推しに700万貢いだ

「“推し”のために、これまでに600〜700万円は使ったと思う。そのお金ですか? デリヘルの仕事をして稼いでいるんです」

 そう筆者に打ち明けたのは、ある男性アイドルグループのファンだという女性Aさんである。21歳の彼女はグループのライブに通い詰め、チケットとグッズを買うために風俗で働く日々を過ごしている。

「以前、親が私の進学のために積み立ててくれた学資保険を解約して、推しに注ぎ込んだこともあります。その時はさすがに呆れられましたが、推しを“支える”ためにはお金が必要ですからね。ライブ会場に行くと気持ちが高まって、つい買い物をしてしまう。ツアー限定のタオルとか、Tシャツとか、トートバッグとか……5万円以上買うことはザラにあるし、周りを見てもそのくらいは普通ですね」

 Aさんは、グループに所属する“推し”が雑誌の表紙を飾ると、地元の書店をハシゴし、数十冊を買い求めるのだという。雑誌を大量に買っても出版社が儲かるだけでは、と筆者は思ってしまうのだが、Aさんにとっては「自分は推しのことがこんなに好きなんだ」とアピールするために必要らしい。

 Aさんは雑誌を整然と並べた写真を撮影しては、SNSに載せたり、仲間内のグループLINEで共有したりする。「周りから『凄い』と言われると快感を覚えるし、推しが見てくれているかもしれないと妄想するだけで、心が満たされる」のだという。

推しは生きる糧である

 かつて、オタクは同じグッズを自分用、保存用、布教用に3個買う文化があったが、最近はそんなレベルではなくなっている。例えば、缶バッジは推し活の必需品であり、1個買えば十分……ではない。自分がいかに推しを好きか主張する痛バッグ”を制作したり、自分の部屋に“祭壇”を作ったりするために、何十個と同じものを買うのである。Aさんも中古ショップやフリマサイトを駆使し、同じバッジを何個も集めたという。

 そういった自作の痛バッグや、祭壇の写真をSNSに載せている人は非常に多い。ずらりと同じ缶バッジが並ぶ痛バッグや祭壇を見ると、信仰の深さを仏像の数で表した京都の三十三間堂を思わせるものがある。数によって信仰心の高さを示している点では、鎌倉時代の人と現代人も同じかもしれない。

 Aさんはデリヘルの仕事をする傍ら、いわゆるトー横キッズのように新宿で“立ちんぼ”をすることもあるという。立ちんぼで知り合った友人が言うには、「推しに貢ぐために風俗で働いている女の子が少なからずいる」らしい。推しのためにそこまでする必要があるのだろうか。筆者には理解できない感覚だが、Aさんはこう話す。

「誰にも理解されないし、周りから異常だとか狂っていると言われることもあるけれど、やめられない。私は推しがいなかったら自殺していると思う。私の生きる糧が推しなんです」

コスプレイヤーにドはまり

 中小企業の会社員で、40歳の独身男性Tさんの“推し”は、女性コスプレイヤーのCさんである。いわゆる“カメラ小僧”であったTさんは、あるコスプレイベントで偶然出会ったCさんに一目惚れ。以後、彼女が参加するイベントには欠かさず参加してきた。CさんはSNSでは数万人のフォロワーを有し、アイドルアニメやソシャゲのキャラに扮し、笑顔を振りまく写真を投稿している。なかには胸や脚を強調した大胆な写真もある。

 Tさんにとって、もっとも重要なイベントはCさんの誕生日に開催される生誕祭である。バーを貸し切って行われ、推しがアニメキャラの衣装に着替えて、目の前に現れる。そして、会場に集まった参加者は“エンジェル”などの高級シャンパンのボトルを次々に開けていく。最後は豪華なステージの前にボトルをずらりと並べ、花束を抱えたCさんが満面の笑みで写真を撮る。その笑顔を見ただけで「この日のために貯金をしてきた甲斐があった」と、Tさんは充足感を得るそうだ。

 しかし、筆者にはコスプレイヤーというよりは、もはやキャバ嬢の誕生会のようなものにしか思えないのだが……。そう聞くと、Tさんは憤慨してこう話す。

「キャバ嬢なんかと一緒にしないでください! 彼女は頑張っているし、僕はCさんから勇気をもらっているんです。そのお礼にシャンパンを開けるのは当たり前ですよ。彼女が喜んだときの笑顔が本当に素敵だし、イベント後には僕に宛てて長文のメッセージをくれるんです。そのためなら、多少の出費は厭わないんです」

