大規模買収事件に絡んで

 読売新聞は5月18日の1面トップで「不起訴示唆し供述誘導」と見出しをつけ、2019年の参院選における大規模買収事件で取り調べを担当した元特捜検事の新証言を紹介した。東京地検特捜部が描いた構図に従って自白を迫ったことを悔いる内容で、計3回にわたった記事は検察批判そのものなのだが、今回の背景にあるものとは――。

 まずは大規模買収事件について振り返っておこう。

 2019年7月、参院選に立候補した河井案里氏を当選させるべく、夫の克行・元法相が地元広島県内の政治家ら100人におよそ3000万円の買収資金をバラまいた。1億5000万円にのぼるカネが自民党や政権幹部、あるいは機密費から動いた――これが事件の概要とされている。

 案里氏が当選した後に東京地検特捜部が捜査に着手し、夫妻は20年6、7月に相次いで公選法違反(買収)で逮捕・起訴された。一方、買収された側の地元政治家らはみな不起訴となり、世間の批判を浴びることとなる。

元特捜検事のプレッシャー

 カネを渡した側だけが起訴され、貰った側はおとがめなし。このアンバランスな対応は当時から疑問や批判を招いていた。が、結局、検察審査会で起訴相当の議決が下されたため、貰った側の34人も在宅ないしは略式起訴された。

「そもそも買収には行った側とされた側とがあるわけで、片方が起訴されているのに別の方は起訴されないというのはおかしな話だという批判が巻き起こったのは当然のことかもしれません。結果として在宅・略式起訴されたうちの12名は公判で無実を訴えて争ったものの、全員有罪となりました。一部の判決では、特捜部の意向に沿うような形で供述するなら起訴を見送るという暗黙の了解事項があったことを指摘しています」

 と、社会部デスク。河井夫妻側から資金提供を受けていたとしても、それが買収資金であるとの認識がなければ夫妻を逮捕できない。河合夫妻側を逮捕するのに必要な供述を得るために「暗黙の了解」を伝えていたのならば、裏取引と批判されても仕方がないところである。

「法務・検察を司る法相自身への捜査であることに加え、当時の検事総長が本件に積極的であることも追い風となって、検察内の熱気は相当なものだったと記憶しています。実際、かなりの数の検事が捜査に投入されていました。何としてでも事件として成立させなければならないプレッシャーが捜査関係者にあったことは間違いないでしょう」(同)

新証言の迫真度

 とりわけ取り調べを担当した検事にとって、「買収された」との自白を得られるか否かは出世にも関わる大きなポイントだった。結果、不起訴をちらつかせてその事実を認めさせるという事例が頻出したということなのだろう。

 読売新聞は2023年7月に、「特捜検事、供述を誘導か」の見出しで、「取り調べた政治家に対して不起訴にすると示唆し、現金は買収目的だったと認めさせていたことが、読売新聞が独自に入手した録音データで明らかになった」と報じていた。

 さて、今回の「新証言」はこれに続くものだが、当時捜査に関与した特捜検事側が取材に応じたというのがポイントだ。

「今回の記事では、どの検事が誰から構図通りの証言を得られたか否かについての進捗状況が〇か×で一覧表にまとめられ、現場の検事もそれを閲覧できたともありました。なかなかリアリティがありショッキングな内容です。取材に応じた人物が誰なのか“犯人捜し”が想定される中で、それでも暴露したのはかなりの覚悟を持ってのことでしょう。おそらく現在は検事を辞めて弁護士をやっているのだと思われますが」(同)

批判のターゲット

 特捜検察は、2010年に発生した大阪地検特捜部の証拠品改ざん事件で「最強の捜査機関」から一気に転落し、解体論も浮上した。

「その後、謹慎期間というわけではないでしょうが、独自の捜査を行わない時期があったとされています。自戒と自省のもとに改革を進め、次第に政官財界に切り込む事件を担うようになりました。その“復権”について特捜至上主義が強まってしまわないかという危惧を元特捜検事はこぼしていましたが、なかなか厳しい指摘の声だったと思います」(同)

 検察がどん底から復活を遂げるにあたっては、2017年1月から20年6月まで東京地検特捜部長を担当し、その後も大きな事件を実質的に指揮する森本宏氏の存在が大きいとされる。森本氏は特捜部長在任中にIR汚職事件やカルロス・ゴーン事件を担当し、最高検刑事部長となった後、自民党派閥の裏金問題の捜査をコントロールしているとされる。将来の検事総長間違いなしと評される人物だ。

ミスター特捜検察

「特捜検察=森本氏というわけではありません。が、今回の記事を森本氏が読めば、“オレが批判されている”と感じるのは間違いないでしょう」(同)

 それを踏まえれば、今回の記事の狙いはどこにあるのだろうか。

「2023年の読売記事で告発を行った元政治家の控訴審判決が出るタイミングだったというのはあると思います。一方で、一連の裏金問題に関する報道では、NHKや朝日新聞の方が読売新聞よりも“強かった”印象があります。読売は人員や体制もさることながら記者の能力も高く、本来ならば捜査当局への取材でそこまで後れをとることはないと思うのですが」(同)

 2023年の読売記事で批判された検察側が読売に対して口が堅くなった、その意趣返しのような意味合いもあるのではないか――というのがこのデスクの見立てである。

「裏金問題の取材でうまく行かなかった腹いせとかそういうレベルではないでしょうが、今回の記事と過去の件との関連性を想像する人は少なくないですね。もっとも、森本氏に限らず捜査当局のキーマンはお気に入りの記者がいて、それ以外になかなか口を開くことはないというのも事実ではありますが」(同)

 読売新聞の記事は、検察という権力の暗部にメスを入れたという点では、ジャーナリズムの本道とも言えるスクープの一種なのは間違いない。その動機が純粋かどうかは別として。

デイリー新潮編集部