東京・三鷹市の「地域猫」が虐殺されたとネット上で騒ぎになった「タヌキちゃん事件」の発生から半年。事件は解決どころかあらぬ方向へと向かい、収拾がつかない状況に陥っている。“警察が事件を隠蔽している”、“事件は告発者によるでっち上げ”。ネット上では真偽不明な情報が飛び交い、警官や市民が根拠なく「犯人視」される異常事態となっているのだ。さらには“第二の事件”まで発生して……。

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地元民が可愛がってきた「地域猫」の「タヌキちゃん」

 事の起こりは、昨年11月4日午前6時頃のことであった。東京・三鷹市の野川沿いの土手で、「地域猫」として十数年間、地元民に可愛がられていた猫「タヌキちゃん」が遺体となって発見された。

 地域猫とは、地元ボランティアや動物愛護団体、行政などが協力し、野良猫に不妊去勢手術をして地域の中で育てていくことで、殺処分される猫を減らしていく取り組みである。

 第一発見者は、日頃からタヌキちゃんに餌をやっていた地元のボランティア女性だった。女性が、いつもの餌やり場である遊歩道のあたりにタヌキちゃんの姿が見えないのを不審に思い、周辺を探し回ったところ、土手で亡くなっているタヌキちゃんを発見した。

 遺体はひどく損傷していたという。遺体の状態については後述するが、ボランティアの女性は何者かによる虐待を疑い、50メートルほど離れた交番に駆け込んだ。交番からの連絡により、三鷹署の刑事たちも臨場し現場検証を行ったが、警察はその日のうちに市に引き渡し、翌日、タヌキちゃんは焼却処分されたのだった。

告発者が記した猟奇的な動物虐待の描写

 事件から数日後、事態は大きく動き出す。古くからこの場所で地域猫の世話をしてきたT会という動物愛護グループが、動物虐待事件としてタヌキちゃんの死をSNSなどで発信し出したのである。T会のブログに書かれた遺体の状況は、凄惨極まるものだった。

〈犯人は、タヌちゃんをいつもいる所で捕まえて、そこでいきなり顔面を鉄の棒か何かで殴ったのか、鉄の柵に顔面を叩きつけたのかして、ぐったりさせてから、下の土手に投げたのか。血しぶきが散乱していたそう。そして、今度はタヌちゃんを後ろに見える鉄の柵の向こうに放り投げるか、自分でタヌちゃんを捕まえ掴んで下に行き、土手で死ぬまで更なる暴行を加えたよう〉

 おどろおどろしい記述はさらにこう続く。

〈下の土手には血の飛び散りがもっとあったと。人に見えにくい場所を選び、明け方という時間を選び、抵抗しない猫を選び、そこで常軌を逸する犯行に及びました。顔面を集中的に何十回も硬い何かで殴打されたようで、鼻も口も歯もどこにあるか分からずグチャグチャになっていたそうです……。(中略)顔面の骨が砕けて変形していく様を喜んで眺めていたのか………そして、凶器で身体も叩きつけ、死んだ後も執拗に殴り続けていたのではないかとお巡りさんの話。お腹も踏まれたようで、腸も飛び出し、身体がボロ雑巾のように………〉

拡散に動いた芸能人たち

 あたかも、犯行現場を目撃したかのような書きっぷりだが、実際には目撃証言も凶器として特定されたものもない。T会のメンバーは遺体も見ておらず、後日、第一発見者であるボランティアの女性と駐在の警官から、遺体の状況を聞き取ったとされる内容だった。なお、このブログはその後、修正が加えられ、現在は過激な表現が抑えられている。

 だが、この後、このブログの内容が「事実」として、社会に拡散していくのである。真っ先に動き出したのが、動物愛護活動家として有名な杉本彩氏だった。杉本氏が代表を務める「公益財団法人動物環境・福祉協会Eva」は、T会のブログの内容を転載し、「不審者情報等お持ちの方は三鷹警察へ」と呼びかけ、「三鷹警察に対し容疑者逮捕に至るまで綿密な捜査をしてほしい旨の要望書を提出します」と言及した。

 その後、二階堂ふみ、ダレノガレ明美、小松みゆきなどの芸能人も続いた。著名な芸能人が一斉に取り上げたことで、一部ネットニュースも報じ始め、「タヌキちゃん事件」は全国区の“猟奇的動物虐待事件”として知られるようになったのである。

