憲政史上初の「裁判官弾劾カード」

「罪を犯しても処罰されない階級」――。文在寅(ムン・ジェイン)政権4年目の韓国で存在感を増している言葉だ。大統領の周辺や側近で不正疑惑に巻き込まれた人物がいたとしても、その後、誰一人として処罰されていない状況を指している。実際に処罰を試みた尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長は大統領府と与党、そして法務部の集中砲火を浴び、「職務中止」の懲戒を受けた。一方、尹氏が起訴した大統領府や政権に近い容疑者の追起訴を引き伸ばしているソウル中央地検長は、次期検事総長の候補に挙げられている。就任時から進めてきた検察ウルトラ改革が効果を発揮しつつあるようだ。

 文在寅大統領は就任直後の2017年5月、主要な課題の一つに過去の政権から積みあげられた政治や経済関連の弊害を清算する「積弊清算」を掲げ、朴槿恵(パク・クネ)前政権に絡む各種疑惑の全面捜査に取り組んだ。

 文大統領としては検察の捜査を後押ししてきたはずだったが、2019年の「曹国(チョ・グク)事件」でその姿勢はあっけなく覆された。

 文大統領は各種の不正疑惑が提起されていた曹国を法務長官に任命、「捜査を見逃した」という議論が巻き起こった。

 ほかにも「大統領府による蔚山市長地方選挙介入事件」「大統領府の特別監察班の不正疑惑」など、告発が相次いだが、捜査を担当した検察官は左遷され、指揮した尹錫悦は先に触れたように懲戒処分を受けた。

 裁判所が親・文大統領に有罪判決を下すと、憲政史上初の「裁判官弾劾カード」が切られた。文在寅の手足となる人物は罪を犯しても処罰されず、法治主義に反する特権集団が形成されたことになる。

捜査介入やりたい放題

 就任時、朴前大統領を弾劾に追い込んだ「ろうそく集会の精神」を語って、民主主義の擁護を誓った文在寅政権は、いまや反民主主義・独裁政治の象徴となっていると言っても過言ではない。

 曹国の後継となった秋美愛前法務長官については、文大統領の忠実なしもべとして捜査介入を派手に行った。

 まず、「ライム・オプティマスファンド詐欺事件」を捜査していたチームを解体。事件は約2兆1千億ウォン(約2000億円)の投資家損失が出た金融疑獄で、大統領府や国会議員らが関与した疑いがもたれている。

 李洛淵(イ・ナギョン)共に民主党代表、李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事、姜琪正(カン・ギジョン)前大統領府政務首席など、次期大統領候補とされる与党有力者の名が挙がり、野党は「権力型不正」と主張したが、秋前長官が捜査班を解体してしまっては追及のしようがなかった。

 加えて秋前長官は、民主党の尹美香(ユン・ミヒャン)議員が理事長を務める慰安婦運動団体の寄付金の横領や故・朴元淳(パク・ウォンスン)前ソウル市長、秋前長官の息子の兵役休暇特恵疑惑など、捜査を指揮した検事らを異動させている。

 さらに秋長官は2020年2月に、国会法制司法委員会が要求した「大統領府蔚山市長選挙介入疑惑」に関する検察の公訴状の公開を断るなど、政府と与党に絡む捜査を見逃し続け、他方、尹前総長には「私の指示を踏み倒した」「言うことを聞かない総長」などと露骨に批判を繰り返したのだった。

超法規的存在が登場

 文政権は2019年12月31日、政府高官らの不正を捜査する「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」設置法を国会で通過させ、これで「検警捜査権調整」と合わせて、政権が公約に掲げた検察改革の2つの軸が実現したことになる。

 1954年の刑事訴訟法制定以来、65年間続いてきた検察起訴独占主義の崩壊に、検察は「公捜処」は屋上屋を架す制度であり、また検事だけが令状を請求すると定めた憲法に合わないなどと強く反対した。

 公捜処の捜査範囲は過度に広いものを想定しており、乱用が危惧される一方、高位公職者の犯罪容疑の隠蔽に悪用される可能性を指摘する声もある。

 公捜処のトップは大統領が任命し、大統領府の指示で高位公職者への捜査の可否が決まる。要するに大統領の手先が政府高官の疑惑を捜査することになり、権力の不正が隠ぺいされる可能性が高まったのだ。

 韓国検察はかねて「政治検察」と呼ばれてきた。

 新政権が発足すると前政権の大統領や高級官僚を捜査して新政権側に立ち、レームダックの兆しが現れると現政権の中枢を捜査して末路に導く役割を果たしてきたのだ。

 機を見るに敏とは言わないまでも検察のこういった習性を熟知していた文政権は、「検察改革」の美名のもと、前政権の不正を一掃する一方、自身に対する捜査は「公捜処設置」と「検警捜査権調整」で防御する体制を整えた。

 支持率30%台のレームダックとなった現在でも、文政権に関わる各種不正疑惑に捜査の進捗が見られないのは、文政権が法務部と最高検察庁、さらには司法部も完全に掌握したからに他ならない。

 弁護士出身で、検察権力と対立してきた文大統領いつ、どこで変節したのだろうか。

 2011年に出版した共著『検察を考える』では政検癒着を批判しているし、「歴代政権で権力型不正が絶えないのは、検察が政権の顔色をうかがっているためだ。権力が人事を通して検察を後押しする」などと語ったこともあった。

 文大統領に服従を誓う者たちは法治主義に反して擁護される。いわば、憲法と法原則の上に君臨する“超法規的存在”になった。民主共和制を採用したはずの韓国が、封建時代の身分制・階級制国家に退行してしまったのだ。

キム・サラン
1987年生まれ。韓国の大学院で言論学と国際政治学の修士号を取得。2013年からメディア企業に勤務。現在はフリーランスとして、日韓問題、韓国政治などについて執筆活動を行う。

デイリー新潮取材班編集

2021年4月14日 掲載