泡沫、噛ませ犬、安倍と森の操り人形……

 高市早苗前総務大臣が自民党総裁選に意欲を示し始めた9月初旬、永田町では多くが彼女のことをこのように軽んじていた。

 タカ派の高市は右の論客やネット民からは威勢良く支持されているが、国民の多くの支持は得ていないと判断され、見くびられていた。

 ところが……。

 共同通信が17、18日に行った自民党員を対象にした世論調査では、1位の河野太郎行政改革担当大臣が48.6%だった。驚いたのはそのあとだ。

 岸田文雄前政調会長が18.5%に対し、高市が15.7%……その差は3ポイントもない。選挙戦が始まってみれば、調査結果を見る限り高市は2位の岸田に肉迫。大方の予想を裏切る健闘だ。

 これを受けて、高市陣営の気勢は上がっている。安倍晋三前総理は19日に更新したTwitterで高市をベタ褒めし、ツーショットポスターの写真を貼り付けた。

 また、高市サイドからは「選挙は追い上げる方が強い」「岸田の背中をとらえた、いや追い抜いたかもしれない」と自信を示すコメントも聞かれる。

 一方、追われる側の岸田陣営はどうか?

「これはヤバい」。岸田陣営の一人はうめいた。「地元で聞かれるのも高市さんのことばかりだ。まあ、高市さんの方は熱狂的で、岸田さんの支持者はおとなしいから」。岸田の安定感を強調したいが、派手な高市に押されているといったところか。先の議員は祈るように言う。「猛追だけで終わってくれればいいが」

岸田側近と高市側近で水面下の打ち合わせ

 高市は当初、20人の推薦人さえ集められるか不透明な状態だった。後見人の森喜朗元総理が安倍に対して推薦人集めを依頼し、その安倍が清和会の親しい議員たちに声をかけ始めた頃でさえ、ここまでの追い上げは多くの党所属議員も予想していなかった。

 そして迎えた9月18日の日本記者クラブでの候補者討論会。

 候補者同士が質問をぶつけ合う討論で、岸田が高市に質問する、あるいはその逆がなかったのだ。これはどういうことか?

「2位3位連合」を視野に入れ、政策の違いを際立たせないための両者の配慮が垣間見える。

 メディアの世論調査を見ると、党員党友票を含む一回目の投票で河野の一位は動かないものの、どの候補も過半数は取れないという予測だ。河野は一発目で過半数を得て勝負を決めたい。河野支持を鮮明にした現職総理の菅義偉は、地方議員や元議員に電話をかけて河野への投票を呼びかけている。自らの不出馬宣言ではコロナ対策に専念する、総裁選と両立できないと言っていたが、内実は両立ばかりかコロナ対策より総裁選に熱心なようだ。

 誰も過半数を取れなければ決選投票は上位2候補で行われる。このような場合、3位4位となりそうな候補の支持議員は、決選で上位2候補のどちらに入れるか事前に決めておくものだ。

 岸田側は今回、総裁選での敵は河野と考えて戦略を練ってきた。そして、当初の目論見では3位の高市を大きく引き離し、3位以下の陣営には決選投票でこちらに投票をお願いしますと言うだけでなびいてくるだろうという計算だった。

 ところが、高市がかなりの票数を稼ぐ可能性が浮上し、お願いだけでは済まず、高市の政策にすり寄る必要が出てきた。告示から数日という今のタイミングが、岸田側近と高市側近で水面下の打ち合わせを始める潮時だろう。高市サイドは現在の善戦を背景に、自らの政策を飲むよう岸田サイドに迫る。岸田の今後の発言を見ていけば、どの辺りで折り合いを付けたのかも分かってくるはずだ。

 岸田が会長を務める宏池会は、今も名前が残るという意味では最古参の派閥だ。池田勇人に始まり、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一と4人の総理を輩出した。一方で「お公家集団」と呼ばれ、政策に強いが権力闘争には弱い。例えば、政界のプリンスと呼ばれた第6代会長の加藤紘一。2000年の加藤の乱で森政権に反旗を翻したが、当時の森総理や野中広務幹事長という党人政治家に鎮圧され、総理になる道を断たれた。

高市2位の可能性

 人格者として知られた谷垣禎一は、下野して意気消沈の自民党を総裁として支えたが、政権復帰する前にその座から引きずり降ろされている。

 さかのぼると、第2代会長の前尾繁三郎も二回最高権力者の座に手をかけたが、一度は総裁選に落ち、一度は「人事の佐藤」と呼ばれた佐藤栄作総理の計略にはまって無念の涙をのんだ。

 宏池会の歴史を見ると、政治は畢竟、権力闘争であるという厳しい現実に否応なしに気付かされる。

 その上、いまの高市の勢いを見ていると、高市2位、岸田3位という可能性も出てきた。毎日新聞が18日に行った世論調査では、自民党支持層のうち高市支持が25%、岸田支持が14%となり、高市は岸田を大きく引き離している。こうなると、一回目投票での岸田票は決選投票で高市に流れることになり、先輩の加藤・谷垣よろしく総理の座に手が届かない可能性が出てきた。

 岸田陣営のうち岸田派以外の議員からは「これだから宏池会は……、ユルむってのが宏池会らしいよな」と、お公家集団への苦言も出てきた。

 火事は最初の一分、選挙は最後の一分との言葉がある。

 岸田が少しでも気を緩めると、猛追する高市の軍門に下る可能性がある。

 またしても、最も総理に近い男が煮え湯を飲まされる宏池会の歴史が繰り返されるのだろうか。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。

2021年9月20日 掲載