例年なら帰省でごった返す年末年始。今回ばかりは巣ごもりだった方も少なくなかったはず。しかし、過度なステイホームは高齢者の筋力や気力を奪い、さまざまな病気を引き起こす危険性があるという。虚弱状態である「コロナフレイル」にならないための予防策とは何か。専門家が解説する。

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 感染拡大が収まるまで、ワクチンができるまで、あともう少しの辛抱だ――。

 本来であれば、初詣に旅行にと充実したお正月だったはずなのに、感染を恐れ、かような思いを持って自宅で過ごした高齢者は多かっただろう。

 感染は収束どころか、東京都で新規感染者が2千人を超え、拡大の一途。確かにステイホームを徹底すれば、感染はひとまず避けられるに違いない。しかし、それだけで安心安全、と思うなかれ。我々には健康を脅かす別のリスクが忍び寄っているのだ。

「コロナ禍で高齢者が外出して体を動かしたり、人と触れ合ったりする機会が減っています。このままでは『コロナフレイル』が大問題になる恐れがあります」

 そう警鐘を鳴らすのは、虎の門病院顧問で東大名誉教授の大内尉義(やすよし)氏である。フレイルとは、虚弱・脆弱という意味で、2014年に日本老年医学会が提唱した概念である。当時、同学会理事長だった大内氏らが「高齢者の筋力や気力が低下し、介護が必要となる一歩手前の状態」をフレイルと名付けたのである。

「加齢に加え、運動をしないことで筋力がさらに弱まってしまう状態のことです。コロナ禍で自主的に外出を控えている高齢者の方が多くおられる中で、何カ月もそのままにしてフレイルが悪化していくと、歩けなくなったり、気力を失ったり、日常生活を送る上で支障が出てきます。高齢者にとって筋力低下は重要な問題なのです」(同)

 諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏はコロナ以降の変化についてこう指摘する。

「内科医として診察を行っていると、コロナが流行してからフレイル状態の患者さんが明らかに増えていると感じます。例えば、椅子から立ち上がるときに“よいしょ”と言わないと、立ち上がれない。あるいは杖を持たないと歩けない、など。現状、60代の日本人の約1割、80代では約6割がフレイルだと言われています。コロナが収まる頃にはこれよりも多くの高齢者がフレイルに陥っている可能性が高い。今後、感染が収束するまでをどう過ごすか。健康状態を維持するための分かれ目となるでしょう」

 コロナを恐れるあまり、外出を控えすぎ、廃人になってしまっては元も子もあるまい。

 フレイルといっても単に筋力の低下だけを指すわけではないという。鎌田氏によれば状態別に三つに分類できる。

「一つは筋肉フレイル。これはサルコペニアと呼ばれる加齢性筋肉減少症とも近い。つまり、筋肉が衰えて以前のような運動ができなくなっている状態です。二つ目は口腔フレイル。口周りの筋肉が衰えて、噛む、飲み込むなどの動作が難しくなっていることを指します。誤嚥性肺炎の原因にもなり、歯周病にもかかりやすくなります。最後の三つ目は社会的フレイル。外出をしなくなる、人間関係が希薄になることで社会に参加しなくなり、気力や認知能力など心や脳の機能が衰えます」(同)

 これらの症状に身に覚えがなくとも、筋肉フレイルについては簡単な方法でその兆候を知ることができる。「指輪っかテスト」である(掲載の図参照)。

予防の3本柱とは

「まず、両手の人差し指と親指で輪っかを作ります。これでふくらはぎの一番太い部分を囲ってみてください。ふくらはぎの方が太くて指で輪っかを作れない場合は十分な筋力があり、フレイルになっている可能性は小さい。ちょうど指でぴったり囲えるくらいなら危険信号。隙間ができるようなら、フレイルの可能性が高いです。他にも、青信号のうちに横断歩道を渡り切れなくなってきた、ペットボトルの蓋を開けにくくなってきた、という症状にも要注意です」(同)

 一度フレイルに陥ると、その「転落」のスピードはすさまじい。

 前出の大内氏によれば、

「例えば、2週間の寝たきりによって失われる筋力は加齢により徐々に失われる筋力の7年分に及ぶと言われています。筋肉量が減ると運動量が減り、消費するエネルギー量の低下を招くことになります。すると、食欲が湧かなくなるため食事量が減る。十分な栄養を摂れなくて、さらに筋肉量が減るという悪循環に陥ってしまうのです」

