見事なハーモニー

 東京出身の筆者は現在佐賀県に住んでいる。2ヶ月に1回、出張で東京へ行くのだが、その度に感じるのが「立ち食いソバのレベルが高いこと」である。主に人形町に宿を取るのだが、鰹節問屋直営で知られる「そばよし」をはじめ、とにかくおいしい立ち食いソバ店が多数存在する。

 佐賀県には三瀬の「そば街道」があり、唐津にはそば打ち名人が営む「里美庵」があるものの、九州で麺類といえばうどんとラーメンがポピュラーである。そのため、ふらりとソバを食べに行くことは難しい。

 そんな状況下、東京では朝から開いている店は牛丼屋かファストフードか立ち食いソバしかないため、人形町で立ち食いソバ店へ行ったら驚いた。その時の感想は「東京の立ち食いソバってここまでウマかったのか!」ということである。

 先日行った「そば処 亀島」では、春菊天と海老天入りのソバを食べたが、春菊天は緑である。一体何を言っているのかと思うかもしれないが、要は衣がほとんどついていないのだ。言うなれば「春菊の素揚げ」のような印象で、パリパリの春菊はよくある春菊天よりも重さがなく、茹でた春菊のごとき軽さで食べられる。それでいて、油で揚げているだけにうま味は増し、歯ごたえも良い。春菊天をバリッバリッとかじって、そこでつゆを飲み、麺をすすると見事なハーモニーとなる。

ライトな味わい

 そして、この店のつゆの特徴はとにかく“熱い”ことである。最初から最後まで猛烈に熱い状態が続くのだ。どんぶりを手にしてしばらくすると、春菊天と海老天から出た油分が表面にうっすらと浮かび、これが熱さを閉じ込めているのかもしれない。七味唐辛子をかけたこのつゆは、それだけで十分にビールのつまみになるほどの美味しさである。当然すべて飲み干す。

 加えて、昨今の東京の立ち食いソバがエラいのは、海老天のエビがデカいところである。30年ほど前の東京の海老天は、先端をかじるとスポッと衣が3cmほど取れて、そこでようやく貧弱なエビが顔を出すような代物だった。しかし、「そば処 亀島」などでは、先端の1cmほどに衣がついているだけで、すぐにエビ本体が登場する。物価高のおり、よくぞここまでのエビを出せるものだと感心する。

 そもそもチェーン店「富士そば」でさえとんでもなくウマい。富士そばは各店舗によってメニューが異なり、さらには麺さえ異なる店がある。「乱切りそば」は通常のそばよりも幅が広い麺が特徴で、こちらの店に当たるとラッキー♪ なんてことを思う。かつて通っていたのは代々木八幡店だが、ここは乱切りそばを出す店だ。そして、同店の春菊そばはとにかくデカい! さらに、「亀島」同様に衣が少なく、パリパリと音をさせながらライトな味わいを楽しめる。

かけそば一杯600円時代も

「六文そば」もチェーン店だが、人形町店のげそ天そばは実に見事。タンパク質が欲しい時にはこれをいつも食べるようにしている。こちらの看板メニューであるげそ天そばの350円という激安価格もあり、店内には常に客がいる。入れ代わり立ち代わり、客が入って来ては「ごちそうさまー」と言って出ていく。

 立ち食いソバの魅力の一つは、店主兼料理長と直で接するところにもあるのではないだろうか。多くの店が、店主一人かアシスタントのもう一人で運営されており、料理を作った人に直接感謝を伝えられる業態である。客の感謝を店主が目の当たりにすることもあり、味の研鑽を積み重ね、日々進化しているように感じられる。

 明らかに20年前よりもウマくなっている東京の立ち食いソバ。これから円安の加速と物価高でいかように進化していくのか? そこが楽しみではあるが、現在のかけそば一杯400が600円も当たり前、という時代になるかもしれない。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部