今春問題になっていた放送法改正案もすっかり忘れられてしまった感がある。NHKの受信料値下げ問題はどうなったのか。そもそも通信の時代に、もはや現行の放送法は時代遅れもいいところ。最高裁が支持した受信料の法的根拠すら怪しくなってきているのだ。【有馬哲夫/大学教授】

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 10月31日の第49回衆議院議員選挙は、思いの外、与党自由民主党・公明党が善戦し、安定多数を確保する結果に終わった。立花孝志党首率いる「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」は、いろいろと目立つことには成功したが、議席はゼロに帰した。「NHKのスクランブル放送を実現」という公約は、もはや有権者の心に響かなくなっている。次の選挙では公約にならないかもしれない。

 さて、コロナ対策や衆議院議員選挙で忘れ去られている感があるが、NHKの受信料の値下げが棚上げされている。現在、国民が平均で1週間に数分しか見ず、今後も視聴時間が減りつづけるのにNHKの地上波デジタルの受信料はこのまま据え置きなのだ。NHKそのものの在り方の見直しも、沙汰やみになっている。

 私のかねての主張は、現行のNHK受信料を廃止し、そのコンテンツはネットに移して、他の民放と一緒に共通プラットフォームで動画配信し、そこに受信者は「視聴料」を払うか、または国が税金を投入するかというものだ。これが放送から通信へ移行した現在の状況にふさわしいやり方だ。これによって弱体化しているコンテンツ産業、とりわけアニメ産業を強靭化できると考える。

受信料にまつわる法理的な解釈

 そこで、これまで書いてきたこととは少し角度を変えて、受信料にまつわる法理的な解釈、つまりこれまでの裁判所の判決がいかに「放送の時代」を前提としていて、それが現在の「通信の時代」にそぐわないかを明らかにしていこう。

 受信料判決の「親判決」というべきものが、2017年12月6日に最高裁判所大法廷で下された判決だ。NHKが受信契約の申し込みに応じない男性に対して起こした裁判である。最高裁まで争われた結果、大法廷は「受信契約を義務づける放送法の規定は、憲法に違反しない」という初めての判断を示したため、当時かなり注目された。

 判決文は非常に長く、いろいろな論点が盛り込まれているが要点をまとめると次の二つになる。

1.NHKだけが公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的としている。

2.NHKは民間放送とは違って営利を目的としない公共的性格を持っており、広告が禁じられているので受信料を徴収することができる。

受信料を徴収できない一つめの根拠

 まず、1の点だが、NHKがかつて「あまねく日本全国において受信できるよう」、離島に至るまで、電波のリレー網を整備したこと、そのために多額の資金をつぎ込んでいたことは事実である。これは素直に評価しなければならない。

 しかし、このリレー網は現在必要ない。今では、宇宙空間にある衛星から衛星波で日本全国に放送できる。事実、衛星放送のアンテナとチューナーさえあれば、日本のどこでもBS日テレ、BS朝日、BS-TBS、BSフジ、BSテレ東を受信し、視聴できる。

 地上波アナログ放送の時代は、NHKのみ全国的リレー網を持っていたために、民放は全国どこでも視聴できるわけではなかった。地方ではNHKプラス民放1局または2局という時代が長かった。現在でも民放5系列をすべて視聴できる県は少ない。

 ところが、衛星放送が始まってからは、NHKだけが「あまねく日本全国において受信できる」放送局ではなくなったのだ。NHKが設備投資した放送リレー網も、それまでに得た受信料収入で減価償却は終わったと見るべきだ。この段階で「あまねく日本において受信できる」ので、民放とは違って、受信料をとることができるという根拠はなくなっている。

政府の広報機関と化す

 では2はどうか。たしかに現行法ではNHKは広告収入を得ることを禁じられているので、法律を変えて、広告収入を得てもいいことにすればどうか。

 日本だけ見ていると気が付かないが、世界では公共放送が広告を流すのは珍しくない。韓国、中華民国、スリランカ、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、アイルランド、アイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、ベルギーなどの国々では公共放送が広告収入を得ている。

