天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは12月1日、20歳の誕生日を迎えられた。宮内庁を通じて「感想」が発表されると、SNSでは「素晴らしい文章」と絶賛するコメントが多数投稿された。

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 まずは愛子さまの「感想」をご紹介しよう。印象的な部分を箇条書きにさせていただく。

▼人と人とが互いに手を取り合い、交流の輪が広がっていく素晴らしさを学び、全ての経験が、今、私の財産となっています。

▼成長を見守り、温かい声をお寄せいただいている国民の皆様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

▼成年皇族の一員として、一つ一つのお務めに真摯に向き合い、できる限り両陛下をお助けしていきたいと考えております。

▼思いやりと感謝の気持ちを忘れず、小さな喜びを大切にしながら自分を磨き、人の役に立つことのできる大人に成長できますよう、一歩一歩進んでまいりたいと思います。

 皇室ジャーナリストの神田秀一氏は「愛子さまの真面目なお人柄が、行間から溢れてくるような文章でした」と言う。

「皇族の方々が文書を発表される際、宮内庁の幹部が事前に目を通すことは珍しくありません。ただ、憲法や法律に抵触する記述があった場合に修正を進言するくらいで、普通は原文通りに発表されます。愛子さまの感想も、ほとんど宮内庁側は手を入れていない可能性が高いと思います。だからこそ多くの国民が感動したのではないでしょうか」

小室夫妻の悪影響!?

 ただし気になるのは、これまでの慣例を振り返ると、感想の発表は珍しいということだ。担当記者が言う。

「従来は20歳の誕生日に先立って記者会見が開かれ、その内容を誕生日にメディアが報じることが多かったのです。例外は黒田清子さん(52)で、1990年4月18日、21歳の誕生日に会見が行われました。これは1989年1月に昭和天皇が崩御されたことで、誕生日は喪に服していたためでした」

 愛子さまの場合、誕生日は「学習院大学のオンライン授業など学業が忙しい」といった理由から、大学が春休みの3月に会見が行われることが決まっている。

 しかし、10月に行われた小室眞子さん(30)と夫の圭さん(30)の記者会見が影響したのではないかという見方も根強い。

「小室夫妻の会見では記者による質疑応答が行われないなど、内容に不満を持つ国民は少なくありませんでした。更に11月30日は秋篠宮さまが56歳の誕生日を迎えられました。記者からは眞子さんに関する質問が相次ぎ、週刊誌の報道やネット上の書き込みを『許容できるものではありません』と批判されるなど、大きな注目を集めました」(同・記者)

天皇陛下は80年に会見

 そもそも小室夫妻の結婚については、依然として反対意見が少なくない。そんな状況で愛子さまの記者会見を行うのはタイミングが悪い。

「週刊誌とネットを問題視した秋篠宮さまの発言も、賛否両論の議論が続いています。宮内庁が国民世論を不安視し、まずは愛子さまの『感想』を発表してワンクッションを置き、そして小室問題の記憶が少しは薄れることを期待して、来年3月に会見を設定したのではないか、という見立てです」(同・記者)

 これまでの皇族が成人の節目に行われた発言を振り返ると、真面目一辺倒というばかりでなく、くだけたものも少なくない。記者側も硬軟織り交ぜた質問をすることで、“お人柄”を報じようと工夫を重ねてきた。

 愛子さまの「感想」との違いを見るため、それらを振り返ってみよう。

 まずは真面目なご発言を紹介する。最初は今から41年前、1980年2月に報じられた天皇陛下の会見だ。当時は「浩宮さま」と呼ばれていた。

《皇室の中心であられる天皇陛下もやはり国民の幸福を願い続けておられると思うんです。皇族の一員である僕も、陛下のご態度に習いたいと考えています。僕の場合、まだ若くてよく分からないんで、そういった心を育てることにおいても、多くの人と接触して日本をもっとよく知り、多くの人を理解したい》(註1)

「女性の社会進出」の質問も

 次は秋篠宮さまだ。後で詳述するが、“天皇家の次男”ということが影響したのか、会見はかなり柔らかな質疑応答に終始したようだ。

 そのため、1985年の11月30日に行われた「朝見(ちょうけん)の儀」で、昭和天皇に披露された“決意表明”を引用させていただく。当時は「礼宮さま」だった。

《この日を期とし、成年皇族としてのつとめを自覚し、勉学にいそしみ、陛下からこの20年間に賜わりましたご恩にお報い申し上げたく存じます》(註2)

