坂本の三塁コンバートは成功

 巨人ファンには朗報だろう。「三塁手・坂本」と「遊撃手・門脇」が勝ちゲームに絡んでくるようになった。

 9月17日のヤクルト戦では、門脇誠(22)がサヨナラ安打を放った。それも、ファールで粘った末の10球目をセンター前に打ち返した。翌18日の同カードでは、いったんは逆転の適時二塁打を放ったのは坂本勇人(34)だった。

 この二塁打がNPB史上歴代4位となる443本目となったせいだろう。記録樹立の一環として、「通算3000本安打も達成できるのではないか」との声も聞かれるようになった。同試合を終えた時点での通算安打数は2311本。1年で120本ずつのヒットを積み上げて行くとしても、5年以上も先。坂本は40歳になっているかもしれない。しかし、ショートから三塁へのコンバートで守備負担が軽減されたからか、コンバート後の20日までの打撃成績は40打数12安打、打率3割、打点8と絶好調である。

「コンバートは成功と言っていいでしょう。三塁の守備に適応できています」(スポーツ紙記者)

 坂本のコンバートは突然だった。「特例2023」から復帰した9月7日の東京ヤクルト戦、「5番・三塁、坂本」がアナウンスされたとき、一塁側のツバメ党も「えっ〜!」とビックリの声を挙げていた。

 シーズン途中でのコンバートも異例だが、通常なら、その“気配”がある。試合前の守備練習やシートノックでコンバート先に加わるのだが、8月中の坂本にはそういった様子が一切見られなかった。まして、故障に苦しんだ昨季、原辰徳監督(65)との直接会談で「ショート一本で!」と坂本が“懇願”した経緯もある。

 だが、今回のサード転向は「7月」には確定していたことが分かった。

「準備だけはしておいてくれ」

 話は7月に遡る。ジャイアンツ球場のロッカールームで坂本が自身のスマホに見入っていた。当時の坂本は右太股裏の肉離れでチームを離れていた。軽めの練習は再開させたものの、まだ明確な復帰時期は決められない。外に一歩出れば、灼熱の太陽と白い日差し。そんな頃だった、原監督からLINEによるメッセージが届いたのは。

「君がチームを離れることを一番に防ぎたい。準備だけはしておいてくれ」

 三塁の守備に就く準備も、リハビリと同時に進めてくれというわけだ。

 坂本は無言で原監督からのメッセージに見入っていた。だが、翌日の守備練習から変化が見られた。室内での打球感覚を失わないための軽めのノックだったが、スローイングされるボールに力が入り始めた。三塁にコンバートされた遊撃手がよく口にするのは、「一塁まで遠く感じる」。坂本もそんな先人たちの言葉を思い出し、三塁手のイメージトレーニングをしていたのかもしれない。

「原監督の『坂本のチーム離脱防止を最優先とする』の言葉にウソはありません。昨秋キャンプで坂本の『ショートでカムバックを』の思いを聞き、それを応援していくつもりでした。でも、坂本を喪失したときの影響力の大きさを知り、次にケガをするようなことがあったら、自分が引導を渡すと決めていたみたい」(球団関係者)

 原監督が決断できた背景に、ドラフト4位ルーキー・門脇の出現がある。「坂本が元気なうちに後継者を」の中・長期ビジョンからドラフト会議で「打てる内野手」を指名することは決めていた。しかし、スンナリと門脇の指名が決まったのではないという。

「ドラフト1位は、外野手の浅野翔吾(18)で決まったんですが」(前出・同)

 昨季、浅野の1位指名を最初に公表したのは巨人だった。競合も覚悟していたのだが、想定外のことも起きていた。予定していた「外れ1位候補」が指名できなくなったのだ。浅野指名の表明から数日後、今度は福岡ソフトバンクが「誉高校の内野手、イヒネ・イツア(19)を1位指名する」と発表した。どの球団も遊撃手・イヒネの将来性を高く評価していた。しかし、即戦力ではない。巨人スカウトチームはイヒネを外れ1位でも獲れると見ていたが、そうはいかなくなってしまったのだ。

「水野雄仁スカウト部長(58)が原監督に呼ばれ、何人かの遊撃手の映像を確認しました」(前出・同)

 映像資料を見終わると、原監督が言った。

「門脇は良い」

 捕球までのスピード、スローイングまでの速さ、食らいついていく球際の強さに惹かれたそうだ。水野スカウト部長から、門脇が高校から大学までの計7年間、一度も休んだことがないことが説明された。その闘争心は春季キャンプ、オープン戦で立証された。プロ投手のスピードに差し込まれていた打撃面での課題も試合のなかで克服していった。

 原監督が坂本にLINEを送ったのは、「ショート・門脇」にファンが違和感を持たなくなった7月のオールスターゲーム前だったという。

「坂本が再び一軍登録されたのは7月28日。原監督は対面し、改めて離脱 を最優先で防ぐ必要性を伝えました。でも、坂本にはすぐに三塁を守らせませんでした。しばらくはショートを守らせ、『三塁・門脇』をスタメンで使う試合もありました」(ベテラン記者)

 愛着のある守備位置を明け渡すわけだ。気持ちを整理する時間を与えたのだろう。

岡本は外野で

 9月7日、三塁手・坂本が誕生した。坂本が公式戦で三塁を守るのもこれが初めてだったが、「適応できている」というのが大方の意見だ。しかし、坂本自身は内々に「打球が見づらい」とこぼしているそうだ。

「ショートから相手バッターのほうを見ると、主に味方投手の背中が目に入ってきます。サードからだと、投手を『横』で見る感じになります。また、クリーンアップ級の右打者になると、体を開かないで内角球をスイングできるので、三塁手の視界だと打者の体から打球が飛んでくるような錯覚に見舞われます」(在京球団スタッフ)

 坂本が「打球が見づらい」とこぼしているのはそのせいだろう。

 原監督はチームの近未来像として、「秋広よりも和真のほうが巧い」とも話していた。一塁守備についてではない。外野守備は秋広優人(21)よりも岡本和真(27)のほうが上だと判断しているそうだ。この言葉から、将来は「一塁・秋広、左翼・岡本」の布陣となるようだ。同時に「秋広はまだ1年を通して試合に出る体力、技術はない。これから」と見ており、坂本同様、中田翔(34)を頼りにしていかなければならないと考えている。

「思えば、当時19歳だった坂本をショートのレギュラーに据えたのは、原監督。その原監督が坂本をサードにコンバートしたのも運命でしょう。坂本も原監督の言葉だから素直に従ったんでしょう」(前出・ベテラン記者)

 コンバートの第一声がLINEになったのは“時代”のせいかもしれない。「三塁・坂本、遊撃・門脇」が原監督の描く理想形だとすれば、2023年シーズンを勝ち上がるにはちょっと遅かった気もしないではない。

デイリー新潮編集部