皇居を一周するように広がる外堀の一角で、満開の桜を愛でながらランチやディナーを楽しめるスポットをご存じだろうか。

 東京メトロとJRの飯田橋駅から徒歩数分の距離にある、千代田区飯田橋の「カナルカフェ」がそこ。“水の都”ベネチアの運河を彷彿させるお濠の上に設置されたデッキ席で、優雅に食事やお茶を楽しみながら、行き交う電車やお濠の風景をゆったりと楽しむことができる名物スポットだ。

 手漕ぎのボート(有料)にも乗れるデートスポットの顔も持つほか、結婚披露宴の会場やTVドラマのロケ地としても利用されるという。お花見の季節に限らず、一年を通じて客足が途絶えることがない都内でも有数の観光地だが、実は過去62年(カフェのオープンは1996年)にわたって、国有地における“無許可営業”の状態が続いている。いったいどういうことなのか。【ライター・編集者/西川修一】

ルーツは都内最古のボート場

 歴史をひも解けば、その理由は明らかだ。時は帝都・東京がまだ東京府と呼ばれ、現在の23区に当たる地域を東京市が管轄していた1918(大正7)年にさかのぼる。島根県出身の衆院議員だった古川清が、後に東京市長となる後藤新平と話し合い、「日本人の貧弱な体格を改善しよう」と、私財を投じて牛込濠に設けた都内最古のボート場をルーツに持つ。

 運営するのは有限会社 東京水上倶楽部で、それはいまも変わらない。つまり、公共の場所でありながら、当時から民間企業がレクリエーション施設として占用することが許されていたことになる。

 風向きが変わったのは戦後のこと。1956(昭和31)年に、国が外堀全体を文化財に指定し、さらに東京オリンピックの開催を2年後に控えた1962(昭和37)年に、国から財産管理を任されていた東京都と、都が維持管理を委託していた千代田区が「民間に占用許可を出さない」とする方針を決めたという。

千代田区からは年に1回の警告

 詳しい事情を千代田区に尋ねると、「東京水上倶楽部には年に1回、使用物件の撤去と原状回復を行うように警告(通知)しています」(環境まちづくり部環境まちづくり総務課財産管理係)との回答があった。つまり、連日のように老若男女で賑わうオシャレなカフェレストランは事実上の無許可状態にある。

 当の東京水上倶楽部の経営者で、カナルカフェのオーナーも務める羽生裕子社長は、かつて週刊新潮の取材に「数十人の従業員を抱えた今、営業を止めろと言われても出来ない相談。原状回復せよ、というのは、昔のままのお濠に戻せということですか?」とコメントしている。

 彼女は前出の“創設者”の一人、古川氏の孫で、過去には独自に「濠の水質浄化活動も行ってきた」とも。長年にわたって自腹で整備し、その維持・管理に務めてきた大切な施設。いまさら立ち退けとはどういうことか、と憤慨する気持ちは分からないでもない。

千代田区の一存では何も決められない

 実はこの件、東京都議会でも議題に上ったことがある。2012(平成24)年2月に行われた第1回定例会で、とある議員が東京オリンピックを目前に控えて、外濠で実施された浚渫(しゅんせつ=水底をさらってきれいにする)工事に言及したのだ。

 そこでは「工事が滞りなく終わっていたのなら、この(民間に占用許可を出さないという)方針を再検討し、正常な許可のもとでそのまま営業を続けてきてもらうことが最も適切であったのでは」と指摘したのだ。

 対して東京都の担当技監は、「外濠がまたがる千代田・新宿・港の3区の間で、この“無許可営業と不法占拠”状態の解決について意見が統一されていない」という主旨の答弁をしている。要は千代田区の一存では何も決められないということだ。

 ともあれ、都と千代田区の方針転換から60年あまりが経過し、カナルカフェのオープンから30年近くが過ぎたいまも、どうにも尻が据わらぬこの状況が続いている。

 陸の上ならとうに決着を見ていたであろうこの一件、改めて当事者に解決に向けた取り組みについて尋ねると、前出のまちづくり総務課財産管理係は「お答えできません」と回答したが、一方の東京水上倶楽部は多忙を理由に見解は頂けず。お濠を彩る数百本の桜の開花は目前ながら、円満解決が“サクラサク”のは、まだまだ先になりそうだ。

西川修一

デイリー新潮編集部