ダークホースにも挙がっていなかった

 今年の「夏の甲子園」は、「史上最強チーム」の呼び声も高い大阪桐蔭の春夏連覇が注目される。その一方で、過去にはノーマークから1戦ごとに力をつけ、優勝まで駆け上がったチームがあった。今回は、夏の甲子園で奇跡を起こした記憶に残る“ミラクルチーム”を振り返ってみたい。【久保田龍雄/ライター】

「イエス イエス イエス」のフレーズが印象的な校歌とともに、夏の甲子園で初出場初Vの快挙を成し遂げたのが、1976年の桜美林である。

 同年は春の覇者・崇徳が本命で、柳川商(現・柳川)、銚子商、原辰徳(現・巨人監督)の東海大相模などが優勝候補だった。春の関東大会を制した桜美林も攻守のバランスが取れた好チームながら、大会前はダークホースにも挙がっていなかった。

 ところが、初戦の日大山形戦で2本塁打が飛び出し、4対0と快勝すると、あれよあれよという間に市神港、銚子商、星稜を連破し、東京勢では1925年の早稲田実以来51年ぶりの決勝戦に駒を進めた。

 相手は、甲子園の常連校・PL学園。初回に4番・片桐幸宏のタイムリーで先手を取った桜美林だったが、4回にエース・松本吉啓が集中打を浴び、1対3とひっくり返される。

 だが、「もう点をやるな。必ず取り返してやるから」という浜田宏美監督の激励を背に、松本は4回以降無失点と踏ん張り、相手に傾きかけた流れを必死に食い止める。

「カーッと燃えました」

 エースの粘投が報われたのが7回。入学時に「将来の4番」と期待されながら、故障などで控えに回っていた代打・菊池太陽が「待ちつづけた出番。カーッと燃えました」と甲子園初打席で二塁打を放ち、反撃の狼煙を上げる。内野安打で1死一、三塁とチャンスを広げたあと、2番・安田昌則の2点タイムリー二塁打で一気に追いついた。

 3対3で迎えた延長11回、途中出場の本田一の安打で無死一塁、ラッキーボーイ・菊池が左翼ラッキーゾーンを直撃する快打を放つ。左翼手がもたつく間に、本田が俊足を飛ばし、最後はヘッドスライディングでサヨナラの生還をはたした。

 控え選手も含めてベンチ入り14人全員がヒーローとも言うべき栄冠。最後まであきらめない粘り強さが売りのチームは、スマートな一方で、ひ弱さも感じられた東京代表のイメージを大きく変えた。

“のびのび野球”で全国制覇

 県大会でも優勝候補に挙げられていなかったのに、明るい“のびのび野球”で、佐賀県勢では初の全国制覇を成し遂げたのが、94年の佐賀商である。

 ノーシードから佐賀大会を勝ち上がった佐賀商は、甲子園でも開幕試合となった1回戦で浜松工に6対2と打ち勝つと、2回戦では大会屈指の左腕・吉年滝徳(元広島)を攻略し、関西に6対1と快勝。2年生エース・峯謙介も2試合連続完投を記録した。

 その後も那覇商、北海を下して4強入りしたあと、準決勝の佐久(現・佐久長聖)戦では、0対2と敗色濃厚の9回裏に山口法弘の三塁打などで追いつき、延長10回に再び山口のタイムリーでサヨナラ勝ち。毎試合のように「負ける気がしないんです」「自由に野球が楽しめるんです」と明るさ一杯のナインは、接戦になればなるほど無類の勝負強さを発揮した。

 決勝の樟南戦も序盤に3点を失いながらも、6回に集中打で一気に追いつき、スクイズで勝ち越された8回にもラッキーボーイ・山口が中前に同点打と粘りに粘る。

 そして、4対4の9回2死満塁、主将の西原正勝が福岡真一郎の初球をジャストミートし、左越えに神がかりとも言うべき大会史上初の決勝満塁本塁打。その裏の樟南の攻撃を、決勝まで一人で投げ抜いた峯がピシャリと抑えて、佐賀に初の大旗をもたらした。

 試合前、「大差で負けるかも」という不安で一杯だった田中公士監督も「奇跡としか思えない。子供たちの最後まで勝負を棄てない執念が勝利をもたらしたのだと思います。普通の高校生でも、やればできるということを目の当たりにした」と感無量だった。

「野球の神様が味方してくれた」

 佐賀商の奇跡から13年後、優勝旗は“がばい旋風”(佐賀の方言で“とても”の意味)の佐賀北によって、再び佐賀にもたらされる。

 2007年、馬場将史、久保貴大の必勝リレーがハマり、7年ぶり2度目の甲子園にやって来た佐賀北は、13年前の佐賀商同様、開幕試合となった1回戦で福井商を2対0で下すと、2回戦では、延長15回引き分け再試合の末、宇治山田商に9対1と快勝する。

 強豪私立校の特待生問題が社会現象化した同年、年間予算60万円で活動する公立の佐賀北を応援するファンも日に日に増えていった。そんな追い風のなか、佐賀北は前橋商、帝京、長崎日大を下し、決勝進出をはたす。

 準々決勝で延長13回の末敗れた帝京・前田三夫監督は「“負けてもともと”という捨て身のノリのあるチームなので、前半で試合を決めて、相手に『ひょっとしたら勝てるかも』と思わせる展開にしたくなかった。ところが、5回を過ぎても同点で、延長戦に入ったでしょ。15回引き分けで、この流れを一度切らなければ勝てないとまで思いましたね」と無欲で向かってくるチームを相手に戦うことの難しさを吐露している。

 決勝の広陵戦も、7回を終わって0対4の劣勢から“奇跡”を起こす。7回まで野村祐輔(現・広島)にわずか1安打に抑えられていた佐賀北は、8回1死から連打と四球で満塁と反撃開始。

 そして、次打者・井出和馬のカウント3-1からの5球目、野村の速球が外角低め一杯に決まったかに見えたが、球審の判定は「ボール!」。結果的にこの“微妙判定”が流れを大きく変えた。

 押し出し四球で1点を返したあと、なおも1死満塁で、副島浩史がドラマ以上にドラマチックな弾丸ライナーの左越え逆転満塁弾。13年前の佐賀商同様、栄冠はグランドスラムによってもたらされた。百崎敏克監督も「佐賀商の再現ビデオを見ているようだった。野球の神様が味方してくれたとしか思えない」と信じられないような表情だった。

 今夏も1戦ごとに力をつけ、甲子園で成長したチームの快進撃が見られるだろうか。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮編集部