個人消費は息切れ感が鮮明

 インフレへの根強い懸念が、ジョー・バイデン米大統領の11月の再選への障害となる状況が続いている。

 4月の消費者物価指数(CPI)は前年比3.4%上昇と、伸び率は3ヵ月ぶりに前月から鈍化したものの、物価の水準は高いままだ。

 ジャネット・イエレン米財務長官は英紙フィナンシャルタイムズが5月24日に報じたインタビューで人々が「実質的な生活費の増加を痛感している」ことを認め、「特に食料品価格の高騰が顕著だ。住宅ローンが上がれば、家を買いたいと思っている若い人々が市場に参入するのは厳しくなる」と懸念を示した。

 インフレにもかかわらず、米国の個人消費は堅調に推移してきたが、ここに来て息切れ感が鮮明になっている。4月の小売売上高は市場予想が前月比0.4%増だったものの、予想外の横ばいとなった。

 米国の家計が新型コロナのパンデミック期に積み上げた余剰貯蓄(実際の貯蓄とパンデミック前のトレンドの差)がついに枯渇してしまったことが主な要因だろう。

 米サンフランシスコ連銀は5月3日「今年3月時点でパンデミック期の余剰貯蓄がマイナスに転じた」との見解を示した。2021年8月までに2兆1000億ドル(約330兆円)にまで膨れ上がった余剰貯蓄はその後、取り崩され続け、今年3月に720億ドルのマイナスに転じたと分析している(5月7日付ブルームバーグ)。

 今年第1四半期に新たにクレジットカードの支払いを延滞した割合は8.93%と13年ぶりの高水準だった。この傾向は低所得者層で顕著だ。

小売りの現場ではデフレ競争開始

 統計ではインフレが続いているが、小売りの現場にデフレの波が押し寄せてきている。

 小売り大手ターゲットの2〜4月期決算は減収減益となった。同社は食品や家庭用雑貨などの値下げを開始していたが、客足の減少に歯止めがかからず、「集客効果が上がる」との期待は空振りに終わった形だ(5月23日付日本経済新聞)。

 ハンバーガーチェーン大手のマクドナルドが通常の半値となる5ドルのセットを投入する方針を打ち出すと、同業のウェンディーズが3ドルの朝食メニューで対抗するなど、デフレ競争が始まっている。「100円バーガー」や「牛丼値下げバトル」が話題を呼んだ日本のデフレ期を彷彿とさせる光景だ。

 ダラー・ゼネラルなどの「1ドルショップ」も各地で急激に店舗を増やしている。安売り店については「低所得層のライフライン(命綱)の役割を担っている」と評価する声がある一方、当局は「万引きなど犯罪の温床になっている」として問題視している(5月3日付ロイター)。

高齢化と格差の問題は一層深刻に

「宵越しの金は持たない」とばかりにカネを使い続けてきた米国人だったが、懐事情が厳しくなる中、将来への不安が急速に広がっている感がある。

 投資・貯蓄アプリ大手エイコーンズが5月上旬に発表した調査によれば、Z世代の29%、ミレニアル世代の32%が「自分が将来ホームレスになってしまうのではないか心配だ」と回答している。ベビーブーム世代の回答割合(11%)の約3倍だ。米国の昨年1月時点のホームレスは前年比12%増の約65万人だ。若者の約4割は人工知能(AI)の台頭を不安材料に挙げている。

 ミドル世代は老後の資金不足を心配している。

 米生命保険大手ノースウェスタン・ミューチュアルが4月下旬に発表した調査結果によれば、X世代(43〜58歳)の42%が「寿命よりも先に貯金が尽きる恐れがある」と回答した。世界最大の高齢者団体 AARPによれば、生涯にわたって働き続ける意向を示す米国人の割合は25%以上に上昇しているという。

 社会保障の資金不足を補うための富裕層への課税案を、米大統領選の激戦 7州では有権者の77%が支持していることも明らかになっている(4月24日付ブルームバーグ)。

 米国でも高齢化が進んでおり、格差の問題は今後一層深刻になるのは確実だ。進化人類学者のピーター・ターチン氏は「米国社会は長期の不安定期に入った」とかねてから指摘しているが、その理由として挙げているのは「1970年代以降、富が貧困層から富裕層に流れるようになった」ことだ(5月6日付クーリエ・ジャポン)。

「米国で新たな内戦が起こりうる」は41%

 11月の大統領選が政情不安の引き金となるとの警戒感も高まっている。

 ゴールドマンサックスは「大統領選の結果の確定が長引くリスクがある」と指摘(5月10日付ブルームバーグ)し、さらに、ロイターが実施した最新の世論調査では有権者の68%が「過激主義者たちが選挙結果に不満を持った場合、前回のように暴力に訴える」と回答している。

 トランプ前大統領の熱狂的な支持者は、社会の現状に大きな不満を募らせている。彼らはトランプ氏のことを「神に選ばれし者」とあがめており(5月8日付西日本新聞)、彼が再び敗戦の憂き目に遭えば、黙って引き下がるとは到底思えない。

 米世論調査企業ラスムッセンが4月下旬に実施した調査によれば、41%が「2029年までに米国で新たな内戦が起こりうる」と考えており、このうち16%は「非常にあり得る」と認識しているという。

 第2次南北戦争の勃発をテーマとした「CIVIL WAR(内戦)」が4月12日に米国で公開され、2週連続第1位のヒットを記録した(日本での公開は10月4日から)。

 黙示録的な映画が現実にならないことを祈るばかりだ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部