大阪府堺市で2018年に父親と弟を殺害した容疑で死刑が求刑されていた足立朱美被告(48)の裁判員裁判による判決公判が11月29日に開かれ、大阪地裁の坂口裕俊裁判長は無期懲役を言い渡した。足立被告は、同年1月に実家(同市中区)で父親の富夫さん(当時67)にインスリンを大量投与して殺害した上(死亡したのは6月)、同年3月に弟の聖光(まさみつ)さん(当時40)に睡眠薬を飲ませてトイレに運び、練炭自殺に見せかけ殺害した殺人罪などに問われていた。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

スマホに残った「インスリン殺人」の研究跡

 足立被告は裁判で黙秘を貫き、被告人質問も拒否した。最終意見陳述でも「特に申し上げることはございません」とし、認否も明らかにしなかった。

 検察側は「富夫さんを殺害しながら内省を深めることなく、犯人をでっち上げるために遺書を偽造して聖光さんも殺害した。巧妙で計画性が高く、極刑を回避する事情がない。生命軽視が甚だしい」と指摘し、死刑を求刑していた。これに対して弁護側は、「父親の死因はインスリン投与による低血糖症ではなく、がんによる病死」「体格差のある弟を被告人が運ぶことは不可能で、自殺だった」などとし、全面的に無罪を主張した。

 坂口裁判長は、富夫さん殺害について「被告人はスマートフォンで『低血糖、死亡』や『インスリン注射、服の上から』『低血糖放置で死ぬ?』などと検索していた」ことから、足立被告の犯行と認定。「死ぬ危険性を知っていた」として無期懲役を言い渡した。

 足立被告は逮捕前、朝日放送テレビのインタビューに応じ、「(殺害しても)私にメリットがない」「こうやって冤罪は作られるんやなと思った」「(父親が死んで)今後のことを考えて不安しかなかった。弟が悩んでいたことに気づかなかった自分を責めた」「普通に考えて(弟は)自殺と思います」などと話していた。

 なぜ足立被告が父親に殺意を抱いたかについては裁判でもはっきりしなかったが、父親が事業(水道工事会社経営)を自分に引き継がせようとしていたことについて、ブログなどで不満を漏らしており、何らかのトラブルがあった可能性があるという。

鍵となった「偽の遺書」

 有罪判決の大きな鍵となったのは「偽の遺書」だった。聖光さんが死亡した3月に聖光さん名義の遺書が見つかり、そこには「俺はおとんにインスリンを打った」「常に罪の意識から逃れることができへんかった」などと書かれていた。

 公判では、この遺書の作成が本当に聖光さんの手によるものなのかが争点となった。警察・検察の調べで、同じ文面が足立被告の実家にあるパソコンで作成されていたことが判明。また携帯電話の位置情報から、このパソコンが使われた日に足立被告が実家にいた一方で、弟は別の場所にいたことも判明した。判決では「弟に罪をなすりつけようとした被告人が遺書を偽造し、口封じのために練炭自殺に見せかけて殺害した」と認定した。練炭購入の記録などからも、弟殺害の準備などが裏付けられた。

 一方、父親の富夫さんの殺害については不明な点が多い。注射器でのインスリン投与による低血糖状態で1月に容体急変したが、死亡までは5カ月かかった。その間、入院治療を受けていたが、医師は全く事件性を疑わず、警察も動いていなかった。

 公判では、検察側の証人として足立被告の母親も証言台に立ち「被害者であり、加害者の側面もあり、複雑な気持ちです」と心情を吐露した。

 検察官が富夫さんが使っていた血糖値測定器のことを質問すると、以下のように打ち明けた。

「(富夫さんが)なぜ急に続けて低血糖になるのか疑問でした。病院に運ばれた後、血糖値の測定器を見ると、かなり低い20(ミリグラム)くらいになっていることがわかりました。(富夫さん本人は)低血糖になっているので測定できない。たぶん朱美が何らかの形で関わっているのかと思い、測定器はないほうがと思い、ゴミとして捨てました。測定器の機械を聖光に見せました。とてもショックを受けていました」

 富夫さんはこまめに自分の血糖値を測定していたという。夫と息子を殺された上、その「下手人」が娘だったという、あまりにも辛すぎる立場の母親だったが、以前から娘に対して、ある程度の疑念は持っていたようだ。

「無罪の可能性も」 注目の控訴審

 直接証拠はほとんどなく、検察の立件は苦しかった。そんな中、検察は富夫さんがインスリン注射の直後に倒れ、足立被告が119番に連絡した時の録音を流した。足立被告は非常に落ち着いた様子だった。

 筆者はこの録音を聞いたわけではないが、同様のケースでは「後妻業事件(関西青酸連続死事件)」で知られる筧千佐子・死刑囚(76=死刑確定後、再審請求中)の裁判で聞いたことがある。「夫」が倒れた時、筧死刑囚が落ち着き払って119番していたやりとりの録音が、京都地裁で公開された時のものだ。その経験からも、裁判員に対する心証形成は大きいだろうと感じる。とはいえ、それは殺人を明確に立証する証拠ではない。

 甲南大学名誉教授の園田寿氏(刑事法)は「報道を見る限りですが」とした上で、こう解説する。

「状況証拠の積み上げですが、非常に微妙なケース。無罪になってもおかしくはない。足立被告がパソコンで偽の遺書を打ち込んだといっても、ひょっとしたら離れたところにいた弟と一緒に作っていたかもしれない。父親についても不明な点は多く、殺人未遂になってもおかしくない」

 足立被告の完全黙秘については、「無罪を主張している被告人であっても、『やっていません』と言わなくてはならない義務はありません。法的には弁明する義務は一切ないので、裁判官はそれをもって判断材料にすることはできないのです」と話す。

 とはいえ、「やっていません」の一言もなく、完全黙秘をすることは、裁判官や裁判員の心証形成は良いとは言い難いだろう。

 また園田氏は「証拠についての説明がどのくらいあったのかわからないが、これだけ難しいケースを裁判員裁判にゆだねることはやはり疑問です」と話す。

 足立被告が控訴すれば、法律のプロだけで裁く大阪高裁に審理は移る。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部