新型コロナウイルスによってすべての風景が変わった――とはよく言われることである。婚活も例外ではない。57歳からの再婚を目指して婚活を始め、58歳に突入したフリー記者の石神賢介氏の生活もコロナの影響を大きく受けているようなのだ。

(文中の紹介文、登場人物はプライバシー保護の観点から一部を変更してあります)

生きるための婚活

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、婚活は経済的な危機からの打開策の一つにもなってきた。

 感染拡大前に行われた婚活パーティーで知り合ったまり子さん(仮名)もその一人だ。彼女の年齢は50歳。笑顔は華やかでスタイルもよく、30代と言われればほとんどの男は信じるだろう。明るく社交的な彼女に魅かれて、その場で連絡先を交換した。

 LINEで頻繁にやり取りはしたものの、初めて二人で食事をしたのはパーティーから1カ月経った週末。時間がかかったのは、まり子さんが多忙だったからだ。彼女のリクエストで横浜へ行き、スカンジナビア料理の店で食事をした。

 その席で、忙しい理由を知った。彼女は、昼間は自宅近くの運送会社で事務員として、夜は銀座のクラブでホステスとして働いていた。住まい神奈川県・横浜市。ただし、住民票の住所は岩手県の盛岡だ。そこには実母と専門学校と高校へ通う男女2人の子どもがいる。浮気性の夫と別れて、家族4人の生活を支えていた。週末は盛岡の家に帰っているという。

 銀座の店では、ママのほかは彼女の実年齢を知らない。客や同僚には39歳で通している。3年前に入店して以来ずっと39歳らしい。厳しい経済状況からの脱却のためにも、安定した収入のあるパートナーを見つけたい、と彼女は言った。

 その日は深夜までおおいに食べて飲んだ。楽しい時間だった。彼女とはその後もLINEでやり取りをしたが、この関係にはなかなか未来は見出せずにいた。真剣に交際するには、家族も受け入れなくてはならないだろう。彼女は盛岡へ帰りたいとも言う。70代の母親も地元を離れる気持ちはまったくない。子どもたちにも自然豊かな盛岡で暮らしてほしいそうだ。盛岡には、僕ができるフリーランスの記者の仕事はないだろう。彼女自身地元に仕事がないから、東京で働いているのだ。

 そうしているうちに、3月になり、新型コロナウイルスが蔓延し始めた。銀座の歓楽街を訪れる人は一気に減り、まり子さんが勤める店もクローズ。銀座での仕事を失ったまり子さんは大田区・蒲田のキャバクラに転職した。

女性のすべてを引き受けられるか?

「京極摩耶でござりんす。お待ちしておりまする」

 昼間、妙なLINEが届いた。まり子さんからだ。花魁のスタンプも送られてきた。

 やがて、訂正のLINEも届く。

「ごめんなさい! 間違えてお客さんへのLINEを送ってしまいました!」

 花魁スタンプは営業のLINEだった。“京極摩耶”はキャバクラでの源氏名だという。

 彼女によると、銀座のクラブよりもキャバクラはさらに体力勝負らしい。お酒をたくさん飲まなくては務まらない。客に飲ませ、自分も飲む。勤務時間が長いので疲労がたまり、昼間の仕事は辞めて夜一本にしたという。

 しかし、彼女のキャバクラ勤務は短期間だった。4月に入り、新型コロナウイルスによる国の緊急事態宣言発令で店はクローズ。まり子さんは横浜市の鶴見にある、知り合いが経営するカジュアルなイタリアンレストランに転職した。

 とはいえ、レストランの経営も厳しい。店は東京都の要請にしたがって、夜8時にクローズし、店の奥のシークレットのバーでマスクを着用してお酒を提供していた。

「お時間が許したら、遊びに来てください」

 まり子さんから初めて店への誘いのLINEが来た。しかし、僕自身は食材の購入以外自宅から出ないステイ・ホームの時期だった。

 鶴見のレストランを訪れたのは、新型コロナウイルス第1波の緊急事態宣言が明けて東京の感染者数が減った7月。店はがらがらで、店員のまり子さんもテーブルに付いた。ほかに客がいないので、彼女が“おかあさん”と呼ぶ60代くらいの女性オーナーも一緒に食事をした。

