日本同様、韓国でも劇場版「ザ・ファースト・スラムダンク(THE FIRST SLAM DUNK)」が大人気だ。封切りから3週目となる1月25日現在、全国の観客動員数は約159万人(韓国映画振興委員会発表)を記録。この調子なら500万人も難くないといわれる。

 映画レビューの評価も高い。大型フランチャイズ映画館であるロッテシネマとメガボックスのサイトを見ると、観客評価点数は10点満点でそれぞれ9.7点と9.4点。韓国のシネコン最大手のCGVの場合は観覧評価数で評価されるが、100点満点で97点を記録した。

 人気は漫画にも波及。韓国の大型インターネット書店「YES24」の新年初日のベストセラーは「スラムダンク チャンプ」だった。韓国のテレビ局ではかつて韓国語吹替版のスラムダンクを放送したが、韓国語バージョンのオープニング曲を歌った歌手が参加する特別上映では、430席ある座席が前売り開始2時間で売り切れた。

 最近は会社の同僚や友人に会うと、スラムダンクが常に話題になる。会話も「スラムダンク観た?」ではなくて「まだ観てないの?」になる。

「スラムダンク」の観客と重なる文在寅支持層

 映画の観客層は30〜40代に集中している。CGVの集計によると、映画の前売り購入者は30代が39.8%、40代が32.8%で、この年齢層が70%以上を占める。筆者も見に行ったが、観客の半分以上が30〜40代の男性だった。学生だった頃、漫画やテレビを通じてスラムダンクに熱をあげた世代だ。

 韓国ではこの世代が、昨年、退陣した文在寅(ムン・ジェイン)前大統領支持層と重なる。昨年5月、世論調査専門機関「リアルメーター」が文在寅氏の大統領退任直前に国政支持率を実施した。その結果は42%だったが、40代の支持率が圧倒的に高く、なんと60%だった。スラムダンク人気が、そこに亀裂を生んでいるのだ。

バッシングを受けた“反日アナ”

 非難の矛先が向けられているのは、韓国の有名アナウンサー、ペ・ソンジェさんだ。1978年生まれの彼は最近、知人たちと「ザ・ファースト・スラムダンク」を観て記念写真を撮り、SNSにアップした。自身が進行するラジオでも以前、「スラムダンク」の漫画を50回以上読んだほどのファンだと告白していて、映画を観たあとで漫画を読み直したいとも発言したのだ。

 彼は文在寅元大統領の熱烈な支持者としてよく知られている。文氏を支持する有名人とも親交があり、文政権が主催するイベントではよくメイン司会を務めた。また自分の祖父が日本帝国時代の独立運動家だと明らかにしていた。2014年に行われたサッカーのブラジルワールドカップ大会で、旭日旗のペインティングを顔に施した日本人サポーターがテレビの画面に映ると、「戦犯旗を顔に描く心理はなんなのか」「チケット代がもったいない」「アジアではナチスの模様と変わらないのでスタジアムから追い出すべきだ」と発言した。当時このニュースは日本にも伝わった。

 そんなペさんに、保守派のコミュニティが非難を浴びせるのだ。「日本嫌いを自称し、人を諭しておきながら、自身は日本の漫画を観るなんておかしいじゃないか」、「選択的反日にへどが出る」という内容である。

日本に行かない、ユニクロ着ない…

 韓国には「クリアン(CLIEN)」というコミュニティサイトがある。文在寅前大統領が所属する政党「共に民主党」を支持するネットユーザーが主に活動している。文政権時に行われた日本製品の不買運動である「ノージャパン運動」をPRし、いまも参加を求めている。運動の最盛期には、日本旅行に行かず、ユニクロの服を着ず、日本のビールを飲まず、日本車を野球バットで打ち砕くなどの行動もあった。彼らが支持するクリアンには、「ノージャパン運動の実践のため、回転寿司を食べに行ってもアサヒビールの代わりに国産ビールを飲み、スラムダンクではなく他の映画を観た」「ノージャパン運動には『スラムダンク』を観ないことも含まれる」「第2の植民地時代を生きたいのか。『スラムダンク』を観るな」などといった書き込みが溢れる。

 なかには、「ザ・ファースト・スラムダンク」の代わりに韓国映画「英雄」を観て、愛国とノージャパン運動を実践しようと言い出すグループもいる。「英雄」は1909年に伊藤博文を暗殺した朝鮮の安重根(アン・ジュングン)