ウクライナ軍の戦力はさらに充実し、ロシア軍を駆逐する可能性が高い──世界中の軍事専門家が、このように予想している。1月26日、読売、毎日、産経の3紙は、ドイツからの戦車供与を1面トップで報じた。

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【読売】ウクライナ 独戦車80両規模供与 「レオパルト2」保有国で協力 米は「エイブラムス」31両

【毎日】独、主力戦車供与へ 政府発表 ウクライナ支援 米も最終調整

【産経】独、戦車供与を発表 対ウクライナ 他国提供も承認 「12カ国が100両」 米は「エイブラムス」31両

 ちなみに、朝日新聞と日本経済新聞も1面に、東京新聞は2面に記事を掲載した。担当記者が言う。

「2022年2月の侵攻時、ロシア軍は『T−72』や『T−90』といった戦車でウクライナ軍を蹂躙する作戦でした。ところがウクライナ軍は、ドローンや携行型ミサイルなどを活用し、粘り強い抵抗で撃退しました。もともとロシア軍は士気が低かったこともあり、ウクライナ軍の攻撃を受けると戦車を乗り捨てて逃げてしまうケースも目立ちました」

 冷戦時代、ウクライナはワルシャワ条約機構に加盟しており、多くの兵器がソ連製だった。T−72は慣れ親しんだ戦車であり、T−90は自国の軍事工場で製造されていた。

「ウクライナ軍は無傷で乗り捨てられたT−72やT−90を確保したり、自分たちが破壊した戦車も修理したりして東部戦線などに投入し、ロシア軍を撃破しています」(同・記者)

故障の多いロシア戦車

 オランダの軍事サイトORYXは、ウクライナ戦争の戦況を伝える写真をSNSなどで収集し、ロシア軍とウクライナ軍の戦果を分析している。

 1月26日にサイトを閲覧すると、ロシア軍の戦車部隊が受けた被害が以下のように報告されていた。

《ロシア軍の戦車1646両のうち、破壊されたものは967両、損害を受けたものは75両、乗り捨てられたものは59両、鹵獲されたものは545両》

 鹵獲(ろかく)とは「戦場で勝利した部隊が、敗れた敵から兵器などを獲得すること」を意味する。

「少なからぬ戦車が現在も鹵獲されているという戦況は、ウクライナ軍の大善戦とロシア軍の軍律崩壊を象徴していると考えられ、世界中のメディアが詳報を続けてきました。とはいえ、T−72もT−90も結局はロシア製です。実際に使っているウクライナ軍からは『故障が多すぎる』という悲鳴が上がっていました」(同・記者)

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、緒戦時から「NATO(北大西洋条約機構)軍の戦車を供与してほしい」と訴え続けてきた。

「しかし、アメリカを筆頭とするNATO加盟国は慎重でした。ウクライナ軍が勝ちすぎるとロシアが核兵器を使うかもしれない、という懸念があったからです」(同・記者)

戦車の世代

 ところが、今年に入って流れが変わる。1月14日にイギリスは、戦車「チャレンジャー2」を14両、ウクライナに供与すると発表。これに他のNATO加盟国が追随した。

「ドイツも最初、『レオパルト2』を14両、ウクライナに供与すると発表しました。ヨーロッパのNATO加盟国は、2000両以上のレオパルト2を保有しています。ゼレンスキー大統領は『勝利するには300両が必要』と訴えており、複数の加盟国で約100両を供与する方針です」(同・記者)

 アメリカも自国の戦車「エイブラムス」を31両、ウクライナに供与すると発表した。これでウクライナ軍は、イギリスのチャレンジャー2、ドイツのレオパルト2、そしてアメリカのエイブラムスという3種類の戦車を手に入れることになった。

 しかし、ウクライナ軍が切望しているのはレオパルト2であり、チャレンジャー2とエイブラムスは複数の問題を抱えているという。その点に触れる前に、まずは性能を比較しておこう。

