政府によるシステムハラスメント

 新型コロナウイルスのワクチン接種の現場に、新たな“パワハラ”が蔓延しているという。高齢者のワクチン接種が始まって16日目の4月28日、国会でそんな実態が報告された。

 参議院の「地方創生及び消費者問題に関する特別委員会」で質問に立ったのは、これまで政府のコロナ対策用システムの不備を指摘してきた伊藤孝恵議員。

「いま、地方自治体の現場では通常業務に加えて、各種の給付業務、ワクチンの予約、接種、本当にたくさんの問い合わせでパンク状態です。何日の何時にワクチンが届くか分からない。厚労省のHER-SYS(感染者等情報・管理支援システム)やら、V-SYS(ワクチン接種円滑化システム)、内閣官房のVRS(ワクチン接種記録システム)など、現場では使い勝手の悪いシステムを使うことを強いられています。『政府によるシステムハラスメントだ』という怒りの声も聞こえてくるほどです」

 実際、ネット上には多数のワクチン接種に従事する自治体職員を名乗るツイートが登場し、「残業100時間」「過労死」などという言葉が飛び交っている。

 全国民に一斉に接種するという前代未聞のプロジェクトで、ただでさえ混乱が生じやすい現場に政府の一貫性のないシステムが導入されたことで自治体のワクチン担当職員の負担は増すばかり。これを「シスハラだ」と批判する声が上がっているのである。

 ワクチン接種でフル稼働するはずだったV-SYSは、自治体のリアルタイムの需要を把握できず、過剰に配送されてワクチンが役所や病院に滞留。ファイザー製ワクチンはマイナス75℃±15℃で保管する必要があるが、ディープフリーザー(超低温冷凍庫)の不足が問題になるなど、もはやシステムは現場の足を引っ張るばかりとなっている。

 また、個々人のワクチンの接種状況を記録する「VRS」への不満も大きい。ある自治体職員はこう吐露する。

「VRSは、国民に配布されたワクチン接種券に記載されているOCRラインを読み取ることで、誰がいつ接種したのかを記録する仕組みです。ところが内閣官房のIT総合戦略室は、当初、『(VRSは)バーコードも読み取り可能』だからと、各自治体に『ワクチン接種券にはOCRに加え、バーコードも印字する』よう指示を出していました。

 そのため我が自治体では、印刷会社と再契約してバーコードを印字してもらったのですが、実際に使ってみると、バーコードを読み取ることができなかったのです」

官邸激怒が開発の発端

 VRSは今年1月に官邸主導で急遽、開発が始まったシステムである。厚労省が昨年より開発してきたV-SYSは、国から自治体にワクチンを配布する単なる物流システムで、“円滑化システム”と呼ぶにはあまりにお粗末だったからだ。厚労省の担当者は官邸に、「誰にいつワクチンを接種したかを集計するには2ヵ月かかる」と説明し、これに官邸が激怒したことがVRS開発の発端だった。

 現在、接種が行われている米ファイザー製のワクチンは2度の接種が必要で、1度目と2度目の間には3週間あける必要がある。その間に転居などで自治体をまたぐ移動があれば追跡が困難になるため、自治体ではなく政府が横断的に国民の接種状況を管理する必要があった。また全国的な接種状況を迅速に把握できなければ、政府としても対策に遅れが生じる可能性もある。役割が細分化され、職務限定的な縦割り意識が機能不足のV-SYSを生み出し、その補完措置としてVRSは開発されたのだ。

 しかし、急遽開発されたVRSでは、システムに不備があるばかりか、実地訓練が不足するのは当然のことだった。先の自治体職員も悲痛の声を上げる。

「VRSがワクチン接種券に記載された情報をうまく読み取れないので、接種した際にVRSに入力する時間が取れず、持ち帰って入力作業を強いられています」

価格を抑えても……

 伊藤議員の調査によれば、厚労省をはじめ政府が開発したコロナ対策のシステムは、すでに総額257億円を超えていると見られている。

 不具合が長期間放置され全く利用者が増えない接触確認アプリのCOCOAの開発費は6.9億円。海外観戦客の受け入れ断念にもかかわらず、未だに開発が続けられているオリパラアプリには73億円超が投じられている。

 V-SYSの開発費が39.6億円に対し、VRSは3.8億円。価格が抑えられたのは、受注したのが新興企業だったからとみられている。

 ところが、価格を抑えたにもかかわらず、VRSに接種状況を記録するためと、内閣官房が自治体にタブレットを配布したことで、さらに経費が積み上がった。そのタブレットを供給し、通信システムを提供したのはNTTドコモとNTTコミュニケーションズだが、その受注額は60億円を超えたという。

 このタブレットがこれまた不評で、会議室に使われないまま積み上げられている自治体もある。4月26日付の読売新聞によれば、タブレットを使用することに懐疑的なさいたま市では支給の申請すらされておらず、約1000人の接種が終わった時点でVRSへの入力はゼロだった。

 NHKをはじめ各報道機関は、高齢者のワクチンの接種状況を報道しているが、その数字はVRSに記録された接種件数だ。これを正確な接種情報と捉えるには、何とも心もとない。

当事者意識を欠いている

 官邸筋からは、「VRSは新興企業のミラボが受注したため、大手ベンダーが激怒した」という声が漏れ伝わってくる。またCOCOAの不具合は厚労省が検討チームまで作って原因究明が行われたが、開発に日系の大手ベンダーが参加して“いなかった”ことから「原因究明が容易だった」と指摘されている。

 COCOAが問題視される一方で、コロナ対策のために乱開発されているシステムでは、発注する政府側も受注するベンダー側も、当事者意識を欠いているようだ。国会では、それを象徴するような官僚の答弁もあった。

 内閣官房が「読み込み可能」と説明していたバーコードが実際には使えないことについて、伊藤議員が「使えるのか、使えないのか」と迫った。それに対して、IT総合戦略室に所属する内閣官房審議官が答弁した。ところが、

「バーコードは参考情報として表示されている。18桁のOCRラインで読み取るようにしている」

 と答えるのみ。混乱する現場の実情を知りながら、「バーコードは使えない」と認めることは、決してなかった。

 たまらず伊藤議員は、「使えないのなら自治体の方々に、『使えない』としっかり認知するように案内してください」と釘を刺したのだった。

 ある自治体のシステム担当者はこう指摘する。

「目に見えて失敗していたり、不備が出ていることでもその非を認めないのが官邸や霞が関の体質ですが、システムにエラーはつきもの。トライ&エラーと改善を繰り返していくのがシステム開発の本質なのに、まったく失敗を認めようとしない姿勢は、システム化に最もそぐわない」

 各国のワクチン接種状況は、4月30日時点でイスラエル約60%、イギリス50%、アメリカ45%に対し、日本はわずか2%である。

 4月26日、日本の新型コロナ感染症による死者は1万人を超えた。デジタル民主主義を実現する台湾の死者は12人。1998年以降に日本の技術を見習ってデジタルガバメント化に成功した韓国の死者は1831人。新型コロナが発生し武漢で未曽有の危機に瀕した中国でも、強力なデジタルガバメントによって死者は4636人に留まっている。

 国民の税金を湯水のように使って一貫性のないシステムを作り上げたことが、緊急を要するワクチン接種の大きな足枷となっているのだとしたら何ともやりきれない。

デイリー新潮取材班

2021年5月10日 掲載