ソフトバンクが、2023年から「4軍制」を発足させる――。2011年から「3軍制」による育成に注力、育成選手から初のメジャーリーガーとなったニューヨーク・メッツの千賀滉大をはじめ、その強肩と巧みなフレーミング技術で、6年連続でのゴールデングラブ賞を獲得した甲斐拓也、13試合連続盗塁の世界記録を達成した2020年、盗塁王に輝いた周東佑京ら、3軍から育て上げた“成功例”は多々。福岡・筑後市には2球場と室内練習場を兼ね備えた育成の一大施設を持つソフトバンクだが、さらなる施設の拡充を図り、2023年からは異例の「120人態勢」で選手たちの競争意識も高めていくという、育成重視の方針を掲げている。もはや他球団の追随を許さない、育成の“超拡大路線”の狙いを、2回に分けて探る。【スポーツライター/喜瀬雅則】
千賀滉大が、5年総額7500万ドル(約103億円)という超大型契約を結び、2023年からニューヨーク・メッツでプレーすることが決まった。
この剛腕のサクセス・ストーリーは、育成に惜しみなく投資を行うソフトバンクを象徴しているともいえる。3軍制を本格的に稼働させる2011年の前年オフ、育成ドラフトで4位指名を受けた愛知・蒲郡高の右腕は、ドラフト会議の中継局に顔写真すら準備されていなかったという。甲子園にも出場経験がなく、3年最後の夏の愛知大会は3回戦敗退だった。
全く無名だったその右腕を“発掘”したのが、愛知県内の高校野球に精通していた西川正二氏という、名古屋の運動具店の店主だった。西川氏が、ソフトバンクのスカウト部長だった小川一夫に「すごくいい投手がいます」と連絡。
これをきっかけに、小川部長はドラフト会議の1カ月前という慌ただしい時期に、部下のスカウト陣を蒲郡高に急きょ派遣。撮影してきた千賀の投球シーンを見て「これは大学へ進んだら、4年後にドラフト1位で獲り合いになる」と潜在能力を見抜き、即座に“先物買い”を決断したという。
前身のダイエーが南海を買収、大阪から福岡へ本拠を移した1989年から長くスカウトを務めてきた小川部長をもってして「実際に見ずに初めて獲った選手」だと明かす。それこそ西川氏からの一報がなければ、日の目を見ることなく、そのまま埋もれていたかもしれなかった超逸材は、育成契約から12年を経て、最速164キロ、マイル換算でも「102」の剛速球と、落差の大きい「お化けフォーク」を引っ提げ、海を渡るのだ。
「筑後から最強軍団になる」
育成契約からメジャーへ進んだ、初の日本人プレーヤーとなった、その千賀を生んだソフトバンクの3軍システムが、2023年からは「4軍」へと拡大される。
2022年11月30日、福岡・筑後市のファーム施設で4軍制スタートの発表会見に臨んだ三笠杉彦GMは「筑後から最強軍団になる。MLBのチームにも勝てるようなプロ野球チームを作りたい」と、球団を挙げての強い意気込みを語った。そのために、ハード面、ソフト面、そして人材にも、惜しみなく投資していくのだ。
九州新幹線「つばめ」で博多から3駅目の「筑後船小屋駅」から、歩いても5分。
育成の一大拠点「HAWKSベースボールパーク筑後」は、敷地面積7万1643.85平方メートル、甲子園球場のおよそ2個分という広さを誇る。2軍のメーン球場は「タマホームスタジアム筑後」。その一塁側スタンド後方に、3軍のメーン球場となる「ホークススタジアム筑後第二」が隣接している。
2つの球場は、いずれも両翼100メートル、センター122メートル。このスケールは1軍の本拠地・福岡ペイペイドームと同じ大きさだ。
グレーの大きな三角屋根の建物は室内練習場。60メートル四方の内野フィールドが確保でき、打撃練習用には4レーン、投球練習用にも6レーン。選手たちは、それこそ24時間いつでも、練習ができるようになっている。地上3階建て、計44室の選手寮は、この室内練習場とつながっている。
2016年に、ソフトバンクがおよそ60億円を投入して、この一大施設を完成させた。GMの三笠杉彦は、3軍制の構想段階から、筑後の選定、竣工、施設の建設と完成、稼働へと至るすべてのプロセスを見届けてきた、育成のキーマンである。
移転先を「公募」する“逆入札制”
かつてファームの練習場だった雁の巣、西戸崎の選手寮が老朽化、育成選手の増加も伴って手狭となったことから施設移転を検討していたソフトバンクは、移転先を「公募」することにした。つまり、自治体の方から手を挙げてもらい、そこから球団が選ぶという。