地元でささやかれ始めた「自然死説」、「交通事故死説」

 ここまでが事件発生当時、このニュースに触れた人々の記憶であろう。だがこの後、「タヌキちゃん事件」は“ネット空間”の中で異常な展開を遂げ、地域社会は混乱していくのである。

 まず地元で囁かれ始めたのが、「本当に虐待死だったか」というウワサであった。ある地元住民が語る。

「どうやらT会のブログは、かなり大げさに書かれていたようなのです。遺体が血だるまになっていたという事実はなかった。腸が飛び出ていたというのも怪しい。だから、本当は交通事故死だったとか、自然死だったという噂まで流れ始めたのです」

 そのような話がSNSで広まり出すと、T会が反論を始めた。その矛先は三鷹署、そして、第一発見者に呼ばれて真っ先に現場に臨場した交番の警官に向けられていった。

「彼らに言わせると、駐在の警官は当初、『虐殺死に違いない』と言っていたのに、途中から『現場の状況はそこまでじゃなかった。自然死の可能性もある』と証言を覆したというのです。それにT会は烈火のごとく怒り出した。遺体をすぐに焼却したのは、三鷹署が身内の不祥事を隠したかったからだと言い始め、しまいには、現在は消去されていますが、警官の家族が怪しいという根拠のないツイートまでした」(同・地元住民)

警察官と対立を深めるT会

 確かにT会のツイッターを確認すると、現在も交番の警官を敵視する内容が羅列されている。

〈○○(註:原文は実名)駐在所に住んでおられる警察官、早く貴方が多数撮影した、タヌちゃん虐殺体写真を公開しなさい。貴方が隠していたせいで、私どもは要らぬ名誉毀損行為を受けた。貴方の責任である。虐殺事件であることを明白に証明する写真の撮影者である事を隠し、陰では私どもを嘘つき呼ばわり〉

〈自然死などあり得ません。惨殺体を見、写真にまで写した○○(註:同)駐在所の警官は、今まで二転三転しているが、何を今頃になって「自然死では?」などと言うのか。ならば、撮影したタヌちゃんの遺体写真を見せてみろと言いたい。彼は不審でしかない〉

 T会ばかりでなく、ネット上でつながったと思われる複数の人物までもが、警官への個人攻撃に加勢しているのである。

 記者は交番を訪ね、警官に犯人視されていることについてどう思うかと問うた。警官は自身や家族に疑惑の目を向けていることは認めつつも、

「取材にはお答えできません。事件の詳細については、三鷹警察署のほうに行って聞いてください」

 と答えるのみだった(その後、警視庁本部を通して三鷹署に取材を申し込んだが、「個別の事案については回答を差し控えさせて頂きます」と回答)。

突然、犯人視された「花屋」の女性

 疑われたのは警官だけではない。京王・井の頭線沿線で花屋を営む女性もTwitterに犯人であるかのような書き込みをされていた。本人が語る。

「私は三鷹市民ですが、事件現場近くに住んでいるわけでもなく、まったく無関係の人間です。けど、事件がネットやSNS上で、あまりに大げさに騒がれすぎているのが気になって、つい彼らに絡んでしまったのです。それが思わぬことになってしまい……」

 店主によると、事件後しばらくすると、地元住民ではない社会活動家のXという人物が事件に関心を持ち、T会と連絡を取り始め、夜中に事件現場近辺のパトロールを始めたという。

「地元の人間からしたら、警察でもない関係のない人が、そんなことをしたら気持ちが悪いじゃないですか。だからXさんに、Facebookを通して『そういうことはやめてください』と連絡したんです。そしたら……」(同・店主)

 いつの間にか、見知らぬTwitterのアカウントに自分の店の写真が載っていたというのだ。T会やX氏とTwitter上でつながっていると思われるYという人物のTwitterのアカウントであった。確かにそこには、店の写真が掲載され、このような文章が載っている。

