《非公式取材での発言を報じたメディアの対応に疑問を示す投稿もあったが「オフレコだから許されるものではない」との意見も出た》──これは東京新聞の2月4日夕刊に掲載された記事「ひど過ぎる 世間と感覚ずれ 首相秘書官発言 市民ら批判」に書かれた一文だ。

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 時事通信は2月6日、「岸田首相『不快な思い、おわびする』 野党反発、予算委を一時退席」の記事を配信、YAHOO!ニュースのトピックスに転載された。

《岸田文雄首相は6日の政府・与党連絡会議で、荒井勝喜前首相秘書官の性的少数者(LGBTなど)や同性婚を巡る差別発言について、「国民に誤解を生じさせたことは遺憾だ。不快な思いをさせてしまった方々におわびを申し上げる」と謝罪した》

 前首相秘書官の荒井勝喜氏は1967年7月生まれの55歳。3日夜に行われた記者団とのやりとりの中で、LGBTなど性的少数者について《隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ》(註1)などと発言。翌4日、岸田文雄首相(65)は荒井氏を更迭した。

 一気に注目を集めた荒井氏は、今回の更迭劇が起きる前から異色の経歴が話題になっていた。担当記者が言う。

「神奈川県出身で、高校を卒業すると横浜市役所に就職。それから一念発起して早稲田大学政経学部に進み、奨学金を受給しながら卒業すると、キャリア官僚として通商産業省(現・経済産業省)に入省しました。事務次官の候補として名前が挙げられることも多く、首相秘書官としてはスピーチライターなどを担当していました。産経新聞は今回の更迭に関して、荒井氏は記者の取材も厭わず応じる《気さくな性格》とした上で、《官邸内には「ざっくばらんに話しすぎる」との懸念もあった》と伝えました(註2)」

“オフレコ破り”の是非

 荒井氏は他にも「同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」などと発言した。言語道断の暴論であることは言うまでもない。

 一方、更迭劇の発端は毎日新聞のスクープ報道だったが、その報道姿勢を巡ってネット上では議論が起きている。なぜなら、毎日新聞は“オフレコ破り”を行ったからだ。

「荒井氏が記者団の取材に応じたのは2月3日の夜、場所は首相官邸でオフレコ(オフ・ザ・レコード)が前提でした。その場には約10人の記者がいたことが分かっています。問題発言について記者から報告を受けた毎日新聞の上層部は、協議の末、荒井氏に『実名で報道する』と通告し、3日の午後10時57分、『首相秘書官、性的少数者や同性婚巡り差別発言』との記事を電子版で配信しました。このようにオフレコの約束を破って実名で報じることを“オフレコ破り”と呼びます」(同・記者)

 オフレコ破りは報道倫理の観点から許されるのか──冒頭で紹介した東京新聞の記事は、SNSでの議論を紹介することでその疑問に答えている。

「記事は『SNSではオフレコ破りを疑問視する投稿もあったが、擁護する意見もあった』と、新聞らしい両論併記ではあります。とはいえ全体のトーンは、オフレコ破りを『擁護する意見』に力点が置かれていたのは明らかでした。東京新聞は毎日新聞の報道を評価する文脈で記事を掲載したのでしょう」(同・記者)

知る権利を優先?

 オフレコであればどんな発言でも許されるわけではない。おまけに荒井氏の発言内容は極めて問題が多い。約束の遵守より、国民の「知る権利」のほうが優先される──という考えだ。

「民放キー局のワイドショーでは、『荒井氏がスピーチライターを務めていたことが大きい』と指摘する識者もいました。政権の情報発信を担うスタッフが、醜悪としか言いようのない人権感覚の持ち主だったわけです。この重要な事実を報道するためには、オフレコ破りも許されるという意見です」(同・記者)

 だが、実際にSNSを見てみると、オフレコ破りに疑問を呈する投稿もかなりの数にのぼる。

 Twitterで「毎日 オフレコ」という単語で検索をかけると、毎日新聞を批判するツイートの数も多い。批判と擁護で賛否両論というのが正確だろう。批判するツイートの中から3例だけご紹介しよう。

