俳優の反町隆史さんに「POISON 〜言いたい事も言えないこんな世の中は〜」という曲がある。最近は赤ちゃんに聞かせると泣きやむ歌としても有名だが、発売以来「言いたい事も言えないこんな世の中」という歌詞が共感を呼んできた。

 この曲の発売は1998年なのだが、その頃よりもはるかに「言いたい事も言えない」局面は増えてきた。

 たとえば岐阜県多治見市の「男女共同参画を進めるための表現等に関するガイドライン」(2021年版)では以下のような言葉が「好ましくない表現」として挙げられている。

「少年」は女の子を含んでいない、「帰国子女」は女性を別扱いしている、「ママさん」は子どもの有無を強調している、「嫁」は漢字の成り立ちが「家の女」なので好ましくない、といった具合だ。

 こうしたジェンダーの意識の高まりと共に、近年のメディアでは「女優」という言葉を使わなくなってきた。男性であっても女性であっても一律で「俳優」と表現することが多い。

 さらに弱者を守るために使われた言葉が、実は差別的なのではないかと糾弾されることもある。特に危ういのが「ブラック企業」や「ブラック校則」など「ブラック」を用いた言葉だ。英語で「ブラック」は黒人を意味する。「ブラック=悪」というイメージは黒人差別を助長しかねないというのだ。確かに優良企業は「ホワイト企業」と表現され、色に優劣をつけているようにも思える。

 かねてから日本語には「腹黒い」「黒いうわさ」などの表現があり、英語と日本語の「ブラック」は似て非なるものだ。それでも「少年」や「帰国子女」が「好ましくない」とされる時代には、「ブラック企業」だけを特別扱いというわけにはいかないだろう。

 窮屈な時代だと思う。文脈や受け手の気持ちを考慮せず、杓子定規に言葉を規制するのは気味が悪い。どれほど「好ましい」とされる言葉であっても、目の前にいる相手が不愉快に思えば、それが全てだ。

 それでも現代日本がまだマシだと思うのは、過去には本当の言論弾圧があったからだ。江戸時代に権力者を批判する本を出せば罪に問われたし、戦前も治安維持法が言論弾圧に利用された。正真正銘の「言いたい事も言えない」時代である。

 現代において、国家が個人の言論を取り締まることはほぼない。名誉毀損罪や脅迫罪などでYouTuberが逮捕されることはあるものの、警察も権力の行使には抑止的だ。さらに昔と違って、今は権力や影響力を持つ人ほど「言いたい事も言えない」状況にある。政治家は些細な失言が命取りになるし、有名人の一言は常に炎上の可能性がある。

 だが言葉にばかり敏感になり過ぎという気もする。制度の変革は置き去りのままだ。言葉狩りがガス抜きになっていないか。「少年」を問題視するなら、選択的夫婦別姓や同性婚くらいさっさと実現すべきだと思う。その方が未来の少年少女も喜ぶんじゃないのかな。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

「週刊新潮」2024年2月29日号 掲載