 これらの国々の公共放送は、受信料や国からの交付金が収入の大部分を占めていて、広告収入はそれほど多くない。しかし、それは受信料・交付金が入るからであって、これらに頼ることができないとなれば、広告放送への力の入れ方も違ってくるだろうし、それによって収入を大幅に増やすことができるだろう。

 それでは、広告を流すことによって公共的性格は損なわれるだろうか。答えは、そもそもNHKは、民放にはない公共的性格など持っていないので、損なわれるものは何もないというものだ。

 むしろ、NHKは受信料制度があるがためにほとんど政府の広報機関と化していて、報道機関として民間放送にはない大きな欠陥を持っている。

 よく勘違いされていることだが、不偏不党、表現の自由を確保すること、健全な民主主義の発達に資することは、NHKのみに課された責務ではない。それは、民放を含めた放送全体が果たさなければならない放送法上の義務だ。したがって、これらのことはNHKだけが持っている公共的性格ではない。

 NHK独自の公共的性格があるのか、といえば、それは見当たらない。歴代の総務省のNHK受信料を審議する委員会のメンバーは「NHKの公共性とは何か」と問い続けてきた。つまり、公共性などないのだ。NHKはこの公共的性格という点でも、受信料を徴収する根拠を持っていない。

イラネッチケー訴訟

 次に少し前に話題になった「イラネッチケー訴訟」である。東京都文京区在住の女性が、NHKを相手どって、NHKの電波を減衰する装置(イラネッチケー)を取り付ければ、NHKと受信契約を結ぶ義務がないことの確認を求めて裁判を起こした。

 これに対し20年6月26日東京地裁は原告の訴えを認めた。つまり、イラネッチケーやそれに類したものを取り付ければNHKと受信契約を結ぶ義務はないということだ。

 NHKはこの判決に対してただちに控訴した。21年2月24日、控訴審は「受信できなくする機器を取り外したり、機能を働かせなくさせたりできる場合は、その難易を問わずNHKの受信設備にあたる」と判断、原告が敗訴した。

 しかも、驚いたことにこの判決は、公共放送と民間放送の二元体制を維持するためには、NHKを見ない人も受信料を負担することを放送法は求めていると述べている。

 実は「親判決」でも同様のことを言っている。「NHKは、民放との二本立て体制の一方を担う公共放送事業者として……テレビを設置する者全体に支えられる」と。また、21年の判決は、親判決の原理つまり「NHKだけが公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的としている」、「NHKは民間放送とは違って営利を目的としない公共的性格を持っており、広告が禁じられているので受信料を徴収することができる」を踏襲しているのがわかる。

 電波を受信できるかどうかという技術的な点はほぼ無視していると言っていい。言い換えれば、地上波アナログの時代の論理で受信料の徴収を正当化している。

「最初からNHKの主張に乗るつもり」

 21年3月4日付「デイリー新潮」の「NHK受信料は税金と同じ扱い? イラネッチケー控訴審で書かれた理解不能な判決文」でも原告代理人の高池勝彦弁護士はこう言っている。

「まあ、高裁は最初からNHKの主張に乗るつもりだったということです。NHKは公共放送が設立された意義を申し立て、民放との二元体制の維持を主張しました。スポンサーを付けた民放に対し、スポンサーに影響されず受信料で賄われるNHKという2本があってこそ、バランスの取れた放送ができるというわけです。高裁もこの二元体制の維持に同調し、そのためには公平に支払わせるというわけです」

 高池氏が言うように、この判決は「最初からNHKの主張に乗るつもりだった」。つまり、公共放送とはなにか、なぜ二元体制が必要なのか、それを維持することが必要なのかという問いには全く答えていないし、考えてすらいないといえる。

 以上、受信料判決における時代錯誤な解釈を指摘したが、放送から通信への移行が進んでいる現在では、さらに判決の根拠を突き崩す事態が進行している。

すべてスマホで済ませる時代に

 先日、親戚の若者から話を聞いてびっくりした。テレビ受像機は持っていないという。プロジェクターにファイヤースティック(Fire TV Stick、配信動画を見るためのアマゾンが販売する端末)を挿し込んで、壁に映像を映して見ているという。同じことはモニターにファイヤースティックを挿してもできる。パソコンは持たず、すべてケータイで済ましているという。ということは、「NHKの電波を減衰する装置」イラネッチケーもいらないということだ。

