2024年からロサンゼルス・ドジャースへ活躍の場を移した大谷翔平選手は、開幕から低空飛行を続けていたものの、4月9日(日本時間)に3号本塁打を放つなど、ここに来て復調の気配を見せている。新天地でのさらなる飛躍と、2年連続となる本塁打王、そしてMVP獲得に向けて期待が高まる。だが、開幕から約3週間が経過した今も、その活躍に影を落としているのが、元通訳・水原一平氏による違法賭博の問題だ。【白鳥純一/ライター】

 9日の試合後、「グラウンドの外で何があっても変わらない」と気丈に語った大谷だが、水原氏は賭博で抱えた借金を返済するために、大谷の口座から違法賭博の胴元側に1600万ドル(約24億5000万円)以上を不正に送金したとして、ロサンゼルスの連邦地検に訴追された。

 世界中を驚かせた大スキャンダルで特に注目を集めたのが、水原通訳と大谷選手のあまりに近すぎる距離感だ。そこで、2002年から2005年まで阪神タイガースの通訳を務め、現在は(株)RIGHT STUFFの代表として、スポーツ分野の人材紹介業に携わる河島徳基氏に、今回の事件をきっかけにクローズアップされた通訳と選手の関係性について、自身の経験を交えながら考察してもらった。

二人は“とても親しい関係”に見える

「外国人選手の言葉を訳す仕事は、業務全体の0.5%ほどに過ぎません。残りの20%くらいが野球に関することで、それ以外の大半の時間は選手本人や家族のケアに費やされます」

 星野仙一氏が監督に就任した2002年から4年間阪神タイガースに勤務し、ジェフ・ウィリアムスやアンディ・シーツといった人気外国人選手の通訳を担当した河島氏は、通訳の業務内容や選手との関係性について次のように語る。

「僕が働いていた頃の日本のプロ野球では、球団に所属する一人の通訳が複数の外国人選手を受け持つケースが一般的で、水原氏のように選手一人の通訳を任されることはありませんでした。でも、日本人選手が海を渡ると、選手ごとに担当通訳がつくケースがほとんど。ですから、結果として選手と二人で過ごす時間が長くなり、関係性が深まったとしても、それは特別不思議なことではないと思います」

 水原氏を巡る報道で注目を集めたのは、大谷選手との親密すぎる関係性だ。河島氏は「マネージャーと通訳は別の人が担当するケースもある」と言うが、大谷選手の場合は「水原氏が双方の業務を兼任する“二刀流”だったのではないか」と自身の見解を述べる。

「僕もお二人と直接の面識があるわけではありませんし、選手と通訳の性格や関係性、信頼関係などによって大きく左右されると思います。ただ、外から見る限り『二人は“とても親しい関係”に分類されるんじゃないか』という印象を抱きました。大谷選手の場合は、野球を非常に大切にする一方で、それ以外のことにはあまり興味がないという報道を目にすることもありました。それを踏まえると、通訳に加えてプライベートの雑務も水原さんにお願いしていて、大谷選手個人が水原氏にマネージャーとしての給与を追加で支払っていた可能性もあるんじゃないかなと思います」

「高額契約」に垣間見える“ドジャースの事情”

 水原氏は事件が発覚した後のアメリカESPNのインタビューで、エンゼルス時代の年俸は8万5000ドル(約1300万円)、ドジャースとの契約は1年間で4500万〜7500万円に及ぶと言及し、多くの人を驚かせた。

「年齢が高く、熟練した技術やキャリアを持っている方であれば、エンゼルス時代の水原氏の年俸と同等の額が支払われる可能性はあるかもしれませんが、それでも相場としてはかなり高額な部類に入ると思います。ドジャースとの契約は……、驚いたとしか言いようがありませんね(笑)」

 過去に取り扱ったスポーツ業界の求人情報を元に、水原氏の年俸に対する見解を述べる河島氏は、水原氏が高額契約を手に出来た理由についても次のように推察する。

「水原氏の場合は、おそらく大谷選手の強い要望があって球団職員として採用に至ったのではないかと思います。ドジャースとしては、悲願の世界一を手にするためには何としても大谷選手に活躍してもらわないといけませんし、きちんと野球に集中できる環境を整える必要がある。もし、長い時間、苦楽を共にする通訳と気が合わなかったとしたら、大谷選手も多大なストレスを抱えることになるでしょう。球団が大谷選手の提示条件を受け入れたとしても何ら不思議ではありません」