 女性オーナーは、まり子さんの父親の再婚相手だという。血はつながっていないが、一時期は母親だった。実父はというと、どこかでまた別の女性と暮らしているらしい。厨房にはオーナーの現夫もいた。店にはいないが、血のつながっていない弟もいるそうだ。家族関係が複雑で、なかなか理解できなかった。

 まり子さんは女性としてとても魅力的だ。家族を思いやる発言が多く、情に厚い性格であることがわかる。美しく、たくましい。生命力を感じる。正直な気持ちを言えば、彼女を口説いて、恋愛関係になりたかった。しかし、結婚相手として考えると、なかなか勇気が持てない。会ったことのない彼女の家族まで受け入れる度量は、僕にはない。そもそも、まり子さんとも3回しか会っていないのだ。

 やがて、蒲田のキャバクラが再開し、彼女は店に戻った。フェイスシールドを装着して接客しているそうだ。“おかあさんのイタリアン”はコロナ禍で客が大幅に減り、クローズした。別のかたちで出会えたならば、コロナ禍でなければ。タイミングの悪さ、そして自分の人間力のなさが悔やまれる。

不思議な女性

 婚活アプリで知り合い、世田谷の住宅街の洋食店で食事をした35歳の敏子さん(仮名)もコロナ禍で仕事を失った女性だった。

 彼女の申し込みに、最初は腰が引けた。メッセージがほかの女性と明らかに違っていた。

「助けてください。結婚して子どもを産みたいです。職を失い、毎日就職活動をしています。なかなかうまくいかず、キャバクラの求人にも応募しましたが、初出勤の前日に怖くなって断りました。いっそのこと海外で生活したいのですが、コロナ禍の今は無理です。結婚・出産のご相談をしたいです」

 ……。ちょっと違和感を覚えたものの、会ってみることにした。

 レストランで向き合うと、小柄で肌がつるつるした女性だった。

「オーダーはお任せしてよろしいですか」

 洋食店のテーブルに付くと、彼女は満面の笑みで言う。

「わたくし、食事は男性に選んでいただきたいものですから」

 不自然に丁寧な話し方だ。

 彼女の好みを聞きながら、サラダ、マッシュルームのソテー、ラムロースのグリル、ガーリックブレッドなどを注文した。ラムを選んだのは、敏子さんが鉄分の多い肉がほしい、と言ったのだ。ラム肉は鉄分を多く含んでいる。

 ところが、料理が来ても彼女は手を付けない。皿に取り分けても、ただ困った顔をしている。

「どうされましたか?」

 訊ねても、下を見ている。もう一度聞くと、ようやく口を開いた。

「わたくし、外食ではコースでしか食事をしたことありません。誰かと分けて食べたことは一度もありません」

 びっくりしたが、しかたがない。彼女だけのためにサラダや肉を追加した。テーブルの上は料理でいっぱいになった。

 ご機嫌の彼女は、おいしいおいしいと目の前のものを食べる。シャンパンやワインもごくごく飲む。

一日でも早く子どもが欲しい

「わたくし、すぐにでも結婚したいのです」

 食事中、彼女は何度も言った。

「なぜそんなに急がれるのでしょうか?」

「一日でも早く子どもがほしいのです。こうしている間にどんどん時間が経過していることを考えると、気が気でありません」

 時間の経過といえば、こちらの58歳という年齢は気にならないのだろうか。

「どんな男性がお好みですか?」

 さしさわりのない質問をした。

「私の父のような男性が理想です」

「どんなお父様なのでしょうか?」

「すべてを自分で引き受け、ものごとに動じない男性です」

 なかなか立派な父親だと思いきや、さらに聞くと、父親は母親を嫌い、家から追い出したらしい。敏子さんも追い出され、電話にも出てくれないそうだ。どんな人なのか、よくわからなくなった。

