NHKが5月の「あさイチ」と「すくすく子育て」、「NHKスペシャル」の3番組で立て続けに取り上げた「アタッチメント」という言葉が話題となっている。「子どもの幸福度に影響を与える」といわれ、日本や世界の子ども・子育て支援政策として重要視されるなか、欧米の若い世代の間では「自己理解と人間関係の改善に役立つ」と大ブームになっているという。はたして「アタッチメント」とは何なのか? 発達心理学を専門とする西尾新・甲南女子大学教授がわかりやすく説明する。

日本語では「愛着」

 4月になると、あちらこちらの幼稚園、保育園、子ども園から子どもの激しい泣き声が聞こえてくる。保護者(親)と別れるのをイヤがる子どもたちの、大泣きして抵抗する姿だ。毎年4月に繰り返される、いわば風物詩といっていい。

 この「保護者(親)から離れたくない」という気持ちの基になっているのがアタッチメントだ。アタッチメントとは「子どもが特定の大人に対して抱く情緒的な結びつきのこと」であり、その対象は多くの場合保護者(親)である。日本語では「愛着」と呼ばれている。

 このアタッチメントは、イギリスの児童精神科医で、1950年初頭から、WHOの乳幼児保健政策を長年にわたってリードしてきたジョン・ボウルビィが提唱した概念だ。ボウルヴィは「子どもにとって見知らぬ環境でアタッチメント対象が奪われること」が、その子どもにとって身体的、精神的発達に重大な影響を与えると主張した。彼のアタッチメント理論は現在においても、子どもにかかわる援助者の基本的な考え方であり、児童福祉政策の根幹となっている。

知能や学習成績にも影響

 アタッチメント対象となる大人(多くの場合はその子どもの親や保育者)は、子どもにとっての「心の安全基地」と呼ばれる。アタッチメント対象から十分に安心を得られた子どもは、徐々に安全基地を離れ、周囲の探検を始めるようになる。探検の途中で不安なことがあるとすぐに基地に帰ってきて心を落ち着かせ、また探検に出かける。

 公園などで、親を後ろにして子どもが走り出し、振り返って少し離れ過ぎていれば戻ってきて親に抱き着きまた走り出す、という姿を見ることがあるが、これはまさにアタッチメント対象である親が子どもにとっての安全基地となっている姿だ。

 アタッチメントの形成は、子どもと保護者(親)の情緒的な絆を確かにするだけではなく、知能や学習成績にも影響を与えることが示されている。

 例えば2014年にサイエンスで発表された研究(注1)では、ジャマイカの首都キングストンの最貧困地域の129人の乳児とその保護者に対して2年間、「栄養補助食品を毎週1kg支給」した場合と、「週に一度家庭訪問をして親に子どもと遊ぶよう指導」した場合とで、30年後の影響を調べた。その結果、子どもの人生に最も大きな影響を与えたのは「子どもと遊ぶように」という親への指導であった。親に対してアタッチメントを形成できた子どもの知能は高く、攻撃行動は少なく、大人になった彼らの年収は高かったのである。

『私たちは子どもに何ができるのか』(注2)の著者ポール・タフは「『心の安全基地』が子どもの心に安心感と自信を根付かせ、これによって子どもは外の世界に探検に乗り出していけるようになる。現実の世界ではこれが役に立つ」と述べている。

大泣きはアタッチメントが育っている証拠

 さて、4月の子どもたちに話を戻そう。これはもう20年ほど前に筆者がベテラン保育者から聞いた話。「以前と比べて保護者と別れるときに泣かない子どもが増えた」そうなのである。その保育者に言わせれば、保護者と離れる場面で大泣きする子どもを見るとホッとし「もっと泣け、もっと泣け」と思うのだそうだ。

 園の前で、園バス乗り場で、あるいは通園途中で子どもが大泣きするのはまさに、子どもの心に保護者に対するアタッチメントが育っている証拠なのだ。いわばその子どもから「あなたはわたしの保護者(親)ですよ」と認めてもらったしるしと言っていい。しかし、子どもが泣くからと言って心配する必要はない。すぐに園が「よく知っている環境」となり、先生のことが大好き(アタッチメント対象)になるはずだから。

 子どもにとって保護者(親)・保育者は、アタッチメントの対象であるがゆえに、子どもは保護者(親)・保育者(先生)に愛されたいし、喜ばせたいし、悲しませたくないのである。「無償の愛」を与えてくれるのは、大人ではなくむしろ子どもなのだ。願わくは、子どもからもらっている無償の愛を大人の勝手な都合で利用せずにいたい。

注1  P. Gertler, J. Heckman, R. Pinto, A. Zanolini, C. Vermeesch, S. Walker, S. M. Chang, and S. Grantham-McGregor. (2014). Labor Market Returns to an Early Childhood Stimulation Intervention in Jamaica. Science. May 30; 344(6187): 998-1001.
注2 ポール・タフ. (2017). 『私たちは子どもに何ができるのか』(英治出版)(高山真由美訳, Paul Tough, (2016). HELPING CHILDREN SUCCEED.)

西尾新(にしお・あらた)
2003年に京都大学教育学研究科博士号(教育学)取得。現在、甲南女子大学人間科学部総合子ども学科教授。専門分野は、発達心理学、教育心理学。還暦ゲーマー、持ちブキはスプラシューターコラボ、ウデマエは現在Sクラス昇格戦中。共著書に、『公認心理士の基礎と実践(8)学習・言語心理学』(2019年遠見書房刊、第8章「非言語的・前言語的コミュニケーション」担当)。

デイリー新潮編集部