 さらに河島氏は、契約の背景にある大谷選手特有の事情についても言及した。

「大谷選手がドジャースと契約を結んだ時は、まだ結婚を発表する前で、大谷選手の周りには誰も家族がいませんでした。一歩グラウンドの外に出た時に、大谷選手の心身を誰がケアするのか。大谷選手は多くの人に顔を知られていて、一人では街を歩きにくい部分もありますから、プライベートを共にしていた通訳の水原氏に、そのタスクが割り振られるのは自然な流れかもしれません。ちなみに、私が阪神の通訳だった頃も選手のプライベートに付き合う機会は多かったですよ。たとえば、選手が試合をしている時に、奥さんや子どもたちの世話をすることは珍しくありませんでした。メジャーリーグの場合、各球団の球場には選手の家族用にファミリールームや特別席が用意されています。選手が家族と良好な関係を維持することも、試合での活躍に繋がる大事な要素というわけです。日本は施設の面でメジャーに後れを取るため、その代わりに、選手の家族をケアする意味で一緒に観光地を回ることもありました」

“生活費”口座を任されていた可能性も

 一方、水原氏の違法送金事件については、同氏がドジャースを追われた今もなお、さまざまな議論や憶測が絶えない。

「僕も通訳をしていた頃には選手から色々な買い物を頼まれましたが、その都度、現金を受け取って精算していました。ただこれは約20年前の話ですから、キャッシュレス決済が進んだ現在は、現金のやり取りは少なくなっているかもしれません」

 河島氏は「選手個人の銀行口座に触れたことはなかった」という通訳時代の経験を踏まえながら、今回の違法送金問題の背景にある「大谷選手の個人口座を誰が管理し、どのように送金に至ったのか」という点についても持論を展開する。

「球団と大谷選手との金銭のやりとりは、おそらく代理人が担当していて、大谷選手の希望を聞きながら、それぞれの銀行口座に指定の金額を割り振っていたのではないかと思うんです。その割り振られた額の一部には、大谷選手本人の裁量で動かせる生活費というか、プライベートな予算があり、それらの口座の管理を水原さんが任されていた可能性は考えられると思います」

 大谷の口座から送金された金額は、生活費としてはあまりに高額で、不自然なようにも思えるが……。

「確かに、一般的な水準で考えると生活費としては高額に思えますが、金額に対する価値観は人それぞれですし、大谷選手の場合はそれこそ、チームメイトやその家族と食事に行って支払いが数十万円にのぼることも考えられる。こうしたレストランでの食事代や、移動に用いる自動車のガソリン代や駐車場代といった日常的な支払いは、店員との英語でのやり取りがともなうケースも多い。そのため、二人が信頼を深めていくうちに、自然と水原さんが支払いをまとめて担うようになったとしてもおかしくはないと思います」

「メジャー選手の通訳」になる3つの方法

 今年も今永昇太投手(シカゴ・カブス)らがメジャーリーグへと渡ったが、日本人選手の活躍とともに、通訳に視線が集まる機会も年々増えつつある。

 自身が通訳になったのは「球団職員の公募がきっかけだった」と話す河島氏に、日本人メジャーリーガーの通訳になるための方法を尋ねると、「選手のために通訳を探している代理人、あるいは球団関係者に出会って採用される。もしくは選手個人から直接依頼を受けて通訳に就任するケースが一般的です」。とはいえ、もし通訳になれたとしても、「さまざまな試練に直面することになるだろう」と同氏は指摘する。

「担当した選手が実際にメジャーで活躍できるかはシーズンが開幕しないと分かりません。それこそ、シーズン序盤に怪我をして試合に出られなかったり、1年で解雇されてしまう可能性もある。そして、担当する選手がマイナーに降格してしまったら、長時間のバス移動が待っている。それも人生経験にはなるかもしれませんが、華やかな世界を味わえるかどうかという点では、さまざまなリスクが伴います」

 数々のハードルを乗り越えて大谷選手の活躍を支えた水原氏には、大谷選手と共に歩み続ける未来を期待する者も多かったが……。アメリカン・ドリームへの道は、とてつもなく険しいようだ。

河島徳基(かわしま・のりもと)
学習院大学経済学部卒業後、アメリカ・ウィスコンシン州の「UNIVERSITY of Wisconsin La Cross」のスポーツ科学大学院に進学し、ストレングス&コンディショニングコーチになるための科目を専攻。カリフォルニア州の「The Riekes Center」にてアスリートにトレーニングを教える仕事に従事後、帰国。パーソナルトレーナーの仕事を経て、阪神タイガースで通訳や営業の仕事に携わる。2005年に「(株)RIGHT STUFF」を設立し、現在は代表を務める。主にスポーツ業界に特化した人材紹介や、ビジネスとスポンサーマッチングビジネスを展開中。

白鳥純一(しらとり・じゅんいち)
1983年東京都生まれ。スポーツとエンタメのジャンルを中心にインタビューやコラム記事の執筆を続けている。

デイリー新潮編集部