佐々木朗希投手は「上映1日にしたほうがいいっすよ」

 2024年シーズンのプロ野球の開幕を間近に控え、多くの野球ファンは期待や不安を抱えながら日々を過ごしていることだろう。

 阪神タイガースの日本一で幕を下ろした昨シーズンは、プロ野球全体に目を向けると、コロナ禍の収束とともにスタジアムがかつての歓声や賑わいを取り戻した1年でもあった。各チームはファンとの交流を徐々に解禁。シーズン終了後には、従来通りのファン感謝イベントが開催された。それに加えて、野球ファンの注目を集めた新たな試みがある。実はここ最近、多くのプロ野球チームが「ドキュメンタリー映画」の制作に乗り出し、映像を介したファンとの接触が目立つのだ。

 なぜ、この時期にプロ野球チームによるドキュメンタリー映画の公開が相次いでいるのか。シーズンオフに映画を上映したパ・リーグの2球団に、その理由を聞いた。【白鳥純一/ライター】

 昨季レギュラーシーズンを2位で終えた千葉ロッテは、吉井理人監督1年目の戦いぶりを描いたドキュメンタリー映画『MARINES DOCUMENTARY 2023 今日をチャンスに変える。』を12月に公開した。

「選手、監督、コーチだけではなく、チームを支える裏方のスタッフや事業メンバー全員で優勝を目指していく様子を描きたかった」(以下、千葉ロッテマリーンズのライツ事業担当者)という作中では、就任1年目の吉井理人監督の元で、1974年以来の勝率1位でのリーグ優勝に向けて躍動するチームや、シーズン終盤の失速を経てオリックスの胴上げを見せつけられた(9月20日・京セラドーム)選手たちの悔しさに満ちた姿が描かれている。

「秋のファン感謝デー以外にも、ファンの皆様がオフシーズンに楽しんでいただけるものを作りたい」という意向から一昨年の夏頃に検討を始め、昨年の春に作品の上映が決まったという本作。映画の中で「誰も見ないそれは」「絶対無理」「上映1日にしたほうがいいっすよ」と冗談混じりにコメントする佐々木朗希投手の不安をよそに、全国28ヵ所の映画館で上映されて好評を博した。

「幕張の軌跡」も収録

「当初の予想を大きく上回る反響で驚いています。これまでの球団の主催試合に紐づいたビジネスに加えて、コンテンツの展開によってオフシーズンに新たなビジネスを生み出せた意義は深かった」と先の担当者も手応えを寄せる映像は、今季通算200セーブを達成した益田直也投手らチームを支えるリリーフ陣の活躍や、藤岡裕大選手の本塁打などで劇的な逆転勝利を掴んだ「幕張の奇跡」(10月16日・CS第3戦 対ソフトバンク)の後、続編に含みを持たせた内容で締め括られている。担当者が続ける。

「チームの順位や状況が日々変わっていく中で撮影し、ストーリーを作っていく難しさはありましたが、作品を通じて“もっと選手のことが好きになった”というお声を多数いただきました。何より、試合に臨む選手の想いをファンの皆さんに伝えられたことはとても良かったと感じています。ドキュメンタリー映画の制作を中長期的に展開し、マリーンズファンに定着して欲しいという思いは強いので、今後も球団内で相談しながら前向きに検討していきたい」

 開幕を控えた3月1日には、DMMTVで劇場版には収録されなかった場面を盛り込んだディレクターズカットの配信も開始。

「球団は『vision2025』を理念に掲げ、2025年までに常勝軍団になることを目指しており、今年は『自分たちを超えてゆく。』というスローガンを掲げて優勝を目指します。栄光を目指す過程では今回の映画のようなさまざまなドラマがあります。そのような人間味のある部分も積極的に発信することで、もっとマリーンズのことを好きになってもらえたら嬉しいです」と、今季に向けた力強いコメントで締め括った。

「生卵事件」や「球団譲渡」も描いたホークスの30年史

 昨季はレギュラーシーズンを3位で終え、クライマックスシリーズでも千葉ロッテに後塵を拝した福岡ソフトバンクホークスは、福岡ドーム開業30周年を記念した映画『思い出を、超えていけ。30th Documentary HAWKS』を今年1月に公開した。

「2023年はホークス球団創設85周年とドーム開業30周年のダブルアニバーサリーイヤーでした。その周年事業の締めくくりとして、福岡ドームができてからの30年をホークスの軌跡とともに映像化しようということで企画が始まりました」(福岡ソフトバンクホークス・メディア戦略部担当者)

 1989年に福岡に拠点を移し、福岡ダイエーホークス(当時)としてのスタートを切り、1993年には全国初の開閉式ドームとなる福岡ドームが開業。しかし、球団の成績は低迷が続き、1999年に福岡移転後初の日本一を手にするまでは、常勝を掲げる現在の姿とはほど遠い状態だった。

 作中には、現役選手に加えて工藤公康氏や秋山幸二氏、今季から指揮を取る小久保裕紀監督といったホークスOBも登場。王貞治監督(現福岡ソフトバンクホークス取締役会長)が、成績不振に怒ったファンから生卵を投げつけられた事件を語るなど、平成最多の7度の日本一を手にしたチームが乗り越えてきた困難も作中では克明に描かれている。

「福岡ソフトバンクホークスになって、クライマックスシリーズの呪縛などもあり、なかなか日本一になれなかった中、ついに日本一を達成した2011年はスタッフ全員思い入れが強く、当時の選手たちにもインタビューを行い、改めて当時の緊張感が伝わるような構成にしました。映画を作っていく中で、当たり前のことですけど、自分たちで制作するということは、自分たちが伝えたいことをしっかり伝えられるという魅力にも改めて気づかされました。2025年は福岡ソフトバンクホークスの20周年(2004年10月にダイエーから営業譲渡)にあたる年ですし、これからも何らかの形でチャレンジを続けていけたらなと思っています」

ファンの心を打つ“育成出身”選手の本音

 残念ながら劇場公開は終了した本作だが、未公開インタビューなどを加えてソフト化される予定で進められているという。

 貴重なインタビューの数々の中での見どころは、千賀滉大投手(現ニューヨーク・メッツ)、周東佑京選手らも輩出した育成ドラフトについて、同じく育成選手からレギュラーを掴んだ甲斐拓也選手や牧原大成選手が率直に語るシーンだ。

「“育成選手の頃はまるで人間じゃないような扱いを受けたが、本当に自分が頑張ったから今がある。『育成のホークス』とは言ってほしくない”という牧原選手のコメントがあって。本音を語る牧原選手のインタビューを見たファンの方から“自分の人生の活力になった”という声をたくさんいただきました。多くの方の心に響く作品が作れたのではないかと思っています。まもなくシーズンが幕を開けますが、今作をきっかけに、これまで以上の声援をチームに送っていただけたら嬉しいです」

 4年ぶりの日本一に向けて大規模な血の入れ替えを敢行した今季のホークスは、山川穂高選手やアダム・ウォーカー選手の加入といった大型戦力の補強が目立つが、チームの勝利を支えてきた生え抜き選手の活躍も注目したい。

 2024年のプロ野球は3月29日、新たなシーズンの開幕を迎える。オープン戦で目を開かせつつあるスター候補の活躍も気になるところだが、ドキュメンタリー映画を見ながら開幕に向けて気持ちを昂らせていくのも、この時期のプロ野球を楽しむ一つの方法なのかもしれない。

白鳥純一(しらとり・じゅんいち)
1983年東京都生まれ。スポーツとエンタメのジャンルを中心にインタビューやコラム記事の執筆を続けている。

デイリー新潮編集部