野党はもっと本質的な議論を挑むべきである 石破茂の「異論正論」(4)

 総理の説明能力などには大きな疑問符が付くにしても、内閣支持率はある程度のところで下げ止まり、野党の支持率は上がらない。こんな状況がずっと続いている。

 国民の多くは、政府への不満を抱きつつも、野党を信用できないということなのだろう。一体何が問題なのか。

 石破茂の「異論正論」、4回目のテーマは「国会論戦」である。

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 現在、私は予算委員会の委員を務めています。テレビの国会中継で質問者の後ろに映っている姿をご覧になったことがある方も多いでしょう。

 別にテレビに映りたいからそこに座っているわけではなく、席は与野党、五十音順で決められているので、いつも同じところに座るわけです。

 本当はもっとテレビに映りたい方、ビジュアルがテレビ向きの方もいると思うので席を譲るのはやぶさかではありません。映っただけで地元の支持者に喜ばれるという方もいるでしょう。

 私も質問に立ちたいとは思っているのですが、なかなかその機会はいただけないようです。というわけで、ずっとその場で座って聞いていることになります。

「コロナ対策で企業がリモートを推進している中、国会はいつも通りやるのか」

 そうお怒りの方もいらっしゃることでしょう。ただ、いちおう通常と比べると席間を広く取るなどの対策は講じています。以前は一つの机に3人だったのが2人になっています。また本会議は採決の時以外は出席者を半分にするといった工夫はしているのです。

 予算委員会に関連して、コロナ禍以前からよく耳にした批判が、本質的な議論が行われていないではないか、というものです。

 少し前ならば、「桜を見る会」関連、最近ならば「7万円の会食」に代表される官民の癒着といったことに関する質疑がとても多い。

 もちろんそれぞれ政府、関係者は丁寧に説明をする必要があります。

 しかしこれが国家予算に関係する話なのか、という点については疑問に感じる方も少なくないでしょう。「7万円の会食と予算はどう関係するのだ」と。

 追及する野党側にまったく正当性がないわけではなく、彼らなりの論理はあるわけです。それは大体いつも同じで、

「これは政府の信頼の問題である。こんなことをする(または見逃している)政府は信頼が置けない。信頼ができない政府の組んだ予算なんか審議できるはずもない」

 というものです。

 理屈として成り立っていないわけではないでしょう。

 しかし、たとえば今、国民が求めているのは、新型コロナに関連して、厚労省などの予算は適切なのか、十分なのかといった議論ではないでしょうか。本当に医療体制の充実のための予算は十分なのか。使い道は間違っていないのか。

 経済対策や補償のあり方はこれでいいのか。本当に困っている方に届くものになっているのか。

 ところが、多くの場合、その前段階に時間を費やすことになってしまいます。

 個人的にはイージスアショアが配備停止になったあと、その機能をどう代替するのか、といったことは極めて重要であり、本質的な議論が求められる問題であると考えています。しかし、こうしたこともほとんど議論されませんでした。

 一応、個々の案件については仕組みとして分科会というものが存在していて、そこで議論するということになっています。私は国土交通省所管の分科会に属していますが、実態としては陳情の場になっている感があります。

 野党の側からすれば、さまざまな疑惑、問題を追及したほうがテレビで取り上げられていい、という計算もあるのでしょう。

 ただ、政党支持率を見ればわかるように、そうした行為が野党の支持率アップにはつながっていません。「会食」問題が厳しく追及された後の世論調査では、むしろ内閣支持率が上がったという調査結果まで出ました。「会食」問題自体は許せない、という方が多いのですが、それが支持率下落につながる形にはなっていないのです。

 つまり、舌鋒鋭く総理を追及する様を「いいぞいいぞ」と評価する人は一定数いても、その追及している側に政権を任せていいと思う人はそんなに多くないし、増えないということです。

 批判は批判で痛快に聞こえることもあるでしょう。辻元清美さんのような舌鋒鋭い追及は視聴率を上げるかもしれません。が、所属政党の支持率は上げません。

 支持率とは、その党に政権を任せてもいいか、ということを示していると私は考えています。現在の野党には任せられないと考える方が多いのは、無理もないことです。

 私は2009年に自民党が下野した時、谷垣総裁の下で2年間、政調会長を務めました。当時の自民党の支持率は低く、議員数も衆議院で119人だけでした。

 その頃、こんなふうに考えていました。

「自民党の支持率が下がり、政権交代を許してしまったのは、政策が間違っていたからではない。長い間政権与党にいたことで身に付いた体質が、国民に受け入れられなくなったからであって、政権担当能力、政策立案能力において民主党のほうが優れていると国民が考えたわけではない」

 別の言い方をすれば、あの政権交代は自民党の自滅という面が強かったということです。

 だから政調会長としてまず取り組むべきは、自民党の政権担当能力を示すことだと考えました。そのため政務調査会の人事では、年功序列ではなく、専門知識、能力を有する人はたとえ1回生、2回生でもどんどん起用していくこととしたのです。現在も最前線で活躍なさっている齋藤健さん、平将明さん、森まさ子さんらはこの時に抜擢された方々です。

 こうした人たちが国会で活躍することが、自民党の政権担当能力を示すことにつながると考えたのです。

 イメージとしては、イギリスのシャドーキャビネット(「影の内閣」)のようなネクストキャビネットを作る。そして「勝負は国会論戦」と位置付けました。

 現役の大臣と丁々発止論戦する姿を国民に見ていただいて、「やっぱり能力は自民党の方が上じゃないか」と思っていただけるようにしたかった。実際に民主党の閣僚と対峙すると、ひいき目ではなくて自民党の質問者のほうが知識も能力も優っている点が多々あったと思います。

 その際、枝葉末節の議論はしないことを方針としました。

 私自身が質問に立った際の質疑でよく覚えているのは、東日本大震災の後、田中直紀防衛大臣への質問です。2012年、民主党の野田政権でのことでした。

「今度の24年度予算、あの(東日本大)震災を踏まえていろいろな予算が計上されております。防衛省・自衛隊における、あの震災の教訓、反省とは何だったと思われますか。3点挙げてください」

 これは本質的な議論への問いかけでした。

 私なりの「正解」を述べれば、「輸送能力」「自衛隊の予備人員」「通信能力」、そのいずれも不足していたというのが、あの震災を経て得た教訓でした。ではそのためにどのような予算を組むべきか。今審議中の予算にはその教訓はどう生かされて、反映されているか。当然、担当大臣はその点を考えているべきですし、即答できなければいけません。

 しかし、田中大臣から答えは得られませんでした。

 国会質疑、とりわけ予算委員会は、こういう本質的な議論をするべき場だと私は昔も今も考えています。

 当時も重要な局面では、「影の総理」たる谷垣総裁自らが質問に立って、緊張感のある質疑を行っていました。国会論戦とはこういうものであるべきだと思うのです。

 こうした堂々とした論戦を挑んでいたからこそ、「また自民党に任せてみようか」と思っていただけたのではないでしょうか(先方の自滅という面も否めませんが)。

 そして実は、自民党が下野する前、政権奪取を虎視眈々と狙っていた頃の民主党にも、そうした姿勢が見られました。福田内閣、麻生内閣で自民党の支持率が下がっていた頃です。

 あの頃、民主党にはある意味で「スター」と言えるような論客が揃っていました。野田佳彦さん、岡田克也さん、菅直人さん、長妻昭さん、前原誠司さん、玄葉光一郎さん等々。

 彼らはひとたび質問に立つと、一人で90分も120分も質問を繰り出していたものです。特に野田さんや岡田さんの質問は、敵ながら聞きごたえも緊張感もありました。

 そこには「俺たちが政権を取るのだ」という迫力がありました。あの精神はどこへ行ったのだろう、と最近の野党を見ていて思います。

 最近でも野田さんや前原さんの質問にはそういう姿勢を感じますが、わずか30分ほどで終わってしまう。割り当てられた時間を複数の人間で分け合い、本質的な議論よりもその時々のトピックを取り上げる姿をよく見ます。まるで所属議員がテレビに出るための顔見世興行のようだ、と言っては言い過ぎでしょうか。

 もちろん、そのおかげで「立憲民主党に任せよう」という人が増えないのは自民党にとっては大いにプラスになります。あのような様子を見て「立憲民主党に任せよう」とは思わないでしょう。

 だから自民党の支持率は下げ止まっている。個々の疑惑への説明などに不満を感じる方がいても、支持政党を野党に替えるには至らないのです。

 国家、国民のためを考えると、国会ではもっと本質的な議論を深めていきたいものだと感じます。このままだと選挙の時に棄権が増えてしまうのではないかというのも心配になってきます。

 いつ質問の機会をいただけるのかはわかりませんが、その時にはできる限り見ている国民の方に納得いただけるような構えの大きな話をしたいものです。

2021年4月14日 掲載