恥を承知で侍ジャパン入り志願
プロ野球楽天の田中将大投手(34)が3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表メンバーから落選した。かねてツイッターやメディアを通じ、自らが熱望してきた侍ジャパン入り。栗山英樹監督に直接、代表30選手に入っていないことを伝えられたという。MLBからNPBに復帰したここ2年は4勝、9勝と振るわない。元NPB球団監督が「現状のマー君と他の投手の力を比較すると、誰が代表監督でも選出しないのではないか」と語るように、選外とした栗山監督の判断は妥当なものだった。【球人ニキ(たまんちゅにき)/野球ライター】
その一方、元監督は田中の事情をこう指摘する。
「マー君も希望しても当確ではない事態を想定はしていたはず。それでも、SNSを使ってまで代表入りを希望してきた。落選すれば恥をかくことを承知の上で、なりふり構っていないように見えた。マー君なりに考えていたことがあったのだろう」
田中は2021年1月に楽天に復帰した。ヤンキースに所属していた前年は新型コロナウイルス禍でMLBは60試合制に短縮された。2300万ドルだった年俸は試合数に比例した約850万ドルに大幅減。さらにコロナ禍で激化したアジア人差別により、家族の身に危険を感じたこともあったという。
「田中は公私共に先行き不透明な将来への不安に募らせていた。安全な日本で子どもの教育に専念したいとの夫人の思いもあったようだ。復帰なら当然、古巣楽天が最有力となり、ちょうど21年シーズンは東日本大震災から10年の節目だった。同年には開催が1年延期された東京五輪も予定されていた。五輪に選手を派遣しないMLBでプレーしていては出場できない。これらを総合的に考え、21年が日本球界復帰には最善のタイミングだと判断したようだった」(当時のヤンキース担当記者)
しかし、ヤンキース移籍直前の13年に24勝無敗という神懸かり的な成績を残した往時の面影はなかった。来季年俸は復帰時に日本人最高だった9億円から4億7500万円へ、ほぼ半減した(いずれも推定)。
第2先発でも若手投手に見劣り
今回のWBCではダルビッシュ有(パドレス)、大谷翔平(エンゼルス)、山本由伸(オリックス)、佐々木朗希(ロッテ)の4投手の第1先発グループに続く、第2先発グループ入りが検討された。
「現状でマー君の力は(実際に代表入りした)伊藤(大海=日本ハム)、高橋(宏斗=中日)ら第2先発候補と天秤に掛けても劣っていた。救援では使えず、希少性が高い左腕でもない。WBC、五輪での豊富な国際経験を若手に還元できる強みはあるが、その役目はダルが十分に担える。他の強豪国のメジャー選手の情報という点でも、メジャーから2年遠ざかっているため、鈴木(誠也=カブス)ら現役の日本人メジャーリーガーに比べ、アドバンテージに欠ける。たとえマー君がどんな役割でも辞さないと言っていたとしても、栗山監督ら首脳陣には代表に入れる根拠が弱かったということ」(前出の元監督)
予備メンバーに入れば、代表選手がけがなど不測の事態に見舞われた際に招集される可能性はある。しかし、田中ほどの実績がある投手に、臨機応変の調整が求められる予備メンバー入りの実現性は極めて低い。田中は23年シーズンへ向け、宮崎合宿を含めたWBC期間中は楽天でキャンプ、オープン戦をこなし、あと10勝に迫った日米通算200勝へ調整することになりそうだ。
WBC選出ならシーズンで好成績のジンクス
今の田中では、2桁勝利は確定的ではないにしても、今季中の大台到達は十分にあり得る。本人も200勝を通過点と捉えている。
「マー君は過去、WBCに出場した2シーズンで09年は当時キャリアハイの15勝、そして13年はあの伝説の24勝。WBC代表になれば、レギュラーシーズンで好成績を残すというジンクスがあった。WBC出場が負担となり、シーズンで成績を落とす選手は少なくないのだが、田中は逆にシーズンでは調子を上げた。今回は選ばれたとしても主力ではなく、負担が大きすぎるということはなかった。験を担ぐ意味でも出場したかった気持ちは分かる」(同前)
しかし、田中のWBC志願は験担ぎだけが理由ではなかったようだ。米大手マネジメント会社代理人が明かす。
「田中は昨季までの楽天との2年契約でも1年目終了後に破棄し、メジャーに復帰できる内容になっていた。実現はしなかったが、このオフも海外フリーエージェント(FA)権を行使するかどうかを検討した。ヤンキース時代に見せたポストシーズンでの勝負強さはいまだにメジャーで強い印象が残っており、本人にもメジャー復帰への思いが消えていない。ただ、FA宣言の期限までには条件面で思うような感触が得られなかった。そこでもう1年は日本でプレーし、200勝を達成した後に来季、再びメジャーを目指す青写真を描いたようだ。そのために今回のWBCに出て、メジャーの一線級の打者相手に、健在ぶりを示したかったのではないか」
ショーケースでの陳列機会を損失
MLBではこのオフ、高齢投手でも巨額の契約を結ぶトレンドが生まれている。39歳でメッツと2年総額8670万ドル(約119億円)で契約したジャスティン・バーランダー、35歳でレンジャーズと5年総額1億8500万ドル(約248億円)で契約したジェイコブ・デグロム、今オフにFAとなる36歳のダルビッシュもこの流れに乗りそうだ。
「ダルより年少のマー君なら力さえ示せれば、好条件での契約を見込める。今回のWBCは山本、佐々木らメジャー予備軍の若手だけではなく、マー君にとっても“ショーケース”にしたいはずだったのだが……。その棚に並べられる機会を失ってしまった」(同代理人)
WBCのマウンド上での勇姿でMLBのスカウト陣にアピールし、WBC出場と「正」の相関関係にあるシーズンで好成績を残す。そしてオフにはMLBに再挑戦――。目算が狂った中で開幕を迎える今シーズンはキャリアでも正念場となりそうで、“神の子”は持ち前の勝負強さの真価が問われることになりそうだ。
デイリー新潮編集部