東京五輪 野球(決勝トーナメント・準々決勝)
日本対アメリカ(2日、横浜スタジアム・19時試合開始) 
     12345678910計安失
アメリカ 000330000 0 612 2
日  本 002120001 1 712 0
(ア)S・バズ、B・ディクソン、A・カーター、R・ライアン、A・ゴース、D・ロバートソン、S・マクガフ、●E・ジャクソン(0勝1敗)‐M・コロズバリ
(日)田中将大、岩崎優、青柳晃洋、千賀滉大、山崎康晃、大野雄大、〇栗林亮吏(2勝0敗1S)‐梅野隆太郎、甲斐拓也
◆本塁打 T・カサス(2号)、鈴木誠也(1号)/二塁打 T・オースティン E・フィリア 坂本勇人(2) T・フレージャー N・アレン 浅村栄斗 T・カサス
試合時間 3時間53分

初球から振ってサヨナラ打

 日本がタイブレーク方式の延長戦を制してサヨナラ勝ちした。こりゃ、負けパターンか、と思って見ていたが粘ってよく勝った。

 日本のきめ細かい野球の勝利だった。

 無死一、二塁からのタイブレーク。10回表のアメリカの攻撃をしのいだ日本は初出場の代打・栗原陵矢が送りバントを一塁線に決めて二、三塁。初球、プレッシャーのかかる場面で落ち着いていた。続く途中出場の甲斐拓也が内野5人シフトにひるむことなく初球から積極的に振って右翼へのサヨナラ打だ。

 対照的に10回表のアメリカは先頭のT・フレージャーが栗林良吏と勝負したものの空振り三振、後続も絶たれた。表だったこともあって、できるだけ得点して日本を突き放そうとして、攻撃的に出たが結果として裏目に出た。

 こうなれば日本は有利だ。こんな場面、山田哲人、坂本勇人であれ送りバントだ。アメリカが裏の攻撃だったらひょっとして送りバントがあったかもしれないが、彼らは基本的にあまりバントはしない。打席に立つのは打つためだの考えがある。実際、バント練習やバント守備に多くの時間をかけているのを見たことがない。日本ではこどもの頃からバント練習に時間をかける。最後の最後でこの差が出たような気がする。

スピードに変化がないからパワー負け

 青柳晃洋の起用は人選ミスとまでは言わないが考える必要がある。28日のドミニカ戦でもタイムリー二塁打を浴びるなど2失点で1回持たずに降板している。

 青柳は真っすぐにスライダー、シンカー、チェンジアップ、ツーシームなどの変化球を武器としているが、どれも同じスピードだ。スピードに変化がないからパワー負けする。変則サイドスローで、外国人選手は慣れていないと思っての起用だろうが、日本人打者には通用しても外国人打者には厳しい。ちょっと甘くなると長打になる。

 やはり外国人選手にはフォークだ。6回に登板した4番手の千賀滉大が3者三振、それもすべて空振りに仕留めたがフォークという大きな武器が効いていた。7回も二つの空振り三振を奪い、無失点に抑えてアメリカに傾きかけた流れを止めた。

 野茂英雄であれ佐々木主浩であれ、フォークを武器にメジャーで活躍した。外国人打者は追い込まれると振る。改めてフォークの威力を思い知った。

 青柳はセ・リーグで8勝を挙げて防御率も1.79という好成績を収めているが、国際試合ではどうか。今後、起用は難しいのではないか。

 また、収穫のひとつは4番の鈴木誠也に待望の一発が飛び出したことだ。12打席目の初安打となった。高めの球を見逃さずに捉えた。飛距離も十分で気を良くしたと思う。ベンチも盛り上がっていた。甲斐もいよいよラッキーボーイ的な存在感を強めてきた。菊池涼介にも適時打が出た。好材料がたくさんある。

 先発した田中将大、さすがに投球はうまいがスピードがなかった。マウンドから発するすごみも消えていた。

 一方、アメリカのS・バズは150キロ台の真っすぐとカーブが武器だったが、いやらしさがなかった。メジャー昇格間近というがこのへんが課題か。日本にこんなタイプが結構いるが、球は速かった。投手としていいものを持っていると思う。

 日本はこれで準決勝進出。ちなみに五輪でアメリカに勝ったのは25年ぶりだ。4日には韓国と対戦だ。目の色を変えて戦いに挑んでくるだろう。

 だが、日本は3勝のうち2勝がサヨナラで今回はツキがある。もちろん、勝負はどう転ぶかわからないが、悲願の金メダルが射程圏内に入ってきたのではないか。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月3日 掲載