3月2日、ワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)の決勝戦で、日本はアメリカを3対2で破って世界一に輝いた。これまでWBCは5回開催され、日本は優勝3回、3位2回と好成績を収めている。だがその分、試合後の“反動”も大きいようだ。(一部、敬称略、所属チームは当時のものを含む)。

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 WBCが終了すると、スポーツ紙などで必ず「WBC後遺症」を巡る記事が掲載されるのをご存知だろうか。

 例えば2017年に開かれた前回のWBC、日本代表の監督は小久保裕紀(51)が務めた。改めて振り返ってみると、そもそも不参加となった選手の多さに驚かされる。

 カブスの上原浩治(47)、レンジャーズのダルビッシュ有(36)、ドジャースの前田健太(34)の3人は、所属チームが参加を許可しなかった。

 マーリンズの田澤純一(36)とヤンキースの田中将大(34)はチーム優先。日本ハムの中島卓也(32)は疲労の蓄積、ソフトバンクの今宮健太(31)は手術明けを理由に、選出前に辞退した。

 楽天の嶋基宏(38)と北海道日本ハムの大谷翔平(28)は日本代表に選出されたが、負傷が原因で辞退した。

 2009年のWBCでは原辰徳(64)が監督を務め、選考前に中日が全選手の辞退を表明した。北京五輪に出場した選手にケガ人が続出、《後遺症が大きかった》のが理由だった。

 どれほどWBCによる“後遺症”が心配されていたのか、如実に浮かび上がる。

 実のところ侍ジャパンは“ベストの中のベストメンバー”ではないことが多いのだが、それでも常に底力を見せつけきた。

深刻な後遺症

 2017年のWBCでも予選を勝ち抜き、準決勝でアメリカと対戦。2−1で惜敗した。

 そしてWBCが終わると、間髪入れずシーズンが開幕した。2017年は敗北から10日後の3月21日、セ・リーグとパ・リーグが同時開幕。日本シリーズはソフトバンクと横浜DeNAの対戦となり、ソフトバンクが日本一に輝いた。

 シーズン後半の10月4日、産経新聞が「【プロ野球】侍Jのトラ藤浪、ツバメ山田ら『WBC後遺症』で沈む」との記事を配信した。

《今季のプロ野球は昨季まで各チームを支えた主力選手が不振に陥る事態が起きた。共通するのは、リーグ開幕前に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表選手だったという点。投手は阪神の藤浪やロッテの石川ら、野手ではヤクルトの山田や日本ハムの中田らが不調に苦しんだ。使用球の違いや調整法の狂いなどで生じた「WBC後遺症」が個人成績だけでなく、所属するチーム成績にも大きな影響をもたらしたといえる》

 記事で名前の出た選手の成績を確認してみよう。

 阪神の藤浪晋太郎(28)は開幕前からWBCの影響による調整不足が指摘されていたが、シーズンが始まると36四死球を出す乱調で、5月27日に登録抹消となった。

 ロッテの石川歩(34)もシーズンが始まると3敗、防御率7・62と全く振るわず、やはり4月18日に二軍落ちとなった。

ロッテは低迷

 ヤクルトの山田哲人(30)は2015年、16年とトリプルスリーを達成し、17年のWBCも打率2割9分6厘、2本塁打、5打点と大活躍。だがシーズンは不調が続き、打率2割4分7厘、24本塁打、14盗塁と3年連続のトリプルスリーは逃してしまった。

 日本ハムの中田翔(33)もWBCでは5番打者として、3本塁打8打点と気を吐いた。ところがシーズンが開幕すると極度の不振に陥り、打率2割1分6厘、16本塁打、67打点とレギュラー定着後、自身の最低記録となった。担当記者が言う。

「チーム全体がWBC後遺症に悩まされたと話題になったのがロッテです。2005年には日本一に輝き、2006年の第1回WBCには8人が日本代表に選ばれました。WBCでも世界一となりましたが、シーズンが始まるとチームは低迷。セ・パ交流戦では優勝するなど立ち直るかと思われましたが、最終順位は4位とBクラスでした」

 立て直しには成功したが、かなりのダメージを被ったのがイチロー(49)だ。2009年のWBC決勝戦では、延長10回に劇的なタイムリーヒットを放ち、その映像は今もテレビ番組などで紹介されている。

