届かぬ国民の声?

 西村泰彦・宮内庁長官(65)は4月8日、いわゆる“小室文書”を評価する発言を行った。

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 秋篠宮家の長女・眞子さま(29)の婚約内定者とされる小室圭さん(29)は同じ日、金銭トラブルの経緯を説明するという文書を発表した。

 文書は借金という事実関係から否定。謝罪の言葉はなく、自らの主張を滔々と書き連ねて、A4サイズで28枚もの長さとなった。

 これに対する国民の評価は決して高くはなかった。いや、異論が続出したと言うほうが正確だろう。それでも西村長官は定例の記者会見で、以下のように発言した。

「非常に丁寧に説明されているなという印象です。私としては小室さんのお母さんと、元婚約者との間の、いわゆる金銭トラブルといわれている事柄の事実関係や、話し合いの経緯についても理解できた」

 しかし、文書の発表から僅か4日後、西村長官の“メンツ”は丸潰れとなる。

 文書には解決金の支払いについて、複数の弁護士から「誤解を招く」ため止めるようアドバイスされたと記されていた。

 にもかかわらず、小室さんの代理人弁護士が「解決金を渡す意向がある」と発言したからだ。

問題発言

 あまりに朝令暮改な方針変更に、国民の不信は更に高まった。西村長官も22日の会見で小室さん側から事前の説明はなかったと明かした上で、「事後も話を聞いていない。コメントすることは控える」と述べた。

「これまでも、宮内庁と小室さんの意思疎通を疑問視する声はありました。文書を巡るやりとりでも、その疑問が改めてクローズアップされたと思います。同じことは眞子さまとの間でも指摘できます。父親の秋篠宮さま(55)も眞子さまとのコミュニケーションに苦労しておられるようです。ならば宮内庁に眞子さまの信頼を得ているスタッフがいるかと言えば、残念ながら存在しないようです」(担当記者)

 加地隆治・皇嗣職大夫が定例記者会見で行った発言も問題視された。文書で示された今後の解決策などは、「眞子さまの意向が大きかったと聞いている」と明かしてしまったのだ。

「眞子さまが公開を希望され、秋篠宮さまもご承知の上で行われた発言なのは間違いないでしょう。しかし小室家の金銭問題に眞子さまが関与したと明かしたのですから、やはり大きな間違いだったと思います。眞子さまは小室家が抱えるトラブルとは絶対に距離を置かなければなりません。宮内庁は眞子さまに問題点を指摘し、お諫めするべきだったのではないでしょうか」(同・担当記者)

皇室に精通した“大物”

 かつては、こんなことはなかった──古くから皇室の内情を知る宮内庁関係者は疑問を口にする。

「故・藤森昭一さん(1926〜2016)は、1988年から96年まで宮内庁長官を務め、当時は皇太子だった天皇陛下のお妃選びで中心的な役割を担いました。お妃候補としての雅子さまは、祖父が水俣病の原因企業であるチッソの社長などを務めた経歴が問題視され、リストから外されていました。ところが天皇陛下が『雅子さんではだめでしょうか』と本心を明かされると、当時の藤森長官は一転してご成婚に向けて動き出すのです」

 藤森元長官は1926年12月26日、長野県松本市に生まれた。ちょうど12月25日から31日までしかない昭和元年だったため、「昭一」と名づけられた。後日、このエピソードを昭和天皇に披露すると、にっこり笑われたという。

 旧制松本高校から東大法学部に進み、厚生省(現:厚生労働省)に入省。内閣の主席参事官や内閣官房副長官など、首相官邸勤務を13年間経験した。

 1988年4月に宮内庁次官、6月に長官に就任した。読売新聞は同年4月、名物連載の「顔」で、皇室問題に精通した“大物”が送り込まれたと紹介。《天皇、皇后両陛下の健康問題や、浩宮さまのご結婚など重要案件を抱えた宮内庁を、いかに重視しているかがうかがえる》と解説した。

「なかなかよい人だ」

 藤森元長官と焼酎を飲み明かしたという三笠宮家の長男・寛仁さま(1946〜2012)は「話の分かる人だな」と吐露、昭和天皇は「なかなかよい人だ」と評されたと伝えられている。朝日新聞は記事に《天皇が人柄への好感を口にするのは珍しい》と記した(※註1)。

「藤森さんは昭和天皇の崩御、昭和から平成への改元、そして大喪の礼などを宮内庁長官として陣頭指揮を執りました。そしてお妃選びです。天皇陛下のご意志を確認されると、雅子さまへの“メッセンジャー”役を自身の人脈から元外務次官の男性に依頼。情報漏洩を防ぎながら、お二人のデートをお膳立て。その後も揺れ動く雅子さまのお気持ちなどに配慮を示し、天皇陛下を励まされました」(同・宮内庁関係者)

 2004年6月、雅子さまは適応障害との診断を受け、療養に入られた。05年に藤森元長官は宮内庁参与を退任し、皇室の相談役から退いた。

 この時、「女性自身」は05年3月22日号に、「雅子さま 『唯一の相談相手』突然の辞任と笑顔遠のく『孤独の春』再び…」の記事を掲載した。藤森元長官と雅子さまの信頼関係が分かる見出しだ。

“宮内庁改革”の影響

 藤森元長官の参事退任から、更に16年の歳月が流れた。宮内庁のスタッフと皇室の距離はますます遠くなっているのだろうか。

「本来なら、小室さんと眞子さまの問題がこれだけ複雑化、長期化してしまったのなら、しかるべき宮内庁の人間が間に入って解決しなければならないでしょう。しかし今のところ、そんな人は見当たりません。宮内庁の人材不足も深刻なのです」(同・宮内庁関係者)

 一体、何が原因なのか、皇室ジャナーリストの神田秀一氏に訊いた。

「2001年の中央省庁改革が、宮内庁に大きな影響を与えたと思います。それまでの宮内庁は、かなりの独立性を認められていました。ところが01年以降、普通の省庁と変わらなくなるわけです。こうなると、どんなに優秀な方が宮内庁に入られても、なかなか自由には動けないということになってしまいました。かといって宮内庁も省庁の1つですから、組織図の中に組み込まれるのは当然でしょう」

 結局のところ、眞子さまが国民の声に耳を傾けていただくことを期待するしかない──こんな声も関係者からは聞こえてくるという。

「天皇陛下は19年に即位されると、『常に国民を思い、国民に寄り添いながら』責務を果たされると仰いました。こうしたお言葉からも、皇室が国民の声を非常に重んじておられることがよく分かります。ならば、これほど国民が結婚に反対している事実を、眞子さまも厳粛に受け止められるべきではないでしょうか。結婚一時金にしても、国民の血税が原資です。独自の財源を持っているイギリス王室とは全く違います」(同・神田氏)

註1:朝日新聞2016年7月23日夕刊「(惜別)藤森昭一さん 元宮内庁長官」より

デイリー新潮取材班

2021年6月20日 掲載