元ヤクザ、晴れて銀行口座開設! 暴力団を離脱してうどん店に命を懸けた男──廣末 登(犯罪社会学者・ノンフィクション作家)

元ヤクザ、晴れて銀行口座開設! 暴力団を離脱してうどん店に命を懸けた男──廣末 登(犯罪社会学者・ノンフィクション作家)

 去る11月19日、福岡県北九州市に住むある男性に、銀行口座が開かれた。それ自体は至って普通のことだが、異例中の異例は、彼がかつて暴力団員だったという経歴だ。

 男性は日本で唯一、特定危険指定暴力団とされる北九州・工藤會幹部だった中本さん(53)。ある事件での逮捕・収監を最後に、暴力団を獄中離脱したのは平成27年だった。翌年の出所後、カタギとして訪れたハローワークで地元・小倉で働きたいと希望した中本さんは、組関係者との軋轢や世間から向けられる偏見の心配を理由に県外就労を勧められる。生まれ育った土地を愛する彼はハローワークに頼るのをやめ、知人に紹介してもらった単発の仕事などで資金を作り、独立自営の道を目指した。

「30年間、反社会的勢力として活動した自分の再出発は、ゼロから、ではなく、マイナスからのスタート」――胸に刻んだ思いを託した商売は、土地のソウルフードとして親しまれた「どきどきうどん(肉うどん)」を供する店。出汁から丁寧に手作りして、お客さんが「おいしい」と言ってくれる一杯を地道に作っていこうと決心した。知り合いのうどん店店主に頼んで一から修業をし、平成29年6月7日には開店にこぎ着ける。中本さんの生い立ちから暴力団加入、そして離脱、独立までの経緯は拙著『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。――極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記』を参照されたい。

 NHKドキュメンタリー「ノーナレ」で開店当初の様子が紹介されたこともあり、地元だけでなく、全国から足を運んでくれる人も増えて店は順調。ローカル局番組のグルメコーナーから取材を受けたこともある。今年、令和元年6月に店は2周年を迎えた。思い切って店内の改装も行い、名前も店がある小倉市京町商店街にあやかって「元祖 京家」と改名した。

「現状に甘えることなく、常に前を見て一歩ずつ」――さらなる心機一転の覚悟を励ますように、予期せぬうれしい知らせが中本さんの元に届く。「元暴」が解除される可能性がある、と福岡県暴力追放運動推進センターから伝えられたのだ。

「元暴」=元暴5年条項とは、自治体の制定した暴排条例に基づき、暴力団を離脱してもおおむね5年は暴力団関係者と見なすというもの。これにより銀行口座が開けない(口座の不正使用などの懸念による)から、賃貸など各種契約が結べない、保険に入れないなどの社会的制約を受ける。中本さんも店の物件は大家さんの厚意で不動産仲介のない直接賃貸、売り上げや仕入れ代金など現金は常に手持ち金庫で持ち運び、揚げ物も扱う飲食店なのに火災保険に入れなかった。

 おおむね5年という期限も、それが過ぎれば自動的に制約がなくなるのではなく、銀行などそれぞれの企業に判断が任されるという曖昧なもの。中本さんは、「元暴」が外れる可能性はほぼないと自覚して、自力でできる範囲で仕事も生活もまかなうつもりだった。

「しばらくして警察に呼ばれましてね、『口座が開設できるとしたらどこの銀行がいいか』という話になったんです。でもそれまで考えてもいなかったし、自分からどこどこの銀行、なんて望めませんって言ったんです。口座を持たせてくれる銀行さんだったら、どこだってありがたいんですから」

 暴力団離脱者でも、個人の手続きで口座開設を相談することはできる。ただ、銀行が十分、信頼できる何らかの条件が整い、大丈夫だと判断しなければ受け入れられず、実現した例はほとんどない。だから、今回、警察の関与の元、中本さんの口座開設が実現したことは、福岡県内だけでなく、全国でも初めてと言ってもいい快挙。暴対法や暴排条例で反社会的勢力周辺への風当たりが強まる中、離脱して心を入れ替え、真面目に生きていこうと決めた人、いま、この瞬間に離脱を考えている人たちにとっては、頼もしい前例ができたことになる。

「『元暴』が外れたからといって、組織にいた30年が消えるわけではありません。服役で罪は償ってきましたが、世間に迷惑をかけて生きた時間は残ります。これを機に、より一層、死ぬ気でカタギ人生をがんばろうと心に決めました」

 これまで、中本さんを受け入れて見守り、励ましてくれた商店街の人たちや同級生など古くからの友人たちは、今回の朗報も一緒に喜んでくれたとか。

「ここまでやってこれたのは周囲の理解と助け、協力があったおかげです。皆さんの気持ちに報いるためにも、今よりさらにおいしいうどんを作ってみせます」

 晴れやかな笑顔を見せる中本さんの店にはお客として、暴力団を離脱した人や逮捕された犯罪者の周辺にいて事件を阻止できなかったことを悔やみ続ける人などまで、わざわざ他県からも訪れて中本さんの手が休まるのを待って不安や悩みを打ち明けるという。

「私なんかから申し上げられることは、本当は無いんですけどね。ただ、周囲への感謝を忘れずに一日一日を一生懸命生きていれば、いつか光が見える。そのことだけは伝えていこうと思っています」

 今回、口座開設手続きの中で、中本さんの暴力団離脱日が、はじめて明らかになった。それは、書類によると、平成27年3月17日、中本さんが警察署に勾留されている時に、脱退届を出した日だった。

 暴対法改正に基づく暴排条例、そこに含まれる元暴5年条項。しかし、肝心の「5年」がいつからカウントされるのか、中本さんはどこからも説明を受けていなかった。口座開設に伴い、基準は「脱退届を出した日」という目安が公表されたことも、大きな進歩と筆者は考える。

デイリー新潮編集部

2019年11月23日 掲載


関連記事

おすすめ情報

デイリー新潮の他の記事もみる

あわせて読む

主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

社会 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

社会 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索

トップへ戻る