バーンアウト

 だが、シーズンが始まると極度の疲労から体調不良に陥った。4月3日に精密検査を受けた結果、胃に出血性の潰瘍が認められ、自身初の故障者リスト入りとなった。ただし復帰後は好調で、最終的には9年連続200安打を達成したシーズンだった。

「なぜ後遺症が残るのか、スポーツ紙などでは、様々な理由が紹介されています。まず投手の場合は、“過剰適応”が挙げられています。WBC使用球とアメリカのマウンドに慣れすぎてしまい、日本でのピッチング勘が狂ったと証言した投手は少なくありません。打者の場合は疲労です。通常なら3月はオープン戦で調整している段階です。しかしWBCが開催されると、3月でも体調をトップギアに入れなければなりません。体にかかる負担は相当なものでしょう」(同・記者)

 野球解説者の広澤克実氏は「メンタルに及ぼす影響も大きいと思います。野球に限らず、あらゆるスポーツでは“バーンアウト”が指摘されています」と言う。

スケジュールへの悪影響

 厚生労働省のホームページはバーンアウトを《それまでひとつの物事に没頭していた人が、心身の極度の疲労により燃え尽きたように意欲を失い、社会に適応できなくなること》、《日本語では「燃え尽き症候群」とも呼ばれます》と説明している。

「オリンピックでもメダルを取った選手がバーンアウトでモチベーションを失い、その後の成績が低迷することは珍しくありません。昭和のプロ野球では、セリーグの巨人戦の後、負けが込んでしまうチームがありました。巨人戦はテレビ中継されるため注目度が高く、チーム一丸となって対戦します。3連勝や勝ち越しを収めて成果を得ると、次の試合で意欲が低下してしまうのです」(同・広澤氏)

 プロ野球で最もよく起こるバーンアウトが、日本一に輝いた翌年のシーズンだという。だが、その対応は決して難しいものではないそうだ。

「翌年の1月や2月は練習に身が入らないものです。ただし、オープン戦で徐々に心身をフィットさせ、開幕戦にピークを迎えられるように調整します。それでも序盤は緊張のあまり本調子ではないこともあります。試合に出続け、微調整を重ねることで復調を果たすのです。ところがWBCに出場すると、こうしたスケジュールが全く狂ってしまいますから、選手は大変だと思います」(同・広澤氏)

20代と30代の差

 WBCほどの大舞台になると、試合に起用されなかった選手でも悪影響が出て不思議はないという。

「ベンチにいるだけで、襲いかかる緊張感もかなりのものでしょうし、試合の展開に応じてアドレナリンも出まくります。バーンアウトは医学的にも事実だと証明されています。WBCの選手登録数は30人。そのうちの数人に症状が出たとしても、当然だと言えるのではないでしょうか」(同・広澤氏)

 2022年シーズン、日本のプロ野球では各チームが年間143試合を戦った。これだけでも大変な数字だが、大リーグは年間162試合に加え、ポストシーズンに進めば最大22試合が行われる。

 ダルビッシュや大谷、レッドソックスの吉田正尚(29)、ラーズ・ヌートバー(25)の体にかかる負担は大丈夫なのだろうか?

「サッカーやテニスといった走りっぱなしのスポーツに比べると、野球の運動量はそれほど多くはありません。ただし、練習は非常にハードです。いわばプロ野球選手は体力が過剰な状態でシーズンに臨んでいるわけです。特に昭和のプロ野球は猛特訓が日常でしたから、試合が終わっても余力がありました。夜遊びをしてしまう選手が少なくなかった原因です。今の選手でも、20代なら一晩寝れば余裕で回復できると思います」(同・広澤氏)

 その一方で、ダルビッシュは今年の8月で37歳になる。プロ野球選手としては、かなりの“ベテラン”だと言っていい。

「普通の人でも、40代なら徹夜仕事が平気でも、50代になると無理というケースは多いと思います。同じことが30代のプロ野球選手に起きるのです。20代なら一晩寝れば取れる疲れも、30代の選手は蓄積していきます。ダルビッシュが今シーズン、どれだけの成績を残せるのか、ファンならずとも要注目ではないでしょうか」(同・広澤氏)

デイリー新潮編集部