「あんな奇麗な子が、なんで殺されなきゃいけないんだ」

 住まいは東京副都心・新宿にそびえ立つ60階建てのタワマン。経営する店では、タワーのように並べたグラスになみなみとシャンパンを注ぐことが誇りだった。一見、ゴージャスな日々を過ごしていたかに思えた刺殺事件の被害者が送った、凄絶な半生とは――。【前後編の前編】

 ***

「あんな奇麗な子が、なんで殺されなきゃいけないんだ。俺は……情けない」

 そう振り絞るような声で話すのは、5月8日、東京・西新宿のタワーマンション前で刺殺された平澤俊乃さん(25)の祖父だ。 

 彼女の母方の祖父であるこの男性は、手元のスマホに映し出された孫の笑顔を見返しながら、こう続ける。

「こんな美人なんだなぁって、改めて写真を見て分かったよね。それを自分のものにしようって、ストーカーみたいに、アイツは殺しちゃったんだろ。もう死んじゃったんだもん。どうにもならんわな……」

双方の言い分に相違が

 警視庁によって現行犯逮捕、のち殺人容疑で送検された和久井学容疑者(51)は、取り調べに対し「体を傷だらけにしてやろうと思った」などと供述。被害者の刺し傷は首や腹を中心に数十カ所に及び、容疑者が所持していた果物ナイフ2本のうち1本は、刃が折れていた。かような強い殺意を、なぜ男は抱くに至ったのだろうか。

 全国紙の社会部デスクが解説する。

「2年前、和久井容疑者は平澤さんへのストーカー行為の疑いで警視庁に逮捕されています。起訴猶予で釈放されましたが、彼女への“接近禁止命令”を下されたのです」

 昨年6月、この命令を延長するかどうか警察に尋ねられた際、平澤さんは「しないで大丈夫」と返答したため命令は解除されたのだが、最悪の結末を迎えてしまったわけだ。

 和久井容疑者は動機について「お金を返してもらうためだった」とも供述している。東京の上野や湯島の歓楽街でクラブやガールズバーを経営していた平澤さんに、彼は店を応援するためと称して総額1000万円以上を渡していた。消費者金融に700万円ほどの借り入れがあることも分かっている。

 先のデスクによれば、

「ストーカー容疑で逮捕される5日前、和久井容疑者は神奈川県警川崎署に自ら出向き“なぜ被害に遭っている私が、ストーカー犯だと言われるのか”など、平澤さんに貸した金が返ってこない、いわば金銭トラブルがあると主張。一方で彼女は“店の料金の前払い金として受け取った”と説明し、双方の言い分が食い違っていたのです」

 警察は当時、証拠不十分で金銭トラブルでの事件化は困難と判断。和久井容疑者には弁護士へ相談するよう助言して幕引きを図ろうとした。

 だが、この決定に男の側が納得できなかったのは明らかだろう。彼は築き上げてきた人生を犠牲にしてまで、心底ほれた若い女性に多額の金を貢いでいたのだ。

「女がだまそうとして、それに引っかかっただけでしょ」

「ウチのボウズが、1000万円以上を彼女に渡したのは間違いない。親として“だまされているんじゃないか”と言ったんだけど、“そんなことするような子じゃない。いい子だ、おとなしい子だ”って、全然聞く耳を持たなかったよ」

 と明かすのは、逮捕直前まで和久井容疑者と同居していた父親だ。自宅のある神奈川県川崎市で、宅配便やバイク便のドライバーとして生計を立てていた息子の異変について、こう振り返る。

「突然、彼女と結婚するから家を出るって言ってさ。彼女へ金を渡した途端、店に行っても冷たくされてケンカになっちまった。それで倅(せがれ)が“金返せ”って言ったら、店を出禁にされてストーカー扱いされたと。世間ではさんざんストーカー野郎とか言われているけど違うよね。女がだまそうとして、それに引っかかっただけでしょ。バカだから」

 和久井容疑者のSNSを見ると、3年前に自分の大事な“宝物”を立て続けに売り払って金に換えていた。ホンダの真っ赤なスポーツカー「NSX」と、同じ色のオートバイ「NR」。状態にもよるが、各々1000万円超の値打ちがある“マニア垂涎”の逸品だ。

「車やバイクをかわいがっていてさ。買ってから20年ちかくたつ車なのに、毎日毛布やシートをかぶせて、その上に自衛隊が使うような折りたたみテントを張って雨露をしのいでいた。それらをどんな思いで売り払ったのか。車やバイクへの情熱を女に向け変えたってことなんだろうけどさ。ハタチ過ぎの時、バイク仲間ともめてウチのボウズがボコボコに殴られたことがあってね。顔も膨れ上がり入院したんだけど、相手が母子家庭でかわいそうだからと警察には訴えなかった。元々そういう子なんだから、今回は最後の最後まで追い詰められてしまったんだよ」(同)

 ホステスたちは売り上げのため、時には色目を使い男性客をとりこにする。いわば“擬似恋愛”を前提に酒を酌み交わす側面がある点は否めない。

 ましてや、和久井容疑者と平澤さんは、父と娘ほど年が離れている。よほど互いに引かれて信頼関係を築けない限り、永遠の契りを結ぶことは一般的に難しい年齢差だ。遊び慣れた紳士なら分別もつくだろうが、そうした男女の駆け引きが原因のトラブルに巻き込まれかねない、高額なお金が絡む水商売の世界に、彼女は吸い寄せられていく。

 後編では、平澤さんの凄絶な生い立ちについて報じる。

「週刊新潮」2024年5月23日号 掲載