《どんな理由があってもオフレコの合意を一方的に破っていいわけがない。毎日は二度と取材源の秘匿とか抜かすなよ》

《「オフレコを前提とした・・」のに毎日は記事にしちゃったのね。取材する側を信用してもらえなくなるな》

《毎日の記者が居るところでは、いっさいオフレコの記者レクが出来なくなりましたね。ほんま、これ、誰得やねん?と思いますわ》

オフレコの種類

 荒井氏の発言を報じる記事で意外なほど触れられなかったことが、「オフレコ」にも種類があるという事実だ。

「オフレコと言っても2種類あります。一つは『完オフ(完全オフレコ)』と呼ばれ、特に政治の世界で、政権や政治家が報道機関に背景説明を行うため機微に触れる情報を明かして喋るような場面で用いられます。この場合は記事を書くことも許されません。もう一つが『オフレコ』で、これは被取材者の身元を守るために使われます。今回の場合、荒井氏の名前さえ出さなければ、記事で発言を引用することも可能です」(同・記者)

 岸田首相は2月1日の衆院予算委員会で、同性婚に関して「社会が変わっていく問題」という認識を示し、この発言は問題ではないのかという声が上がった。

 記者団は3日の夜、「首相の発言は問題ではないのか?」と荒井氏にオフレコを前提として取材。これに荒井氏は「社会の在り方が変わる。でも、反対している人は結構いる。秘書官室は全員反対で、私の身の回りも反対だ」などと答えた。

「このやり取りを元に、『首相周辺でも「同性婚導入で日本社会が変わってしまう」という意見は根強い』とか、『驚くべきことに、LGBTの当事者が「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」と放言した官邸スタッフさえいた』といった批判記事を掲載しても、オフレコの約束は守ったことになります」(同・記者)

 ただし、匿名の問題発言として報じた場合、スクープのインパクトが薄れてしまうのは間違いないだろう。

各紙の論調が反映

 読売新聞と産経新聞はオフレコの約束を守り、毎日新聞は約束を破ったというのは、各社の論調が反映されていると考えられる。

「毎日新聞と論調が重なることの多い朝日新聞の場合、3日のオフレコ取材では、その場に記者がいなかったことが分かっています。ところが5日の朝刊では、1面と政治面、社会面に問題視する記事を載せ、さらに天声人語と社説でも強く糾弾しました。他紙の記者からは『他人のふんどしで相撲を取りすぎだろ』と呆れる声も出ています」(同・記者)

 読売新聞は荒井氏の発言と更迭の事実を詳報したが、同性婚そのものへの評価は巧妙に避けた。

 産経新聞は荒井氏の発言は批判的なスタンスで報じたが、同性婚の問題に関しては社説で岸田首相の「社会が変わっていく」という発言を《認識は正しい》と積極的に評価。《慎重に議論を重ねることが重要》と保守派らしい論調を展開した。

鈍感な荒井氏

 ただし、荒井氏と記者団のやり取りをチェックしてみると、荒井氏が相当に鈍感だったことも浮き彫りになる。

「共同通信が4日に報じた『荒井秘書官のやりとり要旨』によると、荒井氏のオフレコ発言に対して《(同性婚に関する)世論調査で若手の賛成が増えている》とか、《(同性婚導入で)悪影響は思いつかない》などと食い下がった記者がいたことが分かっています。荒井氏は岸田首相を守ろうとした上での発言だったのかもしれません。しかもオフレコが前提だったので、つい本音が出たのでしょう。ですが結果としては大失敗でした」(同・記者)

 あえてルールを破ることが正義なのか、やはりルールを守ることが正義なのか、世論は真っ二つに分かれている。非常に難しい問題だと言えるだろう。

註1:荒井秘書官のやりとり要旨(共同通信:2月4日)

註2:更迭の首相秘書官 異色の経産官僚、将来の次官候補(産経新聞電子版:2月4日)

デイリー新潮編集部