〈この花屋さんは、○○○(註:三鷹市内の住所)という事で、タヌキちゃんの事、知っているかもしれません。三鷹警察署に、この画像も、持って行ってください〉

 Y氏の投稿はその後、エスカレート。店主の名前、店名までをも挙げ始め、〈警察が泳がせている〉と、あたかも犯人視するような書き込みまで加えた。

「このYという人物は、どうやら九州の在住の人物で、駐在の警官に対しても嫌がらせのような投稿を繰り返しています。警察にも相談に行きましたが、この程度だと事件化するのは難しいと言われてしまい、泣き寝入りしています」(同・店主)

 三鷹市と連携し、犬・猫の保護活動を10年間継続してきたという動物愛護団体Mの代表を務める女性も、T会の動きについて不信感を募らせる。

「事件後、彼らの方から私に接触してきました。最初は私も彼らの話を信じていたんです。けれど、言っていることがあまりに過激すぎる。おかしいなと思って三鷹署の関係者に確認してみた。すると関係者は、『ちゃんと捜査をしている』と言うし、実際は、ブログに書かれていた遺体の状況とはだいぶ隔たりがあるとも言う。だから私は、T会の代表らに写真を送ってもらうよう求めたのです。けれど、はぐらかされ、連絡が取れなくなった。そのうち彼らは、私を敵視するようなことを周囲に言い始めたのです」

T会の主張

 これらの批判の声に対し、T会は何と答えるか。代表の女性は、1時間にわたって取材に答えた。代表はタヌキちゃんと会との関わりについてこう説明した。

「うちの会の副代表を務める男性は以前、あの近辺に居住していました。彼は18年前から、野川沿いに住み着いている猫たちに不妊去勢手術するなどのボランティア活動をやっていたのです。タヌキちゃんは16年くらい前から、副代表が面倒を見ていた生き残りの猫。現在、副代表は引っ越して別の地域に住んでいますが、ずっと三鷹に通って面倒を見続けてきました。タヌキちゃんが死ぬ2日前にも会いに行っています。その時は元気な姿でした」

 そのように大事に見守ってきた猫が亡くなったことで、副代表がショック状態に陥ったことは想像に難くない。とはいえ、ブログの内容は大げさだったのではないかと問うと、こう反論した。

「批判したい人たちは“血の量”を問題視しますが、それは本質からずれています。明らかに交通事故では説明がつかない、人にやられたという状態を示す証拠写真が、ちゃんとあるのです。自然死などとんでもない。腕にいっぱい血がついている。歯が壊れちゃっているし、内臓が飛び出ているようにも見えます」(同・代表)

 だが、写真は見せられないという。

「写真は不鮮明ですし、それを公開するとことで『そこまでぐちゃぐちゃじゃない』などと攻撃を受けるのが嫌なんです。いまネット上で私たちは、会ったこともないような人たちから個人攻撃されています。過去に私が公金を横領しただの、ウイルスを持っている猫をずさんに管理しているとか、デタラメを流されている」(同・代表)

 一方で、警官への疑念については自信を持ってこう主張した。

「タヌキちゃん事件を誰かが闇に葬りたがっている。駐在の警官は、当初、副代表や地域の人たちに対し、『あれは虐殺遺体だ。自分は交通事故の遺体を見ているからわかる。こんな風に犯人にやられたんだ』と予想まで語っていた。そうした証言をもとに、私たちは当初、あのブログに書いたのです。けれど、言動がどんどん変わっていき、しまいには『自然死だった』みたいなことまで言い出した。明らかにおかしい。三鷹署も自分たちの失態が明らかになるのを恐れ、隠蔽しようとしているとしか思えない」(同・代表)

 X氏も取材に応じ、このように述べた。

「私がよそ者であることは事実ですが、動物愛護団体を主宰する者として、タヌキちゃん事件の真相を知りたい一心で活動を続けています。私もT会と同様、警官の言動の変遷には非常に疑いを持って見ていますが、警官や花屋の店主に対するSNS上での誹謗中傷には関与していません。動物を守ろうと活動している方々がいがみ合ったり、それにネット上で無関係の人たちまで加わっている現状には、問題があると考えています」

