「じつはこれは失礼な行為である」

「厳密にはこれも失礼に当たる」

 当失礼研究所は、そんなふうに重箱の隅をつついて「失礼」を作り出すために、研究を重ねているわけではありません。

 基本の失礼は押さえつつも、自分と周囲が日々を平和に穏やかに過ごすために、失礼とどう付き合っていけばいいかを考えていく所存です。

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「週末は嫁の実家に行っていた」

 何気なく発したこのセリフが、あなたの人格的な評価を大きく下げることになるかもしれません。

「あっ、これウチの嫁です」

 夫婦で買物をしていたら、知り合いにバッタリ。妻を紹介したこのセリフが、夫婦のあいだに修復不可能な亀裂を作るかもしれません。

 ここ数年、男性が自分の配偶者を「嫁」と呼ぶことに対して、不寛容な人が増えています。そういう人は誰かが「嫁」を使っているのを見ると、「ケシカラン!」「目覚めよ!」と詰め寄らずにはいられません。

 1年半ほど前、ある企業のツイッター公式アカウントが〈嫁から「とりあえずこれを読め」と〜〉と書いて、炎上しました。後日、「不適切な表現」だったとおわびする羽目になります。ダジャレが言いたかっただけかもしれないのに……。

 去年2月には、俳優の松山ケンイチさんがあるテレビ番組で、妻で女優の小雪さんを「嫁」と言ったところ、SNS上で激しいバッシングが沸き起こりました。それ以後、松山さんは小雪さんについて語るときは、「妻」を使っています。

「嫁呼び」を批判する人は、当人がどういう意図で「嫁」を使ったかや、地域によってのニュアンスの違いなどは、まったくおかまいなしです。言われた当人の気持ちも関係ありません。聞きかじった理由をくっつけ、執拗に「嫁」という呼び方を非難します。ある意味「嫁呼びイビリ」と言っていいでしょう。

「言葉狩り」だけでは本末転倒

「嫁は“女が家に入る”と書き、男尊女卑の考えに基づいている」

 40年ほど前に大学の講義で、女性学を研究テーマにしている男性の先生が、こう力説していました。

「『奥様』や『家内』や『ご主人』も使うべきではない!」

 そうも言っていました。女性を奥や家の内に置いておこうというのはナンセンスだ、まして夫の使用人ではない、という話でした。

 一瞬、なるほどと思いましたが、考えてみたら、使われている実際のニュアンスはかなり違います。理屈で「ダメな言葉」のレッテルを貼るのはどうなのかと、ちょっと反発を覚えました。ただ、多少は影響されたのか、個人的には「嫁」も「家内」も使ったことはありません。

「嫁」を批判する文脈で、最近になって盛んに言われ始めたのが「本来は息子の妻の意味」という主張。しかし「嫁(ヨメ)」は、とくに関西では、カジュアルに親しみを込めて自分や友人の妻を指す言葉として、一般的に使われています。

 ここ10年ぐらいでしょうか、関西のお笑い芸人などの影響で、全国的にも妻を嫁と呼ぶ“文化”が広まりました。家制度うんぬんへの意識が薄れたからこそ、適度にくだけた響きにひかれて使う人が増えたように感じます。そんな背景が、昨今の「嫁呼びイビリ」の盛り上がりにつながっているのかもしれません。

「本来は」と言い出したら、「女房」は宮中の言葉だし、「旦那」だって檀家やスポンサー、雇い主のことです。現在の使い方は、立派な誤用になってしまうでしょう。

「嫁は息子の妻の意味だから、自分の妻に使うべきではない」という論理は、絵に描いたような結論ありきのこじつけ。「2回のノックはトイレだから、部屋に入るときには3回以上ノックすべし」という「なんじゃそりゃビジネスマナー」と五十歩百歩のくだらなさです。

「自分の妻を嫁と呼ぶ夫」と「嫁という呼び方にケチをつける他人」のどっちが失礼かといえば、後者の圧勝です。もちろん、男女ともに幸せになるためのジェンダー平等は、ぜひ実現したいところ。しかし、残念で根深い差別意識は、呼び方をどうこうした程度で揺らぐほどヤワではありません。

 些細な点を問題視しても、「大きなお世話だ」と反発されたり、言葉を狩ればいいと思っている浅はかな印象を与えたりして、むしろ本来の目的の足を引っ張ってしまうでしょう。しかも、「妻を嫁と呼ぶ男性&呼ばせている妻」の人間性を偏見に基づいて否定し、差別しようという失礼千万な意図がチラつきます。世の中から偏見や差別をなくすための問題視のはずなのに……。

 配偶者のことを第三者に語る際にどう呼ぼうが、他人が立ち入る話ではないはずです。「嫁」「妻」「女房」「ワイフ」「山のカミ」「ハニー」、そして「主人」「夫」「旦那」「宅」「宿六」「ダーリン」……。それぞれのキャラクターや夫婦の関係性や言語感覚に合わせて、しっくりくるのを選べばいい話です。

 もちろん、呼ばれる側が納得しているのが大前提。「嫁って呼ばれたくない」「主人は嫌だなあ」と言われたら、あっさり引っ込めて別の呼び方を考えましょう。「自分は〇〇と呼びたい!」と、我を通すほどのことでもありません。

肝心なのは「どう見られたいか」

 悩ましいのが、よその夫婦の配偶者を呼ぶ場面。「あなたの夫」「キミの妻」は堅苦しいし、ぞんざいに響きそうです。いちおう敬意も示せて無難なのは、やはり「ご主人」「奥さん」でしょうか。

 しかし、相手は配偶者をそう呼んでほしくないかもしれません。やや遠い関係の相手なら、意に添わなかったとしても相手はスルーしてくれるでしょう。気を使ったつもりで、目上の人に「お連れ合い」や、近頃台頭している「夫さん」「妻さん」を使うのは、いささか無謀です。

 友達や同僚の場合、いちいち引っ掛かりを感じさせる失礼は避けたいところ。下の名前をさん付けで呼ぶのはひとつの方法ですが、それだとなれなれしすぎる気がしたら、

「えっと、キミの奥さん……というかパートナーは」

 そんな感じで呼び方を模索している様子を見せて、相手の反応をうかがうといいかも。「夫の人」「妻の人」という呼び方も、一部で重宝されています。相手が配偶者をどう呼んでいるかも、どの呼び方が適切かを探るヒントになるでしょう。

 どんな言葉を使うかは、一種の自己主張という面もあります。「偏見に基づいたレッテル貼り」には気を付けたいところですが、言葉ごとにイメージが伴うのは避けられない宿命。妻を「ワイフ」と呼ぶ人が、一定の確率で「気取ったヤツだな」と思われるのは仕方ありません。

「嫁」にせよ「連れ合い」にせよ、使う側は「こう見られたい」というイメージがあります。そしてイメージは、時代によって変化します。誰もが自分の好みで自由に呼び方を選んで、ごちゃごちゃ言わずに他人の選択を尊重する。それが「多様性を認め合う社会」ってヤツです。

石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
1963年三重県生まれ。「失礼とは何か」を追究する失礼研究所所長。コラムニスト。大人力研究の第一人者でもある。『大人力検定』など著書多数。

ニャロメロン
1988年大分県生まれ。大分大学漫画研究部在席時より、サイト「週刊メロンコリニスタ」を立ち上げ、ツイッター等でも漫画を発表。『凝縮メロンコリニスタ』『ベルリンは鐘』『バンバンドリドリ』『マウントセレブ金田さん』等、著書多数。

「週刊新潮」2022年5月19日号 掲載