 NHKが金科玉条のごとく盾にしてきた放送法64条1項には「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は」とある。動画配信は放送ではなく通信だ。つまりファイヤースティックは電波を受信するための設備ではない。それを挿すプロジェクターやモニターも電波を受信するための設備ではない。これは完全に放送法が適用できない。放送ではないからだ。放送法に基づいて間接的ながら支払い義務を負わせてきた受信料も徴収できないことになる。

 こう言われても、ケータイを持っていればNHKに受信料を払わなければならないという19年3月12日に出た判決結果を覚えている人がいるかもしれない。あれはワンセグという放送を受信できる端末だから出た判決だ。電波を受信しなければ問題ない。

 実際ケータイでも、最近のタイプはワンセグなどを受信しないので、NHKに受信料を支払う必要がないとメーカー自身が宣伝している。

テレビ受像機を買うか

 周知のことだが若者たちはテレビ放送をほとんど、あるいはまったく見ていない。Twitter、LINE、Facebook、Instagram、TikTokの閲覧や投稿にかなりの時間を費やしていて忙しい。見るものもYouTube、Netflix、アマゾン・プライム、U-NEXT、ディズニー・プラスなど動画配信だ。これではNHKはもとより民放の放送番組の入り込む余地はない。

 これまでテレビ放送の長時間視聴者といえば私のような60代以上の老人だった。しかし、私もSNSの閲覧や投稿に忙しく、暇なときに見るものも、YouTubeやNetflixなどでテレビ放送ではない。

 動画配信になれてしまったので、好きな時間に、好きなだけ見ることができ、好きなところで中断し、再開し、巻き戻し、早送り自由でなければ、不便を感じて仕方ない。

 こう感じてテレビ放送視聴をやめているのは私だけではないだろう。

 とすれば、この先、誰がわざわざNHKに受信料を払うためにテレビ受像機を買うだろうか。老年層もプロジェクターやモニターにファイヤースティックで、動画配信を見ることを選ぶだろう。もう受信料もNHKも終わりだ。

日本版Netflix

 NHKはNHKプラスという動画配信サービスを始めた。現在200万人が登録しているという。イギリスのBBCはすでにiPlayerという同様のサービスを始めている。はじめこそ登録者数を増やしたが、最近は頭打ちになっている。

 当然である。放送なら限られた公共の電波の既得権益に守られ、あまりライヴァルもいないが、動画配信サービスは前述の巨人たちが熾烈な競争を繰り広げている。そこではBBCといえども弱小事業体だ。それでもそこへ出ていかなければ座して死を待つのみ。ヨーロッパ各国の公共放送もBBCの後を追っている。

 NHKを含め日本の放送チャンネルも不可避的に通信に移行していかなければならない。全チャンネルが一緒になって日本版Netflixのようなものを作り、そこに優れたコンテンツを投入していかない限り、他国の動画配信サービスに伍して視聴者をひきつけることはできない。

 NHKを解体し、日本の放送業界を「通信の時代」にも生き残れるように再編成しなければならない。受信料を払うとすれば、あるいは国費を投入するとすれば、この日本版Netflixに対してだ。

 これまで日本のコンテンツ産業はテレビ放送産業に搾取されてきた。安く買いたたかれ、高視聴率を上げても何のボーナスもなかった。広告収入の慢性的減少によって、コンテンツ産業はテレビ放送産業によって制作費を抑えられ青息吐息になっている。動画配信ならば、ヒットを出せば次回作からは好条件で契約でき、収入の面で見かえりがある。そこに制作奨励金のようなものを出せばコンテンツ産業の強靭化になる。

「鬼滅の刃」の大ヒットで見えにくくなっているが、実は世界に誇る日本のアニメーション産業でも中国による「静かなる侵略」が進行している。手遅れにならないうちに根本的対策を打つ必要がある。

 新政権も、是非、この観点は忘れないでもらいたい。

有馬哲夫(ありまてつお)
早稲田大学教授。1953年生まれ。早稲田大学卒。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。メリーランド大学、オックスフォード大学などで客員教授を歴任。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など。

「週刊新潮」2021年12月2日号 掲載