入札といえば、官が募集して、民が応募するものだ。なのに、民が官を募集するという異例の“逆入札制”というわけだ。
2013年8月2日から13日までの公募期間に手を上げた自治体は、九州の5県、34市町。球団が挙げた募集条件は、以下の4つだった。
・4万〜6万㎡で分割されていない土地。
・本拠地のヤフオクドーム(当時)から車で1時間圏内、高速のインターチェンジからも20分以内。
・鉄道網など公共交通機関も整備されている。
・20年以上継続した利用可能な土地。
筑後からは、ドームまで高速を使えば車で50分。博多駅から九州新幹線で約25分、鹿児島本線の在来線でも約1時間。九州自動車道の「八女IC」からは約10分、「みやま柳川IC」からも約15分。誘致の候補地とした筑後船小屋駅前の敷地は約7ヘクタール。
つまり、筑後は“ベストマッチ”の場所だったのだ。
税収を上回るメリット
球団は、候補地を福岡県内の4市、筑後、福岡、北九州、宮若に絞り込んだ上で、最終的に「筑後」への移転を決定した。筑後市は7ヘクタールの予定地のうち、住宅メーカーのタマホームが所有する5ヘクタールを約8億円で、残る2ヘクタールの農地や宅地も、1億8600万円で購入。これを球団に20年間、無償貸与することになった。
2014年3月27日、ファームの本拠地を筑後市に立地するという基本協定を締結。土地は20年間の無償貸与、さらに開業後からの3年間は、ファーム施設にかかる固定資産税に相当する額を「スポーツ施設誘致条例」で交付するという条例も制定した。
これは、球団がいったん、固定資産税に相当する額を市に払うのだが、市側は球団と締結した「地域包括連携協定」に基づき、球団の地域貢献活動などの取り組みが計画通り行われているかを精査。議会が承認すれば、一度払ったその5千万円相当を返金するのだ。
人口減少に悩む地方の街にとって、その税収入の“放棄”しても、それを上回るメリットがある。例えば、筑後から1軍へ昇格した選手が、ヒーローインタビューで「筑後」のフレーズを使うことがある。2022年も、コロナ禍で柳田悠岐ら主力が離脱した際、ファームから昇格した若手たちがその穴を埋める活躍を見せ、連日お立ち台に立った。
監督の藤本博史は「筑後ホークスや」と称賛。それが、スポーツ紙の見出しとなり、地元テレビ局でも何度となく報道された。知名度向上の効果は、絶大なものがある。
プロスポーツと地域との「ウィンウィン」の関係
筑後市と球団間の「地域包括連携協定」には、球団の育成・選手強化はもちろんだが、地域の活性化、市民へのサービス向上を図るための連携事業として「6項目・32事業」が明記され、その中に「筑後市への住所異動」という事業名がある。
筑後の「若鷹寮」には、原則として高卒選手は5年、大卒、社会人出身選手は2年、寮生活を行うというルールで、それに伴い、新人選手はまず筑後市へ住民票を移すことになる。
当然ながら、選手の納税地となる。さらに異動者が1人でも増えることで、1人あたり数万円という国からの交付税が増える仕組みになっている。5年に一度の国勢調査での人口数に基づき、国は補助金や事業予算の配分を決めるのだ。
地域包括連携協定に基づけば、2022年10月に行われたドラフト会議で指名された支配下、育成のルーキーは計20人。これが、筑後市への転入者となるわけだ。
4軍発足の記者会見に臨席した筑後市長・西田正治は「筑後ホークス、若鷹が活躍してくれて、全国的に筑後の名前が認知され、恩恵を受けた」と感謝を語り、筑後の施設がオープンしてから、初の国勢調査となった2020年度に、人口減で悩む地方の周辺市町村とは対照的に、筑後市はその前回調査までの5年間で488人の人口増。周辺の首長たちからも「ホークスが来たもんね」「街に活気がある」とうらやましがられたという。
プロスポーツと地域との、まさしくウィンウィンの関係を証明している。この充実した環境で、ソフトバンクは3軍制を「4軍」へと拡大するのだ。<後編に続く>
喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ〜産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」(光文社新書)。
デイリー新潮編集部