【前後編の後編/前編を読む】自分は妻子から疎まれているのでは…不倫に走った54歳夫 「衝撃を受けた」一心同体だったはずの妻の振る舞い

 松木勇治郞さん(54歳・仮名=以下同)は、28歳のときに3年交際した美冬さんと結婚した。共働きで2人の男の子を育てる「万全の家庭」を築けていたはずが、40代半ばで歯車が狂いだした。きっかけは、中学生になった次男の登校拒否。子を最優先に考える夫に対し、美冬さんは「見守るしかない」「親は自分の生活をする」という態度を貫き、時に息子に説教をした。一心同体だと思っていた美冬さんの振る舞いに衝撃を受けた勇治郞さんだったが、結果的にそれが正しかったことが分かり、彼は「自分は家族に疎まれているのでは」との思いを強くしていった。

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 今から4年ほど前、コロナ禍で在宅ワークが多くなった勇治郞さんがときおり覗くSNSに、中学時代の同級生と名乗る女性からメッセージがあった。

「初恋の女性、ミチルさんでした。僕は出身大学を明記していたけど、中学名までは書いてなかった。彼女はなんとなく僕の名前を検索したようです。当時、カタカナでミチルという名前は珍しかったし、その名前に負けないくらいインパクトのある子でした。お父さんが外国の人だったようで、スタイル抜群、顔が小さくて目が大きくて。彼女には自分からなかなか話しかけることができなかったけど、本当は大好きだった」

 あの頃の甘酸っぱい気持ちを思いだした彼は、思わず返信を送った。彼女は結婚して関西方面に住んでいるのだが、娘が東京の大学にいるから近いうち行くつもりだと世間話のように書いてきた。

「ただ、彼女はこれまで苦労を重ねてきたようでした。多くは語らなかったし、『もしいつか会えたら、いろいろ話したい』と書いてあったので、僕はすぐにでも会いたいと思った。当初は恋心じゃなくて、懐かしさだったと思います。秘めた恋が自分にもあったと発見した気がしました」

壮絶だったミチルさんの半生

 実際にふたりが会ったのはそれから1年後だ。ミチルさんは、相変わらずスレンダーで美しかった。同い年だったよねと確認して、彼女に笑われた。

「半世紀生きてくると、壮絶な経験をする人もいるんだなと思いました。高校に進学したころ、彼女の両親が離婚、彼女は病身の母とともに母の実家である関西方面に越したそうです。高校も転校したけど、高校時代はほとんど祖父と母の介護ばかりしていたと。今でいうヤングケアラーだったんですね。勉強する時間より、家事や介護の時間のほうが長くて、暗い10代を送ったみたい。そんなことを明るく話す彼女を見て、やっぱりチャーミングな人だなと思っていました」

 どうにか高校を卒業したころ、祖父と母が立て続けに亡くなった。祖母は財産を整理して、自分は高齢者施設に入った。

「ろくにお金もないままに彼女は放り出されたようなものだったそうです。将来の夢ももてないまま喫茶店のアルバイトから水商売へと流れていった。ただ、その水商売でけっこう人気が出たらしいんですよ」

 ところが22歳でお客さんの子を妊娠、未婚のまま母になるつもりだったが子どもは死産だった。絶望して自傷行為に走ったこともあるとミチルさんは言ったそうだ。

「紆余曲折を経て、28歳のときに結婚したそうです。僕と同じころに結婚しているんですよ。子どもが産まれたのも同じ時期。知らないところで、そんなふうになっていたなんて、妙な縁を感じました。でも彼女は、夫に浮気されて3年後に離婚したそうです。それからは子どもが小学校に上がるまで水商売で必死になって働いてお金を貯め、それからハローワークの職業訓練を受けて就職した。人生でいちばん勉強した日々だったと。それで娘さんを大学にまで行かせているんだから、がんばったんだなあ、えらいなあと素直に感動しました」

遠距離の関係

 話しているうちに、どんどん彼女に引き込まれていったと勇治郞さんは言う。その豊かな表情や仕草、そして声のトーンなどに魅了された。僕の初恋の相手はあなたなんだよと彼は思わず言ってしまった。

「彼女はうふふと笑って、『年老いたわ』って。そんなことない、今だって魅力的だと僕は断言しました。苦労してきただけあって、なんというのか雰囲気は柔らかいのに妙な迫力があるんですよ。迫力というと違うかな、伝わらないな。並の人生を送ってきたわけではない人がもつ凄さみたいな感じ。僕なんかヤワだから、どこにいても埋没するタイプですけど、彼女はどんな集団に入っても、たぶん浮き立って見えると思う。オーラがあるというか」

 彼は彼女の雰囲気を必死になって説明した。それだけ彼女に惹かれたということなのだろう。

 半世紀を生きてきたふたり、交わったのは中学時代の3年間だけ。それが35年の時を経て、また交わることとなった。若いあの日より人生を知った大人のふたりは、密会を重ね始めた。

「とはいえ彼女は関西に住んでいますから、そう頻繁に会えたわけではない。僕が出張と偽って行くか、彼女がこちらへ来るか。2ヶ月に1回くらいですかね、会えたのは」

 会えば会うほど思いが募る。妻が言うように、子どもたちももう大人に近い。遠目で見守っていればいいと彼は自分に言い訳をしながらミチルさんに会える日だけを楽しみに生活していた。

