メジャーリーグ(MLB)カブスの今永昇太が驚異的なピッチングを続けており、日米の野球ファンが盛り上がっている。5月17日現在(註、以下同)、8試合に先発して5勝0敗。何より凄いのが、46・2イニングを投げて防御率0・96と0点台を維持していることだ。担当記者が言う。

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「MLBの日本人投手で、防御率が0点台で話題になったのは2003年、マリナーズに所属していた長谷川滋利さんです。シーズン終盤の9月2日まで防御率0・98。あと少しで『70イニング以上を投げて0点台』というメジャー史上4人目の快挙を成し遂げられたのですが、残念なことに最後の8試合で5点を奪われました。結果、シーズンの防御率は73イニングで1・48となり、大記録まであと一歩というところで終わったのです」

 この年の長谷川氏は、シーズンの前半はセットアッパー、後半はクローザーとしてマウンドに立った。一方の今永は先発であり、担当イニングが長いため点を取られる可能性も高い。にもかかわらず46イニングを投げて防御率を0点台に抑えているのだ。やはり長谷川氏以上に傑出した成績だと言わざるを得ないだろう。

「先発投手が6イニング以上を投げ、かつ自責点を3点以内に抑えると、『クオリティスタート(QS)』が記録されます。今永投手のQS率は62・5%で、これはMLBのランキングで7位です。ちなみにドジャースの山本由伸投手は防御率3・21で、QS率は44・4%で22位。あの山本投手以上に今永投手は相手チームから点を取られず、先発として試合の主導権を握っていることがよく分かります」(同・記者)

今永の“ライバル”

 ちなみにドジャースのタイラー・グラスノーという投手が、日本のメディアでも大きく取り上げられたことをご記憶だろうか。どうも彼が今永の“ライバル”になりそうなのだ。

 グラスノーは昨年12月、トレードでレイズからドジャースに移籍した。その交渉の際、先に入団した大谷翔平がビデオでグラスノーに「君をホームランで援護したい」とラブコールを送ったことが判明し、日米のメディアが相次いで記事を配信した。

 グラスノーとドジャースは5年総額1億3500万ドル(約208億円)の大型契約を締結。その後グラスノーはオンラインの会見で「あれは最高のビデオだった。ドジャースに移籍する大きな追加点になった」と振り返ったことも話題を呼んだ。

 グラスノーはドジャースのエースとして活躍しており、現時点の成績は9試合に登板して6勝1敗。防御率2・53で、QS率は何と77・8%に達している。MLBランキングでは堂々の1位タイだ。今永より「試合を作ることができる先発投手」ということなのだろうが、グラスノーのことはまた後で触れたい。

 それにしても率直なところ、これほど今永が大活躍すると予想した日本人はいたのだろうか。

ポイントはフォーシーム

「昨シーズン、山本投手は16勝6敗、防御率は1・21でした。一方の今永投手は7勝4敗で防御率は2・80という結果で、“相手打線を完膚なきまでに沈黙させてしまう”というタイプの投手とは思われていませんでした。日本プロ野球における通算成績を見ても8年間で64勝50敗、防御率は3・18という数字です」(同・記者)

 日本を代表するエースと言えば山本由伸のほうだった。だからこそドジャースは12年総額3億2500万ドル(約500億円)の契約を結んだのだ。一方の今永は4年総額5300万ドル(約81億円)と報じられた。

 今永も「日本選手渡米時における歴代5位の大型契約」だったとはいえ、山本に比べると見劣りしたことは事実だ。ところが今は、その山本より今永のほうが大活躍しているのだから、やはり野球は奥が深い。

 MLB研究家の友成那智氏は「今永のピッチングは、アメリカのスポーツメディアも『素晴らしい』と大きく取り上げています」と言う。

「率直に言って、オープン戦での今永投手は最終戦を4失点で負け投手になるなど、一部のスポーツメディアからは不安視する声が出ていました。これほどの大活躍を予想できた関係者は皆無だったのではないでしょうか。ポイントは開幕直前にフォーシームのキレが抜群になったことです。データを見ると、今永投手のフォーシームの被打率は現時点で1割8分4厘という桁違いの数字になっています。要するにどんなバッターでも今永投手のフォーシームはなかなか打てないとデータに表れているわけです」

