前半が終わった段階で暗澹たる気持ちを抱いたのは私だけではないだろう。スコアこそ最少の0−1だったものの、日本のチャンスらしいチャンスは前半8分、オフサイドになったFW前田大然(セルティック)のゴールシーンだけ。

 ***

 チャンスを作れないだけならまだいい。問題は、ほとんどワンサイドゲームでドイツの猛攻を耐えることしかできなかったことだ。

 反町康治・日本サッカー協会(JFA)技術委員長は、「(強豪相手に)カウンター一辺倒だと前線の選手が疲弊してしまう。うまくDFラインでパスを回して時計の針を進めることも必要」と話していた。

 今大会、劣勢が予想されるドイツ戦やスペイン戦では、カウンターは大きな武器である。しかし、前線からのプレスに加え後方からのタテパスに何度もスプリントを繰り返していては、消耗度が激しいばかりか相手にも読まれやすい。

 そこで、GKも含めてDFラインでパスを、時にはバックパスを織り交ぜて、できるだけ失点のリスクを避けつつ時間を稼ぐのは当然の策である。しかしドイツはしたたかで、それすらやらせてくれなかった。

 前線のFWカイ・ハーバーツ(チェルシー)、MFセルジュ・ニャブリ(バイエルン・ミュンヘン)、19歳のMFジャマル・ムシアラ(同前)らがまったく手を抜かず、日本の最終ラインにプレスを掛けに来る。このため日本はクリアに逃げるしかなく、簡単に拾われては波状攻撃を受けた。

カウンター発動

 リードしてもペースダウンすることなく“勤勉”にプレスを掛け続けるドイツ。“らしい”と言えば“らしい”が、これが後半も続けばボディーブローのように日本の体力を消耗させ、組織的な守備も崩壊するのではと危惧した。

 ところが、森保一監督は後半を迎え、守勢のため持ち味を発揮できないMF久保建英(レアル・ソシエダ)に代えてCBの冨安健洋(アーセナル)を起用。まずは5バックにしてスペースを消しつつ、誰をマークするのか役割を明確にした。

 4−2−3−1から5−4−1へのシステム変更だったが、ドイツは戸惑ったのか、それとも前半のハイペースがたたったのか、プレスの出足が鈍くなる。

 すると森保監督は後半12分、前田に代えて浅野拓磨(ボーフム)を投入。疲労度を考えれば当然の交代策だったが、想定外だったのは、同時に左WG長友佑都(FC東京)に代えて、DF伊藤洋輝(シュツットガルト)ではなくドリブラーの三笘薫(ブライトン)を起用したことだ。

 この交代策で日本はようやくカウンターを発動できるようになり、16分と24分に浅野が強引なシュートでドイツ・ゴールを脅かすようになる。

突然の“超攻撃的布陣”

 すると、ここを勝負どころと見たのか、森保監督は後半27分にボランチの田中碧(デュッセルドルフ)に代えてMF堂安律(フライブルク)を投入。鎌田大地(フランクフルト)をボランチに下げ、得意とする右のアウトサイドに堂安をコンバートした。

 さらに3分後、足を傷めた酒井宏樹(浦和)に代えて、右SB山根視来(川崎F)ではなくMF南野拓実(モナコ)を抜擢。冨安以外は攻撃的なカードを次々と投入し、5人の交代枠を使い切った。

 1トップと言うべきか、あるいはゼロトップと言うべきか。中央にMF伊東純也(スタッド・ランス)をスライドさせ、右に浅野、左に南野の攻撃陣。両WBは、右に堂安、左に三笘と、タイプの違うドリブラーを配した超攻撃的な布陣だ。

 堂安と三笘は1対1の守備に不安があるものの、持ち味も1対1での勝負だ。0−1のビハインドでは勝負を仕掛けるしかない。

 正直、森保監督がここまで思い切った手を打てる“勝負師”とは意外だった。そして、これまで一度も見たことのないシステムと選手起用に一番戸惑ったのは、対戦相手のドイツだったのかもしれない。

 後半30分、左サイドの三笘のカットインとタメによるスルーパスから南野がクロス。これはGKマヌエル・ノイアー(バイエルン・ミュンヘン)が弾いたものの、詰めていたフリーの堂安が左足で押し込んで同点に追いつく。

ドイツの混乱

 さらに38分、右FKから板倉滉(ボルシアMG)のロングキックに浅野が巧トラップで抜け出すと、マーカーをブロックしつつ角度のないところからニア上を抜いて決勝点をもぎ取った。

 同点弾から逆転まで、時間にして10分足らず。アルゼンチンに逆転勝利を収めたサウジアラビアもそうだったが、ジャイアントキリングを演じるには失点した相手の混乱に乗じるのが一番だ。

 その意味でもドイツの隙を突いた浅野の一撃は見事だった(浅野は簡単なシュートより難しいシュートを決めるイメージが強い)。

 日本はカタールW杯の初戦で、4度の優勝経験があり、今大会も上位進出が確実と思われる強敵ドイツから勝点3を奪った。

 グループリーグ突破への大きな勝点3ではあるが、それ以上に大きいのが、同点ゴールを決めた堂安であり、お膳立てをした南野や三笘、そして決勝点を決めた浅野ら交代選手の活躍である。

 今大会の日本の攻撃陣は若く、W杯が初出場という選手も多い。誰もがスタメンで出て結果を残したいと思うのは当然だ。

 そこでスタメン組が失点して0−1のビハインドを負った。しかし、交代出場の選手が活躍して逆転し、ジャイアントキリングを演じた。

断トツの一体感

 指揮官である森保監督の手腕は大いに賞賛されるだろう。そして、それ以上に大きいのは、サブ組の活躍で勝利したことでチームに一体感が生まれたことである。

 前半で交代させられた久保も不満を表すことはなく、試合後は勝利に喜びを爆発させていた。

 堂安や浅野は会心の笑顔で試合を振り返り、ベテランの長友や酒井は勝利の立役者を称えた。

 勝利は何にも増して良薬だが、「耐えて勝つ」という日本人の琴線に触れる勝利に加え、「縁の下の選手」が勝利への主役になった。

 まだグループリーグ突破は決まっていないものの、「歴史的な快挙」が過去に例のない団結心を生んだ。

 ここまで一体感のあるサムライブルーを見たのは初めてなだけに、過度な期待を寄せてしてしまうのは私だけではないだろう。

六川亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。法政大学卒。「サッカーダイジェスト」の記者・編集長としてW杯、EURO、南米選手権などを取材。その後「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。

デイリー新潮編集部