 コロナ危機を過度に煽るワイドショーや知事たちの言葉を真に受け、ステイホームが過ぎての寝たきりなんて、これほどの皮肉はなかろう。大内氏はそうならないための予防の3本柱が「運動・栄養・社会参加」だと続ける。

「まず動かない時間を減らすことが大切です。家の中で立ったり、座ったり、足踏みをするなど、ちょっとした運動が有効。また、不可欠なのはバランスのよい食事。筋肉のもととなるタンパク質を意識的に摂ってください。また、硬いものが噛めないからと軟らかいものばかり食べていると、口周りの筋肉が衰え、滑舌が悪くなったりするので、歯ごたえのある食材を食べることです」

 三つ目の社会参加、すなわち、人との交流も大事だと説く。

「自粛生活で人と会う機会が減っています。電話などを活用し、意識して会話をしましょう」(同)

 では、これらの予防法について、それぞれをより具体的に実践してみよう。

 まずは運動。手軽ですぐに思いつくのはウォーキングだ。しかし、鎌田氏は予防に欠かせないのは筋トレだと解説する。

「ウォーキングは有酸素運動なので筋肉がつきません。フレイル予防で特におすすめなのは、下半身を鍛えること。ワイドスクワットとランジという筋トレが効果的です」

 45年間も「徹子の部屋」を続ける黒柳徹子は気力・体力・知力とも衰えない秘訣として毎晩就寝前にスクワットを行うことで知られている。そのスクワットの中でも、効果的なものを伝授していただこう。

 一つ目のワイドスクワットは足を肩幅よりも大きく開いて行うスクワット(図2)。爪先を逆ハの字にして直立し、太ももを外に開くように意識しながら、膝を曲げる。太ももが地面と平行になるまで沈め、ゆっくりと元に戻す。10回を1セットとして1日3セットが目安だ。

「普通のスクワットより負荷が大きいので筋肉がつきやすい。内ももや股関節が鍛えられるので、転倒予防に有効です」(同)

 もう一つのランジは太ももの外側の筋肉を鍛えるトレーニング(図3)である。直立姿勢から右足を肩幅程度、前に出す。そうしたら、右膝が直角になるように、左足をゆっくり下ろして直立の位置に戻す。次は左足を前に出して、右足をゆっくり下ろす。この繰り返しだ。

「左右10回ずつ、3セット行うのが良い。太ももを鍛えることで、美脚効果もあります」(同)

タンパク質の摂取量が少ない

 一方、スポーツ医学が専門の筑波大学・久野譜也教授は、下半身とともに腹筋と背筋の重要性について指摘する。

「筋力が低下すると、腰が曲がるなど姿勢に表れやすい。それは重力に抗して姿勢を維持するための腹筋や背筋などが衰えているからです。これらを鍛えれば、姿勢が良くなり、歩く力も高まる。必然的に運動能力を維持することにつながるのです」

 腹筋と背筋は表裏一体の関係にある。どちらかをトレーニングしすぎると、腰痛を引き起こすこともあり、両方を同時に鍛えることが大事。久野氏が勧める筋トレはこうだ。

「うつぶせになって両手足を伸ばしたら、右足をゆっくり上げます。足は上げすぎず、背筋を意識しながらゆっくり下ろします(図4)。左足も同様にして、交互に左右10回ずつ。最初は1セットで構いません。次に腹筋。仰向けで両足を立て、少し開く。そこから両腕を前に出し、太ももに滑らせるようにして、両肩が床から離れるまで上体を起こします。おへそが見えるくらいまで起こしたらゆっくり元に戻します(図5)。これも10回1セット。反動を使わずに上体を起こすのがポイントです」

 いずれも楽にこなせるようになったら、2〜3セット行う。また、口周りの筋肉が衰える口腔フレイルには「パタカラ体操」と「おでこ体操」がおすすめだと先の鎌田氏。

「パタカラ体操はとても簡単で、“パタカラ、パタカラ……”と繰り返し唱えるだけです。パは唇、タは舌、カはのど、ラは口全体を動かすので、それだけで口周りの筋肉が鍛えられます。声に出すのが恥ずかしい方にはおでこ体操が良いでしょう」

 座った状態で顔を下に向け、おでこに手のひらを当てる。顔は下に向けようと力を入れ、手で上方向に押し戻す(図6)。

「5秒キープを5回繰り返して1セット。これを8セットやりましょう。すると、顔や首周りの筋トレとなり、口腔フレイルの予防になります」(同)