傑出した回転数

 今永の自己最速は154キロ。試合では140キロ台の後半という球速も全く珍しくない。決して早いボールではないはずなのに、相手打線から三振の山を築くのだ。

「特に素晴らしかったのが5月14日のブレーブス戦です。ブレーブスはMLBでも屈指の最強打線と言われているにもかかわらず、5イニングを0点に抑えました。ポイントは球の回転数です。アメリカの専門サイトでは2438回転と紹介されており、平均が2300回転ですから、今永投手の回転数はバケモノというレベルです。これほどの回転数だと、バッターは向かってくるボールが浮きあがってくるように見えるはずです」(同・友成氏)

 剛速球はボールが浮きあがって見えるとよく言われるが、これは物理学的にはあり得ないことが証明されている。とはいえ目の錯覚が生じてしまうため、どうしてもそう見えるのだという。対戦バッターが「ボールが浮きあがる」と口を揃えたことで有名なのは、巨人のエースだった江川卓氏のストレートだ。

「今永投手のボールも、江川さんのボールとほぼ同じでしょう。今永投手は勝負球で、140キロ台のストレートを、おまけに高目へ投げることがあります。誰もが『ホームランを打たれる!』と思った瞬間、バッターは空振り三振しているのです。今永投手のボールは回転数が凄まじいため、対戦相手はボールが浮きあがったと錯覚してしまい、三振してしまうのです。たとえバッターが辛うじてバットに当てたとしても凡フライでアウトです。強烈なバックスピンがかかっていますから、当たっても簡単には飛びません」(同・友成氏)

ピンチを招いて人気上昇

 江川氏の全盛期を知る野球ファンなら、彼が高目のボールで三振を取っていたことをご記憶だろう。今永も同じというわけだ。

「高目のボールが活きているのは、低目のスプリッターが効いているからです。今永投手は高目と低目のボールを絶妙に出し入れすることで、相手バッターを幻惑させているとも言えます。今永投手の好投は、キャッチャーのヤン・ゴームズ選手のリードも寄与しているのではないでしょうか。メジャー12年目のベテランですが、今永投手の持ち味をうまく引きだしていると思います」(同・友成氏)

 アメリカのメディアも今永に熱狂しているのは前に触れたが、その理由の1つに「残塁率の高さ」があるという。

「データを見ると、今永投手はランナーを出してしまうことも多いと分かります。ところがピンチを迎えると、相手バッターをバッタバッタと三振に切って取るので、アメリカのファンもメディアも興奮するというわけです。本当のところは今永投手が自分で招いたピンチなのですが(笑)いわゆるファンには“魅せる”ピッチングと映ります。高目のホームランボールで三振を取るという投球内容も“スリリング”な興奮を与えますから、今永投手はファンの人気も急上昇しています」(同・友成氏)

最も心配なのはケガ

 友成氏によると、アメリカでは投手の成績のうちK/BBという指標を最も重視するという。これは奪三振と与四死球の比率を意味し、投手の制球力を示す。3・5を超えると優秀とされる。

 現在のK/BBのランキングを見てみると、今永は何と6・38でMLB4位。ちなみに山本が5・30で5位につけ、先に紹介したグラスノーは4・87で7位と、いずれも実力を反映した数字になっている。

「アメリカのスポーツメディアは今永投手とグラスノー投手の投球内容を大きく取り上げています。今季のMLBは始まったばかりですが、この2人に対しては早くも『今年のサイヤング賞の有力候補』という記事も配信されています」(同・友成氏)

 現時点で今永のピッチングに不安要素はないが、カブスというチームには問題点があるという。今永を除く投手陣が“壊滅”状態なのだ。

「カブスのエースはジャスティン・スティール投手で、まだ4年目の若手ながら昨季は16勝5敗と活躍しました。ところが今季は開幕戦でケガをして故障者リスト入りしてしまったのです。5月に復帰しましたが、12日のパイレーツ戦はホームラン3本を浴びて自責点6と散々な内容でした。スティール投手がケガで欠場していた時はカイル・ヘンドリックス投手が昇格されました。彼はMLB通算10年という中堅投手ですが、今のところ6試合を投げて0勝3敗。防御率は10・04というひどい数字です。5勝した今永投手はチームトップですから、早くも重い負担がのしかかる気配がします。今季の今永投手が最も心配すべきはピッチングではなく、ケガだということになるでしょう」(同・友成氏)

デイリー新潮編集部