フジテレビが韓国を

 今年の大晦日、久々の「アレ」が発生するかどうかを私は注目している。そして、「多分ないのではないか?」と思っている。それは紅白歌合戦が開催中、NHKホール前で行われる“デモ”だ。2011年には実際にデモが起きたが、その理由は「韓国のグループが出演し過ぎる」というものであった。KARA、少女時代、東方神起の3組が出演したため、保守というか韓国のことがとっても嫌いな人(ネトウヨとも呼ぶ)が「韓流紅白ぶっつぶせデモ」を実施し、韓国グループの数が多過ぎることに抗議したのだ。

 これには伏線があり、2011年という年は、エンタメの分野において反韓感情がもっとも高まった年だった。韓国ドラマが各局で流れ、韓国のアイドルグループも歌番組に多数出演した。上記3グループの人気は日本でも絶大だったし、チャン・グンソクなど注目を集める映画俳優も多数存在した。これに対して反感が高まったのだ。さらに、フジテレビが韓国を優遇し、日本を貶めている、とする言説がネットで高まっていく。

 具体的には、「フィギュアスケートで浅田真央が優勝した時は国歌を流さないが、キム・ヨナが優勝した時は流す」「浅田真央が転倒した時のパネルをニュース番組で使用」「サッカー日韓戦を『韓日戦』と表記」「自社イベント『お台場合衆国』の冷やし系人気メニューNo.1が『冷やし韓国』」「『笑っていいとも!』の人気鍋ランキングで1位は20代〜60代すべてで『キムチ鍋』」などだ。

凄まじい人数と熱気

 これら「反日報道・反日番組企画」を人々は次々と見つけては、ネットで共有。2011年の夏が来る頃には「フジテレビ=反日」といった空気感は完全に醸成されていた。「おいおい、産経新聞を擁するフジサンケイグループは右派だろ?」という疑問はなんのその。NHK、TBS、テレビ朝日と並び、フジテレビは“反日放送局”扱いされた。そして、決定打となったのは俳優・高岡蒼佑の以下のツイートだ。

〈正直、お世話になった事も多々あるけど8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事もしばしば。しーばしーば。うちら日本人は日本の伝統番組求めてますけど。取り合えず韓国ネタ出て来たら消してます^^ ぐっばい。〉

 これを受けて高岡は所属事務所を解雇された。まぁ、有力な取引先を名指しで批判したのだから、社会人としては仕方がない面もあるのだが、愛国者はそうは捉えない。「勇気を出して決死の告発をした憂国の義士である高岡さんを追放したフジテレビと事務所を許さない!」とデモが計画された。

 第一回目は8月7日に行われ、2500人程が参加したという。そして21日にも開催が決定し、私も取材に行ったが、これは凄まじい人数と熱気で、主催者が発表した「5000人」という数字も納得できるものであった。

今年は6組

 基本的な主張は「我々はK-POPなんて聞きたくない!」「フジテレビは偏向報道をやめろ!」「フジテレビと番組スポンサーは同罪だ!」「我々はフジテレビスポンサーの不買運動を継続するぞ!」「フジテレビは日の丸・君が代をカットするな!」などである。放送法違反である、と主張するものもあったが、多くは「ボク達は日本人が出る番組が見たいの!」というもの。デモをするよりも、視聴者センター案件である。

 元々テレビは広告費の低迷や制作費カットにより、安くオンエアできるコンテンツを探しており、そこに韓国ドラマはピタリとハマったのだ。しかも、韓国ドラマの放送を開始したのは、愛国者の皆様も大好きなテレビ東京系のテレビ九州だし、その後、テレビ東京も日本テレビも韓国コンテンツは多数流している。その点、フジテレビは目立ち過ぎた、いや、むしろフジテレビをターゲットにしたため、あそこまでの規模のデモが発生したのだろう。

 さて、今年の紅白では6組の韓国発グループが参加することになった。デモが発生した2011年の2倍で、当然あの時の彼らはデモを仕掛けるのではないか……と思うのだが、デモというものは空気感が盛り上がっている時にこそ効果を発揮するし、NHKに対する抗議電話も誘発することができる。そして、事実、2012年末の紅白ではこのデモの効果もあったのだろう。韓国のグループ・歌手は一組も出場しなかった。

日本を完全に敵扱い

 だが、今現在の日本は「反韓」を熱心にやるような空気感になっていない。まずはガソリンや食料品をはじめとした物価高はあるし、未だに感染症を恐れる人もおり、集合を恐れる人も一定数は存在する。さらには増税や社会保険料の増加もあり、とてもじゃないが2011年のように反韓活動、そして大晦日のデモにうつつを抜かしている場合ではない。