 いずれのトレーニングも自宅にいながら簡単にできるものだ。

 筋トレや体操で体を動かしたら、次は食事と栄養面。続けて鎌田氏に聞いた。

「フレイル対策には筋トレに加え、食生活の改善が必須です。もともと、日本の食文化は欧米に比べ、筋肉のもととなるタンパク質の摂取量が少ない。そのため、諸外国よりも日本はフレイル状態の高齢者が多いと言われています。さらに外食ならタンパク質を摂れるのに、コロナによって在宅時間が増え、手っ取り早く作れる炭水化物中心の食生活を送っている方も増えています」

 例えば、チャーハンにうどん、焼きそばやお好み焼きなど。自炊だと作りやすいメニューにどうしても頼ってしまいがちだが、これだけでは1日に必要なタンパク質を摂取することはできない。

「厚労省によれば、65歳以上の男性は1日に60グラム、女性は50グラムのタンパク質を摂るのが望ましいとされます。フレイルを予防するためなら、それよりも10グラムほど多く摂取するのが理想。これは想像しているよりも結構な量です。例えば、200グラムのステーキを食べても、摂取できるタンパク質は40グラム程度です。これにプラスして卵や豆腐などで補います」(同)

何より重要な「社会参加」

 管理栄養士の濱田美紀氏が補足する。

「人の筋肉というのは、毎日壊れては新たに作られます。つまり、自分に必要な量の食事をしなければ、筋肉が減ってしまうのです。筋肉に必要な栄養素は肉や魚、卵などに多く含まれているタンパク質ですが、それを身体に取り込んで筋肉にするためにはビタミンB6を摂取することも大事です。魚類ならマグロや鮭、肉類なら牛レバーや鶏ミンチ、果物ならバナナ、野菜なら赤ピーマン、ニンニクなどに多く含まれているので、筋肉が減ってきたなと感じている方はこれらの食材も積極的に食べていただきたいです」

 フレイルにならないための理想的な献立はこうしたタンパク質が豊富な主菜に野菜の副菜、果物、さらに、ごはんなどの糖質である。しかし、そうはいっても、毎食毎食、栄養バランスのとれたメニューを用意するのはしんどい。そういう方にお薦めしたいのが缶詰や冷凍食品だ。

「これらを使うことに抵抗がある方もいると思いますが、栄養価の面ではあまり変わりません。缶詰ならサバ缶やツナ缶などでタンパク質も摂れます。カット野菜の冷凍食品も便利。高齢で一人暮らしだと安くて手軽なカップラーメンを食べてしまうという方もいます。いきなりやめろ、とは言いませんが、やきとりの缶詰や冷凍ほうれん草を加えるだけでもタンパク質とビタミンをプラスできます」(同)

 そして、何より重要なのが前述した予防3本柱の三つ目、「社会参加」である。

 先の久野氏によれば、

「フィジカルな問題を筋トレや食生活で解決できても、人と会話したり交流を持ったりしなければ、セルフ・エフィカシー(自己効力感)が弱まってしまいます。これが問題です」

 セルフ・エフィカシーとは心理学用語で「自分はこの行動が達成できる」という自信や意欲を指す。

「外出してこのくらいの距離を歩けたとか、ボランティアや地域の行事に参加して、こんな活動をしたとか、そういう体験を積み重ねると、自分にはこんなことができる、という意欲につながります。しかし、そういう体験がなければ塞ぎこむばかりで、筋トレをする意欲もなくなる。社会参加はフレイル予防に欠かせません。ステイホームは高齢者の大切な社会参加の場を奪っているのです」(同)

 だからこそ久野氏は、一律で帰省を控えて、と呼びかけたことにも懐疑的だ。

「高齢者だからと何も考えずに自粛するのではなく、基礎疾患の有無も考慮しバランスを考えて社会に参加していくことが大事だと思います。コロナ自粛はフレイルを一気に促進させます。お正月に親族で集まらないことが果たして正しかったのでしょうか。皆が集まって笑い、体を動かすことが免疫力を高めることも忘れてはいけません」

 自粛を余儀なくされた年末年始のステイホームに引きずられて、外出が減ってはいまいか、痩せてはいまいか。緊急事態宣言が発出されても、体は少しでも動かすのが「吉」。正月気分が抜けたところで、自身の生活を見つめ直すことを強くお勧めしたい。

「週刊新潮」2021年1月14日号 掲載