「一緒になりたい」「あなたのものになりたい」と言い出したミチルさん

「半年ほどたったころかなあ、彼女が『一緒になりたいね』と言ったんです。率直だなあと思いながら、僕自身もそう思っていると言いました。でも次男はまだ成人してない。もう少し待っていてほしいと伝えました。一方で、離婚する覚悟もなかった。美冬はさらに出世していて、子どもたちはそんな母親を誇りに思っている。僕はどちらかといえば家の中では居場所がない。それなのに離婚なんて、怖くてできないと思っていた」

 妻を欺き、家族を裏切ってもミチルさんには会いたかった。特にミチルさんがいる関西で会うとき、彼は「素の自分」をさらけ出すことができた。会社でも家庭でも、仮面をつけている自分を意識した。素でいられるのはミチルさんの前だけだと思った。

「ただ、一向に離婚する気配のない僕にミチルはだんだん苛立つようになりました。このままだって会い続けることはできると言っても、『私はあなたのものになりたい。あなたを私のものにしたい』と。時代遅れな言い方だけど、そういう直截な言い方が僕にはうれしかった。情熱をむき出しにして、僕をほしいと言ってくれる人なんていないから」

 それなのに離婚を言い出せない。途中から歯車が微妙にずれていったとはいえ、美冬さんはやはり彼にとっては「半身」だったのだ。そうあってほしくもあった。

長男の「紹介したい人が」

 今年に入ってから、長男が「おとうさんとおかあさんに紹介したい人がいるんだ」と言いだした。恋人がいるのか、と勇治郞さんはびっくりした。長男に恋人がいるような気配を感じたことはなかった。しかも紹介したいということは結婚まで考えているのだろう。社会人2年目、いくらなんでもまだ結婚は早いだろうと彼は先走った。

「今すぐじゃないよ。でも彼女以外には考えられないから、状況さえ許せばなるべく早く結婚したいと思ってると長男が言うわけです。とりあえず連れてくると言われて、次の週末、待っていました。現れたのは長男と同い年のきれいな女性でしたが、とにかくミチルにそっくりなんです。一目見た瞬間、ミチルが家に押しかけてきたのかと思って卒倒しそうになりました」

 お茶を飲みながら話をし、彼女がミチルさんの娘だと確信した。落ち着かなくてはと思いながら、彼はそのとき何を話したのか、どういう対応をしたのかほとんど覚えていない。

「すぐにミチルに連絡をとりました。すると彼女、『そうなの。私も知らなかったんだけど、うちの娘とあなたの息子さんがつきあっているなんて、びっくりよね』って。知らないはずはないだろうと思いました。次の日は日曜日だったけど、僕はミチルのところに飛んでいきました」

ミチルさんの“狙い”は…

 いったいどういうことなんだと問い詰めると、彼女は勇治郞さんの長男のSNSを調べ上げ、娘にそれとなくけしかけたらしい。長男の勤務先と、ミチルさんの娘の職場が隣のビルだったという接点もあった。

「僕は彼女の娘に会ったこともなかったから知らなかったけど、ミチルと娘は一卵性母娘と自分たちで言ってしまうほど仲良しなんだそうです。だから娘は母親に、こんな男がいるよ、アプローチしてみればと言われて、息子のSNSをフォローし、タイミングを見てコメントをしたんじゃないかな。そこから親しくなっていったんじゃないかと思う。ミチルは娘が勝手にやったことで、縁があっただけと言い張っていますが……」

 ただ、あるときミチルさんがポツリと言った。「どんな縁でもいい、あなたとつながっていたい」と。

「子どもたちがもし結婚したら、僕らは親戚になるわけですよ。そうなったら僕らはどうなるのとミチルに言うと、『かえって会いやすくなるじゃない』って。僕は会いづらくなるような気がするけどと言ったら、そんなことないわよ、会いやすいわよと。でもそんなことが子どもたちにバレたら大変なことになる。どうしてこんな炎上要素をぶっこんでくるのか、ミチルの気持ちがわかりませんでしたが、どんな縁でもいいと言われて、なんだかほだされたような気にもなった」

恐怖と辟易

 若いふたりは今のところ、恋を楽しんでいるようだ。結婚するまでは妊娠しないようにしたほうがいいと勇治郞さんは長男に言ったことがある。美冬さんがそれを聞きつけて、「子どもができれば踏ん切りがつくということもあるわよね」と言った。よけいなことをと彼は歯噛みした。ミチルさんの娘がひとり暮らしなので、長男は週末、外泊することも増えた。

「ただ、最近、もう若いふたりにすべて譲ってもいいような気になってきました。僕はふたりが結婚したらミチルとは、新婚夫婦の親としてつきあえばいい。ミチルがどういうアプローチをしてくるかわかりませんが、息子の妻の親と関係はもてない。それをミチルに言ったら、『そんなことない。あなたは今より気楽に私とつきあえる。離婚しなくていいわよ。このままの関係で』と諭されてしまいました。そう言われるとそんな気もする。なんだかね、いちばんはっきりしていないのは僕ですよね。ちょっと疲れているんだと思います。美冬にバレる恐怖もあるし、ミチルの強引なやり方に辟易しているところもある。それでも毅然とした態度をとれない自分がいるんです」

 客観的に見ると、そんな強引なやり方をするミチルさんをおもしろく思っている自分もいるのだと彼は言う。それほど愛されていると実感できるからだろう。強引でも嫌だとは思わないところに、彼のミチルさんへの思いが凝縮されている。

 これからどうなるのか。「怖いだけです」と彼自身は言っていたが、案外、心の隅で楽しみにしているように思えてならなかった。

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亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部