不動産セクターは中国経済の4分の1

 9月20日、中国恒大集団の経営破綻への懸念で世界の株式市場は同時安となった。

 3050億ドル(約33兆7000億円)の負債を抱える恒大集団は、香港市場に株式を上場する中国第2位の不動産開発会社だ。昨年の売上高は約12兆3000億円、日本最大手の三井不動産の年商の6.5倍に匹敵する。

 この巨大企業が苦境に陥った理由は、中国政府が昨年8月に打ち出した不動産融資制限政策にある。恒大集団は銀行やノンバンクなど100社以上と取引があったが、金融引き締め政策のせいで資金の確保が困難となってしまった。

 恒大集団の今後は不明だが、中国の不動産開発業界が改革開放以来、最大の危機を迎えることは間違いない。昨年だけで500社以上の不動産開発企業が倒産しており、恒大集団のように財務内容が良くない大手・中堅の不動産開発会社は60近くもあるという。中国経済の4分の1を占める不動産セクターが機能不全になれば、中国経済が急減速する可能性は高い。

 世界を牽引する存在になった中国経済に異変が生じたため、最近ニューヨーク市場の関係者の間で、「リーマン・モーメント」という言葉が語られることが多くなった。長らく続いてきた金融市場の力学が崩れる局面を指す言葉だが、もちろん、念頭にあるのは2008年9月に起きたリーマン・ショックだ。

「中国特有のもの」

 21世紀初頭の米国では、リスクの高い住宅融資(サブプライム・ローン)による不動産バブルが生じていた。サブプライム関連債権が複雑に組み込まれた金融商品が世界中で売り買いされていたが、米国の不動産市場がいったん不調になると、投資家たちは手元にある金融商品の投げ売りを始めた。そのあおりを受けたリーマン・ブラザーズが破綻(負債総額は約6000億ドルと世界最大だった)すると、さらなる「パニック売り」が生じ、世界規模の金融危機にまで発展してしまった。

 思い起こせば、2007年後半、「サブプライム・ローンの規模は大きくない。いざとなれば金融緩和で対応できる」といった楽観論が広がっていた。

 負債規模が巨額な恒大集団が破綻したとしても、リーマン・ブラザーズの時のような大混乱を直ちにもたらす可能性は低いだろう。だが将来の金融危機を引き起こす導火線に火を付けてしまう恐れがある。

 米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は22日、「恒大集団の状況は非常に中国特有のもの」としながらも「世界の金融環境に影響を与える可能性がある」と述べた。

ジャンク債バブルの崩壊は?

 筆者が懸念するのは「リーマン・ショック以降、米国をはじめ世界で急増したジャンク債(格付けの低い社債)バブルの崩壊が起きる」ことだ。

 巨額の債務を抱える恒大集団が発行しているジャンク債の残高は266億ドル(約3兆円)、米ドル建てジャンク債は195億ドル(約2兆1500億円)に過ぎない。資産運用世界最大手のブラックロックや英国のアシュモア・ファンドなどが保有している程度だ。

 だが9月中旬、米国の市場関係者は中国のジャンク債の流通利回りが、11年ぶりの高水準になったことに懸念を抱いていた(9月17日付ZeroHedge)。

 中国ではこのところ米ドル建て社債市場が急成長している。総額4250億ドル(約47兆円)のうち、ジャンク債は1030億ドル(約11兆4000億円)、それぞれ米国に次ぐ世界第2位の規模だ。

 米ドル建てジャンク社債の利回りが、中国政府による特定業界への締め付け強化のせいで急上昇していた矢先に、恒大集団の破綻懸念がこれに輪をかけたことから、「米国のジャンク債市場にも悪影響が飛び火する」との警戒感が高まった。「ジャンク債の利回り上昇懸念が20日の世界同時株安を招いた一因だ」とする見方もある。

「炭鉱のカナリア」と呼ばれるハイリスク商品

 リーマン・ショック後の金融緩和政策で、米国のジャンク債市場は急拡大した(米国のジャンク市場の規模は約1.6兆ドル)。米国を世界一の原油生産国に復活させたシェール企業の主な資金調達先はジャンク債市場だった。

 ジャンク債市場は近年停滞気味だったが、新型コロナウイルスのパンデミックのおかげで再び活況を呈するようになった。FRBのゼロ金利政策の復活により、高利回りを提供するジャンク債への需要が高まったためだ。FRBが行った新型コロナウイルス対策のうち、社債購入プログラムでジャンク債の一部が買い取り対象となったことも追い風となった。リスク分散の観点からジャンク債は個別ではなく、ETF(上場投資信託)などの形で購入するのが一般的だ。

 足元の状況は「ジャンク債バブル」と言っても過言ではないが、ジャンク債はもともとハイリスク商品であり、「炭鉱のカナリア」と呼ばれている。これは資金回収が困難になるケースが多いことから、経済の見通しが悪くなるとすぐ売られてしまうことに由来する。ジャンク債に対する足元の警戒感は低いが、一朝事あればサブプライム関連商品のように投げ売りされる事態になりかねない。今年5月、FRBは「価格高騰が続くジャンク債などの高リスク資産が世界の金融リスクの中核にある」と警告していた。そのリスクが今回の騒動で顕在化し、ついには世界規模の金融危機に発展する可能性は排除できない。

 リーマン・ショックの場合、米国政府が果断な政策を迅速に実行したおかげで、世界恐慌は回避された。だが次の危機では、世界経済が短期間にV字回復できる保証はない。

 また、リーマン・ショックのときはサブプライム関連商品の保有が少なかった日本の金融機関への影響は軽微だったが、米国をはじめ世界経済への依存が大きい輸出産業がダメージを受け、結果的に日本経済の大幅な景気後退につながってしまった。グローバル化が進んだ現在、金融危機がどこで起きたとしても、日本はその悪影響から逃れることはできないだろう。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月28日 掲載