バイデン米大統領は就任後、矢継ぎ早に政策を実施している。

 4月29日にロイターが公表した世論調査によれば、富裕層増税や最低賃金引き上げを含めたバイデン大統領による富の再分配提案について、米国民の過半数が支持していることがわかった。バイデン大統領が施政方針演説で、レーガン大統領が約40年前に提唱した「トリクルダウン(企業や富裕層に減税などを実施すれば、富める者が富んで貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなる)効果」を「米国でこれまで一度もうまくいっていない」と批判したことについても、全体の過半数が同意した。共和党員の4割もバイデン大統領の主張を認めている。

 5月2日に米ABCが発表した世論調査では、米国民の64%が「今後1年間の国の方向性について楽観的である」と回答したが、この数字は過去15年間で最も高い。コロナ禍から経済が急速に回復していることを背景に前向きなムードが広まっている一方、米国民の48%が「バイデン大統領の就任以降に国の一体感は高まっていない」と回答した。28%の国民は「分裂が進んだ」と捉えている。

 分断が進んでいるとする理由の一つに、新型コロナウイルスワクチンの接種が挙げられる。バイデン大統領は7月4日の独立記念日までに成人の7割のワクチン接種を完了し、「国の独立にコロナ禍からの独立を合わせよう」と呼びかけているが、米国のワクチン接種のペースは4月中旬の1日320万回をピークに鈍化している。

 バイデン大統領の目標実現に立ちはだかるのは、トランプ前大統領の支持者である。

 米公共ラジオ(NPR)などが4月下旬に公表した世論調査によれば、トランプ前大統領の支持者の50%が「接種しない」と回答した。ワクチン接種を巡って、トランプ支持者vs.反トランプ支持者の対立構図が再び出来つつあり、政府がワクチン接種の圧力を高めれば高めるほどかえってワクチン離れが進んでしまうジレンマが生じている。

 トランプ支持者の多くは、米国の支配的な価値観である「個人の自由」の信奉者である。ワクチン接種をするか否かは個人の自由だというわけだが、米国では「ワクチンは自閉症を引き起こす」などの陰謀論が蔓延している。

 反ワクチン派が生まれたのは1990年代後半であり、インターネットの利用規模が飛躍的に拡大した時期と重なっている。「グーグルが最初に行った業績の1つがワクチンについての虚報をまき散らすことだった」との指摘があるが、米国でワクチン接種をはじめ各種の陰謀論がはびこっているのは、インターネットのせいばかりではない。

成り立ちからして「幻想」の米国

「米国は建国からトランプ大統領の出現に至るまで、狂信者によってあらゆる幻想が生み出され、その幻想によって米国は創られている」

 このように指摘するのは、『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』(東洋経済新報社)の著者、カート・アンダーセン氏である。

 もともと米国は、「膨大な量の黄金が眠っている」という幻想に取りつかれ、一獲千金を夢見た英国人によって開拓された国である。「国を最初から創り上げた」いう自負心のせいで、米国では「『真実』や『現実』そのものを自分たちの力で創作できる」という信条が根付いているという。1800年代までの米国は、誰もが自分のやりたいことをやり、自分の町を自由につくることができる状況だった。このような歴史的な経験から、「米国の個人主義は『私は何をやってもいい。誰かの言うことを聞かなくてもいい』という極端な考えである」とアンダーセン氏は指摘する。

 現在の米国ではこの個人主義の暴走が手に負えない状態になったと言っても過言ではないが、これに拍車をかけたのがトランプ前大統領だろう。「自分の信じた『正義』や『真実』に猛進する権利がある」と一度思い込んでしまうと、この価値観から脱するのは容易なことではない。

 アンダーセン氏は現在の共和党について「『幻想党』になりはて、『信者』 から票を集めて民主党との覇権争いに精を出しているにすぎない」と手厳しい(「Voice」2021年6月号)が、共和党が現在精力的に進めているのは投票権の制限である。

 共和党が多数を占めるジョージア州議会は郵便投票の規制などを柱にする新法を3月下旬に成立させた。共和党が投票制限の動きを加速させたのは2020年大統領選での敗北がある。トランプ前大統領をはじめ共和党は「郵便投票が不正投票につながる」と主張してきた。5月2日にCNNが公表した世論調査によれば、共和党支持者の87%が「現在の選挙制度は、規制が甘く、不正投票を防げない」と回答している。

 フロリダ州も6日、郵便投票を制限する新法を成立させた。類似の条項を含む法案は全米47の州議会で361本提出されている(5月1日付日本経済新聞)。

 一方、民主党はこうした動きは「民主主義への前例なき攻撃」とみなしており、投票権の保護を目指す新たな連邦法案を3月下旬に下院で可決した。前述のCNN調査によれば、民主党支持者の76%が「現在の投票制度は規制が多すぎる」と回答している。

 民主主義制度の根幹である選挙制度に関して共和・民主両党が激しく対立していることから、「2022年の中間選挙で暴動が起きる」との警告が出ている(4月29日付ZeroHedge)。

 ファンタジーランドとして誕生した米国は過去1世紀半の間、世界で最も革新的な国であり続け、それが国力と影響力の源泉となってきたが、米国民の多くが共有できる将来像を描くことができず分断が進めば、今後衰退してしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

デイリー新潮取材班編集

2021年5月17日 掲載