日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。一昨年、『警視庁公安部外事1課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、カンボジアでイカサマ賭博で現金を騙し取られた日本人旅行者について聞いた。
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勝丸氏は先月、カンボジアに行った。そこに滞在する日本人ビジネスマン相手に生活する上で注意すべき点など、セキュリティに関する研修を行うためだ。
「そのため事前にカンボジアのことを調査しました。その結果、最近信じられないような詐欺被害に遭う日本人がいることがわかりました」
と語るのは、勝丸氏。
「首都プノンペンで、日本人を狙ったイカサマ賭博詐欺が頻発しているというのです。現地に住んでいる日本人ではなく、日本人の旅行者が何人も被害に遭ったといいます」
アロハシャツの大富豪
プノンペンの観光地やショッピングモールなど人の多い場所で、「こんにちは、観光ですか?日本人ですか?」とカンボジア人が片言の日本語で話しかけてくるという。
「20代のカップルや、大学生のサークル活動のようなノリの男女が多いようです。『私たちは日本に留学したことがあるので、日本語ができるのです』と切り出し、『日本に興味があります。良かったら、うちで食事をしませんか。色々と日本のことを聞きたいのです』と言って誘うそうです」
誘いに応じると、プノンペンから車で30分ほど行ったところにある小さな一軒家に案内されるという。
「家に着くと、声をかけたカンボジア人男性の姉という女性を紹介されるそうです。そして彼女が作ったカンボジア料理をご馳走になっていると、こんな話を持ちかけるのです。『俺たちが大嫌いな大富豪がいる。ポーカーで金を巻き上げないか? イカサマをやれば絶対勝てる』と。大富豪の後ろに仲間が座り、カードを覗いて合図すると言うのです」
ほとんどの日本人旅行者は、この誘いに応じたという。
「するとほどなくして、派手なアロハシャツを着た遊び人風の大富豪と称する30代の男性が現れたそうです。ポーカーが始まると、大富豪は負け続けました。何度も負けた後、『最後に大きい勝負をしよう』と言って、日本円で100万円相当の金額を賭けるのです。そんな額は持ち合わせていないので、カンボジア人から『今いくら持っている。それじゃあ足りないな。ATMでおろしてきてよ』と言われて、車で銀行へ行かされるそうです」
賭博を拒否すると…
ところが、最後だけは大富豪が勝った。
「大富豪はそのまま引き上げて行ったそうです。まあ、漫画みたいな話ですが、この手口で10人ほどの日本人が被害に遭っています。100万円と言えば、カンボジアでは1000万円近い価値がありますからね、詐欺師たちも大喜びでしょう」
被害に遭っているのは、日本人だけではないという。
「韓国人や台湾人、中国人の被害者もいます。犯人グループは日本語が通じないとなると、韓国語や中国語を話し始めるそうです」
カンボジアでは、日常的に賭けゴルフや賭け麻雀が行われている。
「もっとも、イカサマをやったのかどうか立証が難しく、これらは全て事件にはなっていません。日本大使館にダマされたと連絡が来るのですが、ダマされた旅行者は泣き寝入りするしかないですね」
日本人旅行者の中には、カンボジア人の家まで行きながら、賭博を拒否する人もいたという。
「このケースでは、カンボジア人から『このまま帰れると思うなよ』と脅されて、数十万円を巻き上げられたのです。これは明らかに犯罪ですから、被害者は警察に通報しました。ところが、連れて行かれた家の場所が分からず、犯人は逮捕できなかったそうです。日本人を家に連れて行く際、わざと裏道をぐるぐる回って行って、どこに連れていかれたのか分からないようにしたのです」
カンボジアの治安は、かなり危険な状態という。
「スリやひったくり、置き引きが多発しています。街中でスマホを見ていると、さっと持って行かれます。強盗もかなり起こっています。ダマされないためには、カンボジア人から日本語で話しかけられても一切無視することです。日本人とわかったらしつこくまとわりついてくるので、何も答えないのが無難ですね」
勝丸円覚
1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/
デイリー新潮編集部