 この状況は、2020年からの新型コロナで「それどころではない」状態がもたらされたほか、2022年5月の尹錫悦大統領の就任も影響しているだろう。同氏は日本に歩み寄る姿勢を見せ、従軍慰安婦問題、徴用工問題でも日本側の主張に理解を示す。さらには中国が「核汚染水」と言い張る福島第一原発の処理水問題についても、文在寅政権とは異なり、日本の安全基準に同意する考えを示している。

 これまで反日大統領が連続し、国内事情が悪くなったら切り札となる「反日カード」を切り、政権への不満をそらす作戦を繰り返した韓国。廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅と続いたが、その間に「反日世論を扇動する廬武鉉ポピュリズム」「李明博が竹島電撃訪問」「朴槿恵『加害者と被害者の立場は千年経っても変わらない』発言・『告げ口外交』」「文在寅、『日本は謙虚に』『強制動員の苦痛は続いている』発言」などが取り沙汰された。特に文氏の場合は、北朝鮮との南北統一が目標だっただけに、日本を完全に敵扱い。安倍晋三元首相とは目も合わさない場面もあった。

日韓の野球でも……

 これら指導者の方針に従い、韓国の裁判所を含めた役所、大使館前の従軍慰安婦抗議デモ、日本製品不買運動も連動して「反日」が活性化。そのため、ネトウヨには韓国に対して怒りを常に駆り立てる「養分」があった。しかし、2019年、日韓関係が戦後最悪とも言われる状況になった中、経産省は半導体製造に必要なフッ化水素等の輸出において韓国を「ホワイト国」から除外することを決定。

 韓国が兵器製造に転用する第三国に横流ししているとの疑惑からの措置だったが、韓国の役人が経産省の倉庫のような殺風景な部屋に通され、経産官僚二人と対峙する姿は韓国嫌いな人々の溜飲を下げた。経産省は通達を取り下げず、韓国は自前で高純度のフッ化水素を作ろうとするもなかなか完成はせず、この時、日本は明らかに外交戦で勝利した。韓国には焦りが見られた。

 となると、韓国嫌いな人々も怒りは減っていき、韓国がホワイト国に戻すよう懇願する(ように見える)様を見て面白がるしかなくなったのだ。かくして2019年秋以降、苛烈な韓国叩きというものはネットではあまり見られなくなったが、いつしか新型コロナ騒動が始まり韓国どころではなくなり、尹大統領の誕生に至る。さらにはその間、レベルの差が広がった日韓の野球でも愛国者達は溜飲が下がる結果となる。日本は2023年のWBCで優勝するが、韓国はまったく日本に歯が立たなかった。2009年にあそこまで強かった韓国の姿は見る影もなかった。

時に暴走する気持ち

 だから今は「嫌韓」的空気感にはない。一時期次々と出版されたそれらの書籍も発刊点数も激減したし、そもそも売れないのだろう。尹大統領の外交姿勢は大いに影響を与えたと思うが、文在寅氏があまりにも反日過ぎたからその落差もあるはずだ。嫌韓感情が高まっている時は、韓国大統領に揶揄の意味を込めたあだ名をつけるのが定番だった。廬武鉉氏は「ノムタン」、李明博氏は「あきひろ」、朴槿恵氏は「クネクネ」、文在寅氏は「ムンムン」。だが、尹氏には「ユンユン」や「ソンソン」「ニュルニュル」といったあだ名はついていない。

 こうしたことからもう、「怒り」「嫌悪」の状況ではない空気感の中、紅白歌合戦に対する反対デモは発生しないのではないか。発生したとしても、2011年よりはかなり小規模なものになるだろう。せっかく日本と仲良くしようとする大統領が就任したのだ。一般市民が反韓感情を爆発させるのは得策ではない。

 さて、ネトウヨによる韓国へのヘイトの気持ちは時に暴走する。思い込みを基に頓珍漢なことを書き、「何でも韓国が悪い」ことに転換する技を有していたのである。たとえばフジテレビのドラマで「韓信匍匐」という紙が部屋の壁に貼ってあった。これを見て「韓国を信じる、という意味だ! こんな小道具でも我々日本人を韓国に支配させようとしている!」と大騒ぎ。だが、これは漢帝国誕生の大貢献者・韓信が「股くぐり」をしたことである。

一定数残った人は……

 あとは「免税店を在日特権と勘違いする」「『Chosen by Voters』(投票者によって選ばれた)を朝鮮人の組織票だと勘違い」「オーストリアが地理の教科書に日本海のことを韓国における『東海』と表記。その後なぜかオージービーフの不買運動を開始」など奇天烈なものもあった。

 かくして2011年以降の嫌韓の流れを見てきたが、フジテレビデモにしても「韓国人・朝鮮人がフジテレビとメディアを支配している」「メディアには在日枠がある」といった陰謀論がまことしやかに取り沙汰されていた。こうしたこともあまり聞かなくなった。あの時嫌韓で一体感を得た人々も今や日常に戻ったということだろう。一定数残った人々はもう一生やり続けるしかなさそうだが……。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部