「かわいそうな子」「パトカーが家に何度か来ていた」

 住まいは東京副都心・新宿にそびえ立つ60階建てのタワマン。経営する店では、タワーのように並べたグラスになみなみとシャンパンを注ぐことが誇りだった。一見、ゴージャスな日々を過ごしていたかに思えた刺殺事件の被害者・平澤俊乃さんが送った、凄絶な半生とは――。【前後編の後編】

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 平澤さんの故郷は新潟県上越市。古くは上杉謙信が春日山城を構えた城下町で、風情のある街並みが随所に見られる。

 彼女の幼い頃を知る実家周辺の住民いわく、

「俊乃ちゃんの両親は幼い頃に離婚しているんです。彼女を引き取ったお母さんが男の人と再婚し、妹と弟が生まれた。だけど、いつも一人でいた印象です。継父も実母も、なぜか俊乃ちゃんの扱いが次女や長男とは違って突き放す感じで、かわいそうな子だった。パトカーが家に何度か来ていたし、どうやら親からせっかんを受けていたと聞いた。だからか彼女は家に寄り付かず、外でぶらぶらする姿をよく見かけてね。ふびんに思った近所の人が、自分の家の子と一緒に面倒を見ていましたよ」

 母方の祖父宅を頼ることも多く、昨年5月にも平澤さんは帰省で立ち寄るほど親密だった。別の住民が言うには、

「彼女は親から教育をキチンと受けていないというか、物事の善しあしを教えてもらってないのか、ぶっ飛んでいるところがあってね。他人の家の花を平気で摘むなどしてトラブルになっていた。小学校高学年くらいから、スカートの丈を短くしたり男の子とよく連れ立ったり、おませさんというか同年代の子たちとは違って派手な雰囲気。中学生の時は、正午前に家を出ていくのをよく見ました」

“刺されそうになって、かばんでガードしたら穴が開いた”

 中学時代の同級生にも話を聞くと、

「とっちー(平澤さん)は学校にほとんど来なくて、行事や修学旅行などにも参加せず、たまに教室に現れると皆がびっくりするような存在でした。芸能活動をやるため東京へ通っていたと話し、読者モデルとかドラマ、映画にも出演していたそうです。市内にある県立高校に進んだけど、その頃から繁華街のクラブで働いていた。高校は2年の頃に中退、東京へ行ってホストと同棲していたと聞きました」

 交際相手とは間一髪の場面があったようだ。

「ホストとケンカして“部屋の中で刺されそうになって、かばんでガードしたら穴が開いた”と話していました。半年ほど前には、実は結婚していたと言って“勝手に婚姻届を出された”“早く離婚したい”と愚痴っていた。相手は和久井容疑者ではなくて、写真を見る限りイケイケのオジサン。最近、また芸能活動を再開したと話していたけど……」(同)

 別の近隣住民が言うには、

「ウチの子と遊んでいた小学校の頃は無邪気だったのに、高校の頃はろう人形のように無表情で、あいさつもしなくなった。キレイでかわいくて根はいい子なのに、親からの愛情を受けて育っていないからなのか。今回の事件で容疑者から結婚の話をされたらしいけど、彼女は多分、人から好きって言われても、どういう感情なのかを理解して受け止めることができないのでは……」

祖父は「水商売をやっていたなんて初めて聞いた」

 平澤さんの祖父に尋ねたところ、

「あの子は高校時代、ネイル学校に通って事業を始めたいと言っていてね。ウチの女房が、自分が大学に行くための500万円を孫のためにと持たせてあげて、上京していった。学校を出てネイルの店を出したと聞き、私たちもお祝いの花を贈ったんだけど、水商売をやっていたなんて初めて聞きましたよ」

 平澤さんはSNSで、地元から上京するに至った自分を評して、〈家という鳥籠から抜け出せた〉と記している。そして18歳から銀座のクラブでホステスとして働き、売り上げナンバーワンの座に上り詰めたことに胸を張るのだ。

 そうした来歴や夜の世界に生きる心構えをつづったSNSには、高級酒の注がれたグラスの山、いわゆる「シャンパンタワー」をバックにほほ笑む彼女の写真が、幾つも掲載されている。

「オープンから3日で6000万円も売り上げたそう」

 銀座の店が閉店したのを機に、上野・湯島の歓楽街へやって来た彼女は、20歳の頃にガールズバーをオープンさせる。共同経営者と折り合いがつかず、わずか数カ月で店を閉じるが、コロナ禍の最中、21年12月に再び上野にクラブ「シャルム」をオープンした。店では女の子が7〜8人、黒服は3〜4人くらい働いており、彼女は「平明日香」という源氏名で自らママとして店を仕切ることになったのだ。

 同じビルで飲食店を開いていた店主が言う。

「明日香さんは、真っ白なウエディングドレスに似た服をよく着ていて、身長は高いヒールの分を入れて165センチくらいだけど、腰が折れてしまいそうなほど細く痩せた姿が印象的でした」

 開店時には祝いの花が店先に飾られ、木札には容疑者と同じ〈和久井〉の名前がハッキリ見てとれる。

 この店の開店に合わせて、和久井容疑者は1000万円以上を彼女に渡したと主張しているのだ。

 前出の店主によれば、

「シャルムはオープンから3日で6000万円も売り上げたそうなんです。毎日のようにシャンパンを開ける音がポンポンと威勢よく外にまで響いていましたよ。盆暮れ正月などにシャンパンタワーをやっている様子で、店の前にシャンパンタワーの準備・設置を請け負う会社のトラックが止まっていて、どこの店に用があるのかと思ったらシャルムだった。翌朝には店先にシャンパンの空き瓶が40〜50本ほど入った籠が置かれ、ずいぶん景気がいいなと思いましたね」

友人は「店ではなくアプリ上で二人は接点を持ったんだと思う」

 ところが、開店から半年ほどで店に異変が訪れる。

 近隣の同業者が言うには、

「22年の夏ごろ、シャルムに警察が来たのを見たことがありましてね。黒服が警官に“新宿署にストーカーで相談をしている”と話していた。同時期、平さんがインスタでストーカー対策のため休業すると発信していたので、その関係かなと」

 結局、シャルムでもスタッフとの折り合いが悪くなり開店から1年ほどで閉店。この1年は夜の世界から身を退き、昼の仕事に就いたと周囲に説明していた。

 亡くなる前日までやり取りをしていた、平澤さんの友人がこう話す。

「上野でお店を開く前から、彼女はライブ配信アプリを使って日常の様子を発信していたんです。少なくとも和久井容疑者は5年前から参加していた。『わくちん』という名前で知られていたので、店ではなくアプリ上で二人は接点を持ったんだと思う。彼女いわく、彼は大金を貢ぐ以前から、配送関係の仕事をしていたためか彼女の家をなんとか突き止めて、真っ赤なスポーツカーで新宿のタワマンに乗りつけて来たり、執拗(しつよう)に連絡してきたそうで、ストーカー化していたことに思い悩んでいました」

 前編では、和久井容疑者の父が明かした、息子の知られざる素顔について詳報している。

「週刊新潮」2024年5月23日号 掲載