菅義偉総理が総裁選での河野太郎支持を明確にした。現職総理が早々と後継は誰が良いなどと明確にするのは珍しい。ボロボロになって辞めていく総理でも、自民党政治においては退任後には影響力を持つ。例えば、2001年に森内閣は支持率一けた台という不名誉な記録を残して総辞職したが、その後も森自身は陰に陽に小泉政権を支え、最近までオリパラ委組織委員長を務めるなど、今なお政界に隠然たる影響力を保っている。今回、高市出馬を仕掛けたのも森だと言われている。

 総裁になることは自民党政権が続く限り食いっぱぐれないということだ。

 もし河野が総裁ひいては総理となった場合、支持した菅は後見人のような地位となり、表舞台から去ったように見せて実は更なる影響力を持つことになるだろう。必然的に、高市推しの安倍の存在は薄くなる。そんな菅の影響力をリトマス試験紙のように測ることのできるものがある。それは一人の官邸官僚の去就だ。

 和泉洋人・内閣総理大臣補佐官。

 和泉は日本で二番目に力を持つ官僚と言われる。58万人いる国家公務員のトップは内閣官房副長官で、現職は杉田和博(66年警察庁入庁)。その杉田に次いで、第二次安倍政権発足以来9年間、官僚に恐れられているのが和泉だ。

 和泉は1976年に建設省に入省し、住宅計画畑を歩んできた。2012年、民主党の野田政権下で内閣官房参与として官邸入りした。安倍政権成立後補佐官に昇進して以来、安倍と菅の信頼を得て絶大な権力を振るうさまは「官邸の道鏡」とも揶揄されている。

 彼は官邸入りしてから少なくとも4回のピンチを切り抜けてきた。

オリパラアプリ問題でも…

 最初は自民党への政権交代時。民主党の仙谷由人元官房長官に認められて官邸入りした背景から本来ならお払い箱となるはずだったが、新たに官房長官となった菅にも気に入られて残留し、2013年に参与から補佐官へと昇格した。

 二度目は加計問題。学校法人加計学園の理事長が安倍元総理と親しいことで獣医学部設置が認可されたのではないかという疑惑だが、このとき和泉は前川喜平・元文部科学省事務次官を官邸に呼びつけ、「総理は自分の口からは言えないから、私が代わりに言う」と前川に設置を迫った。ある官僚は「総理の意向、官邸の意向というのが和泉の口癖になっていた」と話す。結局、この加計学園と森友学園をめぐる「モリカケ問題」は2017年10月に解散総選挙が行われ、ウヤムヤとなったままだ。

 三度目は2020年。和泉が海外出張に行く際、厚生労働省の大坪寛子審議官(慈恵医大就職後、08年厚労省入省)とコネクティングルームに泊まっていたことが国会で問題視された。しかし、安倍総理から国民に疑念を持たれないようにと「注意」されるに留まり、危機を乗り切った。

 四度目は直近のこと。東京オリンピック・パラリンピック向けの健康管理アプリを作る際、発注額が高すぎるとして平井デジタル担当大臣が問題視した件だ。平井の恫喝発言が問題となったが、実は内閣官房の職員が研究費の名目でNECから自身の関係する大学へとカネを引っ張っていた。この職員採用をゴリ押ししたのも和泉だったが、政府の検証報告書に和泉の名前はなく、大きな問題ともならなかった。

 これに先立って菅内閣が誕生した際、通常なら補佐官は全員退任するはずだが和泉は生き残った。

 前述の大坪審議官が、周囲に和泉のことを「おじいちゃんでしょ」と語っていたとの報道があった。大坪が周囲に話しただけの戯言だったようだが、ある官僚は「和泉さんのことを『おじいちゃん』って(仲間うちでも)コワくてふつう言えない」と当時話していた。それだけ和泉は官僚に恐れられ、影響力があるという証左だろう。「官邸の道鏡」は、悪く言えば最高権力者の威を借り、良く言えば総理の目指す政策実現に辣腕を振るってきた。側近の鏡のような人物だ。

“河野政権”でどうなるか

 そんな中、今回の総裁選をめぐってある自民党議員は、こう口にした。

「河野さんが総理になったら、安倍・菅時代と同じで側近政治になるのは間違いない」。

 安倍官邸は安倍の考え方に近い官僚を重用し、異見を述べる者は遠ざけた。菅は前述の通り和泉を重用する一方で、官房長官時代は内閣人事局という武器を最大限に利用。一部の重用された側近だけが「官邸官僚」と呼ばれて巨大な権力を手にし、忖度が激化することとなった。

 そして河野は突破型の政治家と呼ばれ、一度こうだと決めたら他人の言うことを聞かない。患者搬送後の救急車が帰り道に高速道路を使うと有料になる地域があったが、河野は、昨年10月、これを一律無料にした。こうした規制改革を可能にしたのが大臣直轄チームだ。河野は規制改革担当大臣に就任するやいなや役所の課長級を集め、自分が直接指示を下せる体制を作った。救急車の高速道路無料化を発表する河野の後ろには、お小姓よろしく直轄チームのメンバーが立っていた。このようなごく少数による側近政治は意思決定のプロセスが早くなる一方で、「道鏡」を生み出しやすく、トップの責任も曖昧になる。河野も二言目には「オレが責任を取る」と言うが、大臣は1〜3年、早ければ数か月で交代するため、残された者たちが尻ぬぐいをすることになる。

 側近は政策立案能力に長け、ある意味汚い仕事でも引き受ける度胸がなければ務まらない。そうなると横車や公私混同、忖度など悪弊も生まれやすい。君側の奸という言葉もある。側近政治間違いなしと言われる河野内閣が誕生した際、和泉のような人物、あるいは和泉そのものを使い続けるのか……。

 異例な和泉の長期重用を決めたのは菅と言われる。菅の影響力が増し、安倍の影響力低下を測る格好の物差しになりそうだ。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月24日 掲載