「敏子さんは何をしているときが楽しいのですか?」

 また、さしさわりのない質問も投げかけた。

「それは秘密です」

 教えてくれない。

「内緒にするほどのことでしょうか?」

「わたくし、男性にはミステリアスな女だと思われたいので、趣味については秘密にさせてください」

 これまでのふるまいや会話ですでに十分にミステリアスだと思ったが、それは口にはしないでおいた。

「では、そろそろ帰りましょうか?」

 そう提案した。すでに十分に飲食していた。それに彼女は不思議過ぎて、一緒にいるのはもう限界だったのだ。

「えっ、帰る前に、わたくし、食べたいものがあります。最後にステーキを注文してはいけませんでしょうか? 牛肉の鉄分もいただきたいので」

 そう言うと、こちらの返事も聞かず、楽しそうにメニューを眺め、ウエイトレスさんを呼んだ。

「ここにあるお肉の産地をそれぞれ教えていただけますか」

 ウエイトレスさんは困った表情になりながらも厨房に確認しにいき、一つ一つ説明してくれる。

 敏子さんは悩みに悩むが、産地を聞いたところで肉の違いはわからない様子で、さらに訊ねた。

「どの牛肉が一番おいしいですか?」

 ウエイトレスさんがまた困った表情になる。

「申し訳ございませんが、お好みによります」

 そう答えるしかないだろう。

「では、この一番お値段の高いお肉にしてください」

 敏子さんは、メニューにある150グラム8500円の黒毛和牛フィレ肉のグリル4種の薬味添えを指さした。このカジュアルな洋食店ではめったにオーダーが入らない料理だろう。

「薬味添えとありますが、薬味の産地はどちらでしょうか?」

 またもやウエイトレスさんに聞く。

「さあ……」

 薬味の産地まで知るはずもないし、これ以上相手はできないのだろう。

「お気になさらず、あるものでお願いします」

 僕が言うと、ほっとした表情で厨房へ戻っていった。

 ステーキが届くと、彼女はそれを二つに分けた。半分は店で食べ、もう半分は持ち帰るという。

「こちらの半分、わたくしの明日の朝ご飯にしてよろしいでしょうか?」

 そう言って、ニタッと笑う。

「どうぞお好きに」

 もはやどうでもいい。

 彼女はおいしそうに肉を食べる。僕はただ眺めている。

 店内で僕たちが最後の客だった。レジを閉めているので、敏子さんはまだ食事中だったが、先に会計をすませた。

 敏子さんも食事を終え、ようやく店から出る。

「では、ここで失礼します」

 一刻も早くその場を去りたくて、店の前で敏子さんと反対方向へ歩こうとすると、彼女は店先によろよろと座り込んだ。

「食べ過ぎました……」

 そうつぶやいた。確かにかなり食べてはいた。放置したい。しかし、そういうわけにもいかず、様子を見守った。

「救急車、呼びましょうか?」

 訊ねてみる。

「いえ……、大丈夫です」

 激しくかぶりを振る。しばらくはそっとしておくしかないだろう。

 5分くらいすると、彼女は急に立ち上がった。

「わたくし、顔を見てまいります」

 そう言うと、すでにクローズしたレストランに戻っていった。化粧室で嘔吐するのだろうか。あるいは腹をこわしたか。

 10分ほどして店から戻った敏子さんは、すっかり元気になっていた。立派な回復力だ。吐いて楽になったのかもしれない。

 徒歩で帰るという敏子さんを見送ると、ぐったりと疲労を感じた。

 わずか1時間半ほどの食事だったが、5時間くらいに感じた。

 翌日、アプリを通して敏子さんからメッセージが届いた。

「昨日は失礼しました。またお目にかかれますか? もしこれきりであれば、ほかの男性を探してもよろしいですか?」

 即レスポンスした。

「こちらこそありがとうございました。もちろん、ご自由にされてください。ほかの男性とお会いになってください。いい出会いがあることを心よりお祈りしております」

 新型コロナウイルスの感染が拡大して、世の中が大きく変わった。それまで当たり前だと思われていた日常が失われた。そして、婚活に参加している男女も様変わりしているような気がした。

 まり子さんのケースもそうだが、コロナは多くの人から容赦なく仕事を奪っていく。それまでの生活も奪っていく。心がむしばまれる。

 それでも、女性には一発逆転のチャンスがゼロではない。高収入の男性、あるいは安定した収入の男性と結婚すれば、そのときから人生は変わる。その機会を得る手段としても各種婚活ツールは機能しているのだろう。

 一方、男はどうか? 結婚による経済的な一発逆転の可能性はゼロではないにせよ、女性よりははるかに低いだろう。コロナ禍であろうが、平時であろうが、コツコツと努力を積み重ねていくしかない。

石神賢介(イシガミ・ケンスケ)
1962(昭和37)年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターになる。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。30代のときに一度結婚したが離婚。

2021年3月6日 掲載