「一丁目一番地はコンプライアンス(法令順守)、不祥事撲滅」――。新会社に生まれ変わった旧ビッグモーターの新経営陣は、地に堕ちた信頼回復に向け、こう宣言した。ところが社内では、早くも“不正の土壌”となりかねない不安や不満の声が漏れ始めているという。

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 5月1日、伊藤忠商事は中古車販売大手「ビッグモーター」を買収し、事業を継承する新会社「WECARS」を設立したと発表。その舞台裏を全国紙経済部記者が解説する。

「買収は伊藤忠のほか、子会社のエネルギー商社『伊藤忠エネクス』と企業再生ファンド『ジェイ・ウィル・パートナーズ(JWP)』の3社によるもので、出資額は計400億円。旧ビッグモーターは債務処理や損害賠償への対応などに当たり、社名も『BALM』に変更された。その際、同社の株式を持っていた兼重宏行・前社長からJWPが全株式を取得する形が取られ、取得額は“実質、無償譲渡”に近かったと伝えられます。さらに創業家はBALMに100億円を資金提供する約束で、伊藤忠なりに“ロイヤルファミリーにケジメを付けさせた”と評価する声もあります」

 最盛期には6000人を超えたビッグモーターの社員数も買収時点で約4200人にまで減少し、本業の自動車販売台数も問題発覚前の3〜4割に低迷。4月30日に発表された2023年9月期決算でビッグモーターは708億円の純損失を計上するなど、まさに“ジリ貧”下での「救済劇」だった。

 旧ビッグモーター社員の多くが「生き延びた……」と安堵の表情を浮かべるなか、先行きを不安視する声が一部で上がり始めているという。

「初めての名刺」

 ビッグモーター関係者が語る。

「5月1日以降、配られた新会社の名刺を手にして心躍らせる社員の姿が見られますが、そのなかには“初めての名刺を手にした喜び”で胸を弾ませている人間も含まれます。ビッグモーターでは役職者や営業マン以外の“下っ端”だと、名刺を作ってもらえない社員も少なくなかった。全社員に名刺を配布することで新会社への忠誠心や一体感を生む効果は期待できますが、不満分子の“予備軍”が早くも生まれ始めているのが気がかりな点です」

 すでに新会社には伊藤忠グループから50人以上の社員が派遣され、再建支援に取り組んでいるが、派遣部隊の大半を占めるのは中古車販売やレンタカー事業なども手掛ける伊藤忠エネクスの「精鋭社員」という。

「彼らは本部に陣取ることなく、販売店などに配置され、現場に睨みを利かせる存在と映っています。派遣部隊の数はこれから増えていくと聞いており、そうなると現場の統括・指揮権は順次、伊藤忠グループ社員に移ると噂されている。旧ビッグモーターで役職につき、威張り散らしていた面々の影が薄くなるのは避けられず、権限を奪われた連中が“不満を溜め込まないか?”と心配する声が漏れている」(同)

 組織に対する不満が、再び「違法行為」に手を染める動機へと繋がりかねないことが懸念されているという。同様に、営業マンたちのモチベーションを危惧する声が早くも上がっている。

1台売って「18万円のマージン」

 関係者が続ける。

「いま“内心、一番不安を感じているのは営業マン”だと囁かれています。ビッグモーター時代は利益が何より優先され、『稼いだ人間が偉い』という企業風土だったため、彼らは“勝ち組”の象徴のような存在だった。しかし、その『儲け至上主義』が保険金の不正請求を始めとした数々の不祥事の背景にあると指摘され、新会社はビッグモーター時代の『人事評価体系を見直す』と表明している。それを受け、一部の営業マンは“マージンはどうなるのか?”と非常に神経質になっている」(同)

 ビッグモーターでは基本給が低く抑えられた一方で、営業職なら“車を売れば売るだけマージン(歩合)が増える”仕組みで、ヤリ手の営業マンなら年収1000万円を超えるケースも珍しくなかったとされる。

「実際、私の同僚のなかには190万円で買い取ったアルファードを320万円で売って、18万円のマージンをもらった例があります。さすがに販売価格の5〜6%も貰えるベラボウなマージンが新会社で保証されるはずもなく、“マージンを減らされると、基本給の大幅アップがなければ今の生活を維持できない”といった声が上がっている。会社の看板をスゲ替えても、社員たちの意識は“甘い汁”を吸えたビッグモーター時代から簡単には抜け出せないのが実情です」(同)

「逃げ得」が許されないのは当たり前のこと。彼らが懐かしむ「過去の栄光」は、不正行為や被害者の存在を抜きには語れないことにいつ気づけるか。

デイリー新潮編集部