「球団は平田昇格で一致していたが……」

 プロ野球阪神タイガースの来季監督に、元監督の岡田彰布氏(64)の復帰が確実の情勢になった。矢野燿大監督が今春のキャンプイン前日に異例の退任表明を行ってから約8ヵ月、長期に亘った監督問題が決着をみる。2015年まで指揮を執った和田豊監督以来、8年ぶりの生え抜きOB監督の誕生。藤川球児氏、今岡真訪氏らのコーチ起用も取り沙汰されるなど、阪神カラーが強い“組閣”になりそうだが、就任に至るまでの内幕を探ると、必ずしもそうとは言えないようだ。

 担当記者が解説する。

「今回の監督人事は、親会社(阪急阪神ホールディングス、以下、阪急阪神HD)でも“阪急”の色が濃く出た。角(和夫)会長は岡田さんと同じ早大で、シーズン中に懇親ゴルフが一部週刊誌(「週刊新潮」)で報じられたように親密な仲にある。球団は平田(勝男)2軍監督の昇格で一致していたが、この案が通らなかったことになる」

 球団は早くから平田昇格案を固めていたとされる。

「6月の株主総会で、谷本(修)オーナー代行は新監督の条件に、ドラフトで獲得した生え抜き選手中心にチーム作りができることを挙げていた。今の阪神は青柳、大山、佐藤輝ら投打に生え抜きが主力に育っている。才木、森木ら若手に有望な投手も多い。現状を熟知している監督が最適。他球団では高津監督(ヤクルト)、中嶋監督(オリックス)、藤本監督(ソフトバンク)が内部昇格で、いずれも今季は好成績を収めており、2軍監督の昇格は球界でも成功例が多い。しかも阪神の2軍は昨季優勝し、今季も強かった。ヘッドコーチなどで球団に長く在籍している点や、コーチをはじめ新たなスタッフ招聘が最小限で済むという経費的な点からも、平田案には一定の説得力があった」(同前)

 さらに、球団にはこうした正当な理由とは別に、岡田氏の再登板を阻止したい思惑があったという。岡田氏は04〜08年までの前回監督時代、外国人選手の補強やドラフト戦略などでフロントに口出しすることが多かった。評論家になっても歯に衣着せぬ発言で、球団、チームには耳の痛い論調が少なくなかった。温厚な性格で、フロントが主導権を握れる“ハト派”の平田氏に対し、岡田氏はフロントに煙たい“タカ派”。「球団内で岡田さんを望む声はほぼ皆無だった。岡田内定の報道に、早くもハレーションが起きている」(同)

球団社長の辞任にも阪急が介入か

 複数の関係者の話を総合すると、球団から提出された「平田案」は、阪急阪神HDの取締役会に諮られることなく、藤原崇起オーナーのところで止まっていたとみられる。オーナーの専権事項のはずだった監督人事が今や、オーナーの一存で決められないようになっていたというのだ。

 17年6月の株主総会、阪急阪神HDで重大な人事が決定した。藤原オーナーが同HDの取締役を退任したのだ。これで取締役のうち、阪神電鉄出身者は一人になった。

 05、06年に「村上ファンド」に企業買収を仕掛けられた際、阪急が阪神を子会社にするすることで救った。経営母体が変更したため、本来はNPBに加盟料30億円を支払う義務があったが、阪神の働きかけでほぼ免除された。その経緯からもタイガースは長く、自治権が守られてきた。

 しかし、時代は流れ、同HDの取締役の人数構成も阪急優位になり、阪急と阪神のパワーバランスは変化を余儀なくされた。

「タイガースで重大な案件は、阪急の意向を無視できなくなった。20年には3月、9月と2度に亘り、チーム内で新型コロナウイルスの大量感染が起きた。角会長は球団の管理責任を問題視し、その年の12月には揚塩健治球団社長が“けじめ”と表現して引責辞任した。阪急色が強く出た、事実上の解任だった。藤原オーナーが今回の監督人事でも、阪急の意向を汲まざるを得なかったことは容易に想像できる」(同)

矢野監督の異例の退任表明に、コロナも逆風

 藤原オーナーと角会長との間のやり取りに何があったのかは不明だが、最終的に球団の平田案は却下される形になった。

「仮に今季、チームが優勝するなどしていれば球団の発言力が強くなり、平田案が通っていた可能性はある。角会長らは今季、矢野監督に前代未聞のキャンプイン前日に退任表明するという行動を許し、チームやファンを混乱させた責任を球団に求めたのかもしれない。やはり球団に任せてはいられない、と。球団は阪急の介入を許す格好の口実を与えてしまった」(同)

 さらにコロナ禍であることも、球団には逆風になったようだ。

「人気球団の阪神は通常開催に戻った今季も球界では随一の集客力だが、コロナ前の水準には戻っていない。05年を最後にリーグ優勝から遠ざかるチームの立て直しとともに、ファンを呼び戻すことも新監督の仕事。この点で平田さんでは荷が重いと判断されたのではないか。直近では05年の優勝時に監督を務め、選手時代の実績や知名度で平田さんを上回る岡田さんが選ばれたのだろう。もちろん、岡田さんの起用を望んでいたとされる角会長との関係の深さが背景にあったからこそだが」(同)

 阪神を象徴する一人で、選手、監督としても抜群の実績を誇る岡田新監督の再登板。だが、就任までのプロセスは星野仙一監督の後を受けた前回とは全く異なり、阪神の影響力低下が如実に表れた、球団史の転換点とも言えるのではないだろうか。

デイリー新潮編集部