 戦車には「世代」がある。1973年に生産が始まったT−72は第2世代、1992年に生産が始まったT−90は第3世代だ。

エイブラムスの欠点

 一方、1993年に生産が始まったチャレンジャー2は第3・5世代。70年代後半から80年代にかけて開発されたレオパルト2とエイブラムスは、当初こそ第3世代だったが、今では改良を加えた第3・5世代が主流だ。

 ロシアも第3・5世代の戦車を保有しているが、ウクライナ戦争には投入されていないようだ。

「ロシアではT−14が第3・5世代です。チャレンジャー2、レオパルト2、エイブラムスの供与が決まったのですから、ロシアは本来ならT−14を戦場に投入する必要があります。ところが、生産量が少ない虎の子の戦車を破壊されたり鹵獲されるのを恐れ、投入できないと見られています」(同・記者)

 世代の違いは決定的だ。これら3種類の戦車は基本性能でT−90を圧倒している。だが、全ての戦車がウクライナの最前線で活躍できるかと言えば、そうでもないという。

「チャレンジャー2とエイブラムスをウクライナの戦車兵が乗りこなすのは簡単ではなく、訓練が必要です。おまけにエイブラムスは、ディーゼルエンジンではなくガスタービンで動きます。世界で最も強い戦車と高く評価されているとはいえ、整備や修理にも特別な技術や資材が必要です。ウクライナ軍が運用できるようになるには、年単位の時間が必要という悲観的な声さえあります」(同・記者)

レオパルト2の長所

 チャレンジャー2は砲弾がNATO軍の標準ではないことが懸念材料の1つと言われている。補給がうまくいくか心配されているのだ。

 こうしたことから、ウクライナ軍にとっては、レオパルト2が最も使いやすいのだという。軍事評論家の菊池征男氏は「ゼレンスキー大統領が切望するのは当然でしょう」と指摘する。

「もちろんレオパルト2も、ウクライナの戦車兵が乗りこなすには訓練が必要です。とはいえ、チャレンジャー2やエイブラムスほどかけ離れた戦車ではありません。レオパルト2にはT−72やT−90と似たところも多く、訓練の期間は短くて済むはずです」

 世界の軍事関係者がレオパルト2を注視している理由の一つに、設計思想があるという。何しろ「打倒T−90」を目的に開発されたのだ。

「1つ目の注目点は、レオパルト2のスピードです。T−90の最高速度は65キロですが、レオパルト2は68キロまで出せます。少しでも早くT−90の射程圏内に入り、砲撃すると全力で後退するという戦術を実現するため、最高速度を上げました」(同・菊池氏)

100両でも充分

 2つ目の注目点は、防御力の強さだ。T−90の攻撃に耐えられるよう研究を重ねてきたという。

「速度の向上は装甲を薄くすれば簡単に実現できますが、レオパルト2は速いスピードと高い防御力の両立という困難な目標に挑み、成功を収めました。機動性を持ちながらT−90の砲弾や対戦車地雷にも耐えられる設計になっているのです」(同・菊池氏)

 レオパルト2がNATO軍の標準的な砲弾を使うことができるのも大きな利点だ。チャレンジャー2と違い、特別の補給路を構築する必要がない。

 ゼレンスキー大統領は300両を要求したが、まずは100両と発表された。台数の不足が気になるが、これも心配には及ばないという。

「もちろん300両あれば完璧でしょう。しかし、レオパルト2の持つ高性能を考えれば、100両でも劇的な戦果を上げられると考えています。まして、ロシア軍は疲弊し、未熟な徴集兵や囚人兵が最前線に投入されています。レオパルト2と歩兵戦闘車を組み合わせたウクライナ軍の猛攻に持ちこたえられるとは思えません」(同・菊池氏)

 NATO側がこれほど強い戦車を供与するということは、同時に核戦争の懸念が減少していることも意味するという。

「残念ながら詳細は分かりませんが、NATO加盟国は『ロシアは核攻撃を行わない』という確証を持っているからこそ、レオパルト2の供与に踏み切ったのは間違いないと言えます」(同・菊池氏)

デイリー新潮編集部