 Cさんは定期的にネットライブを行う。そのなかでファンが投げ銭をするのは定番だ。Tさんは決して高給取りではないというが、「周りが1万円を投げるのを見ると、負けじと5万円とか、高い額を投げてしまう」と話す。その分、自分の生活は慎ましやかなものになってしまうというのだが、「Cさんに『ありがとう』と言ってもらえる。それだけで嬉しいから」と、不満はないようだ。

オタクの性質が変わってきた

 そうは言うものの、生活費をギリギリまで削って推しに貢ぐ行為は健全といえるのだろうか。長年、アイドル関係のメディアで編集に携わってきたR氏は、ここ10年ほどの間にオタクの性質が様変わりしたと話す。「Aさんは新興宗教にハマっている人と同じ。Tさんは推し活ではなく、完全に“パパ活”になっている」と、切り捨てる。

 R氏によれば、一昔前のオタクは、アイドルオタクも、アニメオタクも、周りに理解されなくても、自分が好きなものがあればそれでよかったのだという。アニメオタクもコミックマーケットなどのイベントを除けば趣味を表に出す機会は少なく、たまにオフ会を開く程度で、ひっそりと活動する人が多かったらしい。当時はグッズの種類も少なかったため、オタクを続けても「意外と金がかからなかった」という。

 ところが、ここ数年の推し活ブームによって、趣味を隠さず、堂々とカミングアウトできるようになった。町を歩いていると、痛バッグを持ち歩く人はごく普通に見かける。オタクが市民権を得ている証しといえるし、趣味の多様性を認める風潮が広まったという意味でも、歓迎すべき傾向だと筆者は思う。しかし、R氏はこう危惧する。

「『電車男』が2004年にヒットして、深夜アニメが一般層にも視聴されるようになり、2010年代にはあらゆるオタクが市民権を得たと思います。コンビニでもアニメグッズが販売されるようになりましたからね。これ自体はいいことだと思うんです。ただ、これによって『オタク相手の商売は儲かる』という意識が生まれ、オタクをATMとしか思わないような企業や、さきのコスプレイヤーのような個人が増えてしまったのは嘆かわしい。今や、オタクはとんでもなく金がかかる趣味になってしまったと思います」

SNSの普及が推し活をエスカレートさせた

 R氏は、推し活のブームで、企業がオタクを食い物にしだしたと嘆く。特に顕著なのは、グッズの粗製濫造だ。特に声優やアイドルのライブでは、会場限定のグッズをこれでもかと販売し、ファンの射幸心を煽る。ファンの間でも、当初はグッズの種類が増えたことを歓迎する動きはあったというが、最近は企業側の姿勢に疑問を抱く人も少なくないという。

「一昔前のライブはファンサービスの一環のようなものだったのですが、今ではもはやライブがメインコンテンツで稼ぎ頭になっている。そのせいか、ライブのグッズなどは『粗利がどれだけ大きいんだよ!』と突っ込みたくなるような、質の低い代物ばかり出す企業もあって、モラルの低下が著しい。企業はオタクを食い物にしすぎだと思いますし、言っちゃ悪いけれど、そんなものに乗せられるオタクもどうかと思います」

 推し活に貢ぐ人が増えた事情は、SNS抜きには語れないとR氏は言う。SNSが普及したことで、「周りの目線ばかり意識しながらオタクをやっている人が増えた。その心理を巧みに利用しているのが推し活ブーム」と言う。「僕からすれば、事実上企業の言いなりになってグッズを買いまくる人は、オタクではなくてただの消費者です」とのことである。

何事ものめり込み過ぎは禁物

 ところで、ある“有名な”新興宗教は「金がかかる」といわれるが、元会員に話を聞いたところ、実際にはそれほど金はかからないらしい。月々の購読料2000円程度の新聞を購読し(最近では購読しない人も増えているようだが)、年末に財務と称して1万円前後を出す(無理に出さなくてもいい)。お金を出す人は出すが、強制力はなく、末端の会員は年間の活動費は5万円もあれば十分であろう。

 推し活はそんな宗教団体の何倍も金がかかることはザラだ。事実、この記事で紹介したAさんは、一回のライブのグッズ代だけで、新興宗教の年間活動費を超える出費をしている。推し活という言葉を隠れ蓑にし、巧みな集金システムができあがっているように思う。

 推し活もほどほどの範囲内でやるのであればまったく問題ないし、日々の暮らしが充実するのは間違いない。筆者も何を隠そう、アニメが好きだし、作中に“推し”はいるのだから。しかし、SNSを見ていると、生活が破綻するレベルで推しに貢いでいる人は少なからずいるようで、気がかりだ。何事ものめり込みすぎには用心したいものである。

山内貴範(やまうち・たかのり)
1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。

デイリー新潮編集部