芸能人たちの責任

 このような地域の分断を招いてしまった元凶は、事実関係を確認しないまま事件を拡散した芸能人だと指摘する声もある。前出の動物愛護団体Mの代表はこう語る。

「杉本さんにしても、二階堂さんにしても悪意があったわけではないと思います。けれど、芸能人なのだからご自身の発言の影響力を考え、責任を持って発信して欲しい」

 同代表によると、この騒ぎに乗じて怪しげな動物愛護団体も出てきたという。

「その団体は『タヌキちゃんの犯人逮捕を』と署名運動を始めました。けれど、調べても活動実態がないようなところだったのです。さらに問題なのは、この団体がこの署名運動にかこつけて、クラウドファンディングを始めたことです。この団体のページを貼り付け、〈犯人逮捕の為、よろしくお願いします〉と呼びかけていた芸能人もいました」

 杉本彩氏が代表を務める「公益財団法人動物環境・福祉協会Eva」は、このように回答した。

「私たちはT会から虐待の通報を受け、事件を認知致しました。その後、実際に遺体写真も確認しましたが、それは自然死や交通事故死では説明つかないほどひどいものでした。ただし、事件現場を描写したコメントは、T会からの内容をもとに書いたものであり、遺体発見時の実際の様子を確認したわけではないこと、そして描写のコメントにより多くの方にショックを与えてしまうということから、HPから一部表現について削除しました。

 私たちは、虐待の証拠が遺体しかない以上、適正な捜査をしていただくために、目撃情報などを集め警察に寄せて欲しいと、呼びかけてもらうよう警察に要望書を提出しました。その後、SNSで犯人捜しをするような書きこみ等があることは承知していますが、犯人に繋がる捜査については、写真以上の証拠である遺体を回収している警察が取り仕切るべきだと考えています」(事務局長)

記者が見た「遺体写真」

 実際、タヌキちゃんは本当に惨殺されたのだろうか。記者は1週間かけて関係者らに取材を続けてきたが、最終日に真相の手がかりとなる遺体写真をX氏から見せてもらった。X氏はT会から写真を提供されたという。

 陽光が降り注ぐ中、雑草の上に横たわっているタヌキちゃんの姿が写されていた。

 顔は原型を留めないほど潰れ、口の中には赤い血がはっきりと写っている。体には外傷は見当たらなかったが、前脚のあたりが、血の痕だろうか、薄く赤色に染まっている。別の角度から写した写真では、肛門のあたりがわずかに出血しているようにも見えた。

 T会が最初に発信した状況とは隔たりはあるものの、何らかの人の手が加えられた可能性が高いと考えられる写真であった。ある警視庁関係者はこう明かす。

「タヌキちゃんの遺体の横には、顔の大きさほどの血だまりはあった。周辺で血が確認されたのはそこだけです。一番のポイントは、遺体に血がほとんどついていなかったということ。生きている間に虐待されていたならば、鮮血が出て、体に血がつくはずなのです。遊歩道で何らかの原因で亡くなった後、土手のほうに投げ込まれたのではないか。血だまりは、その際、顔を強く打って出たものなのではないか」

真実の行方は……

 もちろん、これはあくまで一つの推測である。警視庁関係者はこう続ける。

「三鷹署の失態は、虐待の可能性を最後まで捨てず、慎重に遺体を扱わなかったこと。ただ一方で、現場から明らかに虐待があったと示す証拠が見つからなかったのも事実です。当然、生首が見つかったとか、体が切り刻まれていたとなれば慎重に捜査した。もちろん、これだけの騒ぎになったのだから、現在も事件と事故の両面で捜査は継続していますよ」

 真実は闇の中だ。ただしこれを、猫一匹の死と、決して軽んじるべきではない。神戸連続児童殺傷事件しかり、動物虐待を繰り返す人間の攻撃対象がやがて人間に向けられていくケースが多いことは、犯罪研究の中で明らかになっている。

 関連は不明だが、4月2日には、タヌキちゃん事件があった現場から4キロほど離れた場所で、鼻に釘のようなものを打ち込まれた地域猫が発見された。幸い一命をとりとめ、現在は発見者によって育てられているという。この事件も三鷹署が動物愛護法違反容疑で捜査を続けているが、いまだ犯人逮捕には至っていない。

 弱い動物を虐待する人間がこの社会にいる。だが、その卑劣な人間に対する怒りが、“正義”の刃となって周囲に向けられ、社会の軋轢を生んでいる現実からも目を背けるべきではない。

デイリー新潮取材班

2021年4月21日 掲載