中国で新型コロナウイルスワクチンの接種が猛烈な勢いで進んでいる。

 中国政府は「7月22日までの接種が15億761万回に達した」と発表した。中国政府は6月から接種の対象を「3歳から17歳までの青少年」に拡大し、これにより「集団免疫国家」に近づいたとしているが、周辺国からの帰国者の感染事例が後を絶たない。

 中国の王毅外相は7月上旬、新型コロナウイルスと戦う「免疫の長城」の構築を国際社会に呼びかけた。中国政府は外交戦略の武器として世界各国に中国製ワクチンを提供し、その数は約5億回分に達しているが、その重点地域は中国との人の往来が多い東南アジアである。

 しかし東南アジア地域で中国シノバック製ワクチンの評判は悪くなる一方である。

 世界で最も感染が深刻な状況となっているインドネシアでは、シノバック製ワクチン接種後に新型コロナウイルスに感染した医療関係者数は350人以上に上ったことなどから、「シノバック製ワクチンは『水ワクチン』だ」とする論調が高まり、医療従事者に対して米モデルナ製ワクチンの追加接種を行うようになっている。

 タイでも同様の事態となっている。シノバック製ワクチン接種を完了した医療従事者600人以上が新型コロナウイルスに感染したことから、政府は米ファイザー製ワクチンの追加接種を決定した。

 シンガポール政府も7月上旬「シノバック製ワクチンを接種回数から除外した」と発表した。シンガポールではワクチン接種者は集会に参加する際の検査を免除されているが、シノバック製ワクチン接種者に対しては検査を再度義務づける決定を行っている。

 急増するインド由来のデルタ株への有効性を裏付けるデータが公開されていないことも災いして、東南アジア諸国は軒並み中国依存のワクチン政策を見直す動きを示すようになっている。

 世界保健機関(WHO)は「一般的な冷蔵庫で保管できる」メリットに着目してシノバック製ワクチンの緊急使用の許可を出したが、シノバック製ワクチンの感染防止の有効性は50%程度とWHOが定めた最低水準にとどまっている(米ファイザー製などのワクチンの有効性は90%以上)。

 その有効性の低さはシノバック製ワクチンが「不活化ワクチン」であることに起因する。熱やアンモニアなどで不活化した(殺した)ウイルスを体内に投与して抗体をつくるというものであり、インフルエンザワクチンなどで使われている伝統的な手法である。しかしインフルエンザウイルスに比べて増殖の速度が遅いコロナウイルス用のワクチンをこのやり方でつくろうとすると体内で抗体ができにくいことがSARS用のワクチン開発の経験からわかっていた。

 香港大学が7月に発表した調査結果によれば、米ファイザー製ワクチンを接種した人の抗体レベルはシノバック製に比べて著しく高いことはわかったという。米ファイザー製ワクチンを2回接種した際の中和抗体値の平均が269であるのに対し、シノバック製ワクチンの中和抗体値は27である。1回接種した際の中和抗体値を比較すると、ファイザー製が49であるのに対し、シノバック製は7である。シノバック製の2回接種後の中和抗体値(27)がファイザー製1回分(49)よりも少ない事実には驚きを禁じ得ない。

 ファイザー製ワクチンの有効性は数年間続くことがわかっているが、タイの学術機関の研究によれば、シノバックワクチン接種後、40日毎に中和抗体値が50%ずつ低下することがわかったという。

「中和抗体のレベルが極端に低い上に持続期間が極端に短い」というのが事実であれば、「水ワクチン」と言われても仕方がないのかもしれない。

 ワクチン接種が進むにつれて、マスク着用や社会的距離確保の方針が緩和されている欧米諸国とは対照的に、中国国内の移動制限措置などはいまだに厳格なままである。インド由来の変異株(デルタ)の感染者が発見されるたびに大規模なPCR検査が実施されるなどの状況を見るにつけ、「中国政府自身も自国製ワクチンの有効性を信じていないのではないか」と思いたくもなる。

 中国の疾病対策当局は4月「中国製ワクチンの効果は小さい」との見方を示したが、その直後にこの発言は撤回された。7月に入り「中国における感染症の権威がワクチンは3回打たないと効果がないことを認めた」との噂が広まっているが、3回目のワクチンは中国製ワクチンではない可能性がある。

 中国製ワクチンの不出来で「免疫の長城」構築に失敗した中国にとっての悩みの種はミャンマーの情勢である。ミャンマーと国境を接する雲南省(ワクチンの2回接種率はほぼ100%)で感染者が急増しているが、感染源はミャンマーから帰国した中国人である。感染力が強いデルタ型変異株が中心であり、中国の新型コロナウイルスの新規感染者は今年1月以来最多となっている。

 医療従事者の多くが国軍のクーデターに抗議したことで医療制度が麻痺していることから、ミャンマーでは6月以降、新型コロナウイルス感染者が急増している。

 自国への感染者流入を防ぐため、中国は国軍とともに中国国境付近で活動する少数民族武装勢力に対してもワクチンを提供する(7月25日付AFP)などの対応に迫られている。事態がさらに悪化すれば、中国がミャンマーへの介入の度を強める可能性があるが、そうなればミャンマーを巡る国際情勢は一気に流動化することになるだろう。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月2日 掲載