

「売却する気はありません。不動産用地の仕入れとして考えるのであれば、あれだけの金額は入れません。長期保有することが大前提です」

――多くの外国人観光客をターゲットにした、お店の展開などのプランがあるんですか。

「飲食店を経営する予定もありません。テナントさんの賃料が目当てなので、お店の形態は好きなようにやって頂いて構わない」

――ゴールデン街は、テナントが空くのを待っている応募者がたくさんいるようです。

「空き店舗が2ヵ月、3ヵ月も続く場所ではないと思うんですよね。そういう意味では、賃貸契約、不動産契約としてはまちがいない物件かなと思います。金額が見合っているかどうかは置いておいて」

――やはり、同様に昭和レトロな飲食街に物件を保有しているんですか。

「物件を持っているかどうかは別として、吉祥寺のハモニカ横丁とか、新宿西口の思い出横丁とか、西荻窪にもありますよね。やっぱりああいうところの物件がほしいですね」

 最後に、君島氏に不動産業者としての“哲学”を聞いてみた。

 君島氏は少し考えたが、「やっぱり、ちょっと変わっているんですかね。8000万円あればもう少しきれいな物件やマンションが買えるかもしれないですから。ああいう物件をほしいというところが、ちょっと変わっているんでしょうね」と笑った。

 何だかけむに巻かれた気がしないでもないが、ゴールデン街を仰天させた巨額取引の主は、意外にもクールな人物だった。

デイリー新潮編集部