 黒田清子さんは1990年4月、21歳の誕生日を前に記者会見に臨まれた。当時は「紀宮さま」だった。

 女性皇族ということもあり、記者が「女性の社会進出」について質問をした。その際の回答が注目を集めたようだ。

《単に仕事の場が開かれるということだけでなく、女性にとって仕事がしやすいという環境がつくられることによって、初めて女性の社会進出の意義が生きてくるのではないかと思います》(註3)

 2011年10月23日、産経新聞は「眞子さま20歳 『成年、あっという間』 ご会見要旨」の記事を掲載した。

《だいぶまだ先のことのように思っておりましたけれども、あっという間であったと感じております。これからは成年として、ふさわしい行動を心がけていきたいと思っております。公的なものを含め、さまざまな行事に参加していきたいと思っております》

黒田清子さんのウィット

 2014年12月29日、朝日新聞は「『いただいた仕事、大切に』 佳子さま20歳、初の会見」の記事で、佳子さま(26)が会見で「いただいた仕事を一つ一つ大切に取り組んでいくべきだと考えております」と述べたと報じた。

 やはり、天皇陛下のご発言と、愛子さまの「感想」が群を抜いて真面目という印象が強まる。

「学習院初等科で運動会があったときのことです。今の天皇陛下、当時の浩宮さまのお姿が見えなかったのです。すると報道陣に秋篠宮さまが『兄は自宅で勉強していますよ』と教えてくださいました。真面目な兄と自由な弟というコントラストが強く印象に残っています。愛子さまの真面目な『感想』も、お父さま譲りという気がしてなりません」(前出の神田氏)

 来年3月、愛子さまは記者会見に臨まれる。過去の会見では、報道陣から「理想のタイプ」や「結婚観」などについても訊かれている。

「好きな芸能人として、20歳になった天皇陛下は竹下景子さん(68)、秋篠宮さまは新珠三千代さん(1930〜2001)の名前を挙げられました。結婚の時期について、天皇陛下は『30歳まで』と答えられたので、後々まで話題になってしまいました。黒田清子さんは同じ質問に、『いついつまでにと申し上げると、皇太子殿下のようなことになるので』と冗談で返され、ウィットに富んだ発言だと話題になりました」(前出の記者)

愛子さまの前途は多難?

 会見で愛子さまがどのような“素顔”をお見せになるのか、やはり期待は高まってしまう。

 ただし、愛子さまを待ち受ける前途は、決して明るいものではないという。

「小室夫妻の結婚の過程で、少なからぬ国民が皇室に不信感を持っています。短中期的には、愛子さまが皇室の“イメージ回復”に寄与されてほしいとの期待が集まるのではないでしょうか。新機軸を打ち出すため、ヨーロッパの皇室のように積極的に社会とお関わりになる方法も考えられます。女性皇族として従来型を踏襲されるのか、新しい像をつくり出されるのか、愛子さまご本人だけでなく宮内庁や天皇皇后両陛下と共に模索されるのだと思います」(前出の神田氏)

 少なくとも現時点で、皇族の数が増えることはない。中長期的には愛子さまに公務の負担が重くのしかかる可能性もある。

「悠仁さま(15)と愛子さまのお二人で公務を手分けして分担されるという将来像も、決して荒唐無稽なものではないでしょう。果たして天皇制は存続できるのか、という危機感は増す一方です。今後、愛子さまが皇族として激動の時代に直面されるのは間違いありません」(同・神田氏)

 愛子さまの成人は掛け値なしの慶事だが、「めでたさも中くらいなり」という事実も無視できないようだ。

註1:朝日新聞1980年2月21日朝刊「23日に成年式 浩宮さま 初の会見」

註2:朝日新聞1985年12月1日朝刊「礼宮さま、成年式終え抱負 『ご恩に報い公務に励む』」

註3:NHKニュース1990年4月18日「紀宮さま 21歳の誕生日 女性進出に 仕事しやすい環境を」

デイリー新潮編集部