安倍一強の原因?

 東スポWebは6月17日、「政界引退・山尾志桜里氏を惜しむ声続々『政策立案・弁論能力は突出していて、惜しい人材』」との記事を配信した。

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 国民民主党の山尾志桜里・衆院議員(46)は同日、SNSの「note」などに「皆さまへのメッセージ。」を投稿。「今回の任期を政治家としての一区切りとしたい」と引退を発表した。

 東スポWebの記事は、日本維新の会の音喜多駿・参院議員(37)など関係者の惜しむ声を紹介。その上で、「いずれ政界復帰ということもあるかもしれない」と結んだ。

 更に東スポWebは他の記事で「山尾議員は来年の参院選で自民党から出馬する可能性がある」とも報じている。

 だが、例えばTwitter上では、「山尾議員を惜しむ声」は皆無と言っていい。《今秋の総選挙で当選する見込みがない》、《特段残念とは思いませんが》、《顔見るのも嫌》、《辞職大歓迎ですといったツイートしかない。

 山尾議員は2009年の衆院選で初当選を果たした。「note」にも「国会議員となって12年、現職としては10年務めたことになります」と振り返ったが、政治アナリストの伊藤惇夫氏は「彼女は最後まで政治家としての自覚がなさ過ぎました」と呆れる。

「自分が所属している政党の方針より、自身の“欲望”を優先した人でした。自民党の国会議員も問題行動が報じられることは多々あります。しかし、彼らは何だかんだ言っても、『自民党があるからこそ、自分は国会議員でいられる』と骨身に染みています」

政治家の「視野」

 だからこそ自民党の議員は、地元有権者の声に耳を傾け、党員の勧誘も熱心に行う。

「これも草の根の政治活動の1つなのです。こうした自民党の国会議員と山尾さんの政治姿勢は、正反対と言わざるを得ません」(同・伊藤氏)

 伊藤氏が山尾議員と会った際、「これからの野党はどうあるべきか」と質問したことがあったという。

「結局、山尾さんは私の質問には答えませんでした。ご自身が興味のある憲法の問題だけを喋り続けました。有権者の野党に対する不信感は、根強いものがあります。いやしくも野党の政治家なら、どうやって有権者の信頼を取り戻すか、考えに考えているはずですが、彼女は違いました。これでは政治家として、あまりに視野が狭すぎます」

 山尾氏と憲法問題と言えば、1人の男性弁護士が浮かぶ有権者も少なくないだろう。週刊文春は2017年9月、山尾議員と倉持麟太郎弁護士(38)との不倫を報じた。

 この倉持弁護士は、憲法問題について積極的に発言してきたことでも知られている。文春の記事では詳細に“密会”の様子が報じられたが、山尾議員は不倫を否定。更に倉持弁護士を政策顧問に起用すると発表して物議を醸した。

公募政治家

 ちなみに今年4月にも、文春は「山尾志桜里 不倫弁護士の〈前〉妻が自殺していた」(5月6日・13日号)の記事を掲載。倉持弁護士との交際が続いていること、議員パスの不適切使用を把握したこと、そして倉持弁護士の離婚した妻が自殺したことなどを報じた。

 衆議院は小選挙区比例代表並立制という選挙制度を採用している。

 小選挙区で各政党は1人の立候補者を立てるのが基本だ。そのため有権者は、各候補者の訴える政策や人柄より、所属する政党名を重視する傾向があることが分かっている。

 更に比例代表制では、政党名を記して投票する。衆議院の国会議員が「所属する政党のおかげで選挙に勝った」と認識して当然なのだ。

「ところが旧民主党の議員などは、『自分の力で選挙に勝った』と勘違いしている人が散見されます。山尾議員はその筆頭格でした。彼女は世話になっている政党への所属意識が皆無で、ひたすら『私が、私が』という自己顕示欲が強かったのです」(同・伊藤氏)

 どうして、こんな政治家が誕生してしまったのか。伊藤氏は「立候補者公募制の弱点」を指摘する。

“小沢ガールズ”

「私も党職員時代、公募の選考を何度も務めました。反省を込めて振り返りますと、履歴書と面接で候補者を選ぶわけですが、結局は履歴書で決まります。身内に政治家がいるか、学歴と職歴が目立つかの2タイプだけです。山尾さんは東大法学部を卒業した検事。おまけに子役の経験もあります。まさに公募制が生んだ政治家と言えるでしょう」

 結局のところ、公募を勝ち抜いたからと言って、自動的に優れた政治家になれるわけではないという。

 もうお忘れの方も多いだろうが、当選したばかりの山尾議員は「小沢ガールズ」の一員とされていた。

 立憲民主党の小沢一郎・衆議院議員(79)は、旧民主党の時、選挙対策に全力を注いだとされる。2003年以降に擁立した新人立候補者は「小沢チルドレン」と呼ばれ、09年の総選挙における大量の女性候補者は特に「小沢ガールズ」と報じられた。

「個々の立候補者の中には、政治家として高い志を抱いていた方もいたでしょう。しかし、“チルドレン”や“ガールズ”と呼ばれた時点で十把一絡げです。少なからぬ候補者が『名前より政党名』という小選挙区制の最も悪いところを体現していました」(同・伊藤氏)

野党大敗の責任

 本来なら男女を問わず、優れた政治家に成長する候補者を選考するのが公募制の役割だろう。だが旧民主党は09年、「小沢ガールズ」を大挙して出馬させた。

「要するに選挙に勝つ話題作りとして、大量の女性候補者を動員したわけです。そうなると、どうしたって政治家としての資質を問う作業は二の次になってしまいます。実際、有権者の皆さんは現在、『小沢ガールズっていたけど、誰だっけ?』と忘れてしまっていると思います」(同・伊藤氏)

 しかしながら、山尾議員は単なる「小沢ガールズ」でなかったのも事実だという。

 17年9月、当時の民進党は代表選を行い、前原誠司・衆院議員(59)が選出された。前原議員は山尾議員を幹事長に充てる方針を決めたが、党内の反発が強まる。

 そして文春が不倫問題を報道。幹事長起用は取り消され、山尾議員は離党する。だが、議員を辞職することはなかった。

山尾議員の“自己評価”

「世論調査などから、自民党が山尾幹事長の誕生を怖れていた時期もあったのです。それだけ彼女は世間から注目され、支持も集めていました。しかし最終的には自身のスキャンダルで全てを壊したのです。当時首相だった安倍晋三さん(66)が国会を解散したのも、山尾さんの問題で民進党の勢いが止まり、小池百合子都知事(68)の希望の党も伸び悩んでいることを把握したからです」(同・伊藤氏)

 この選挙で自民党の獲得した議席数は284。まさに圧勝だった。

「山尾さんは『安倍一強』と呼ばれるようになった野党の弱体化に大きな責任を持っているのです。有権者の皆さんが抱いているイメージより、実のところ彼女が背負っている“罪”は重い。しかし、彼女が正面切って、その問題について謝罪することはありませんでした」(同・伊藤氏)

 山尾議員は先に紹介した「note」で、自身の議員人生を次のように総括している。

《微力ながら10年間でいくつかの役割は果たすことができました》

デイリー新潮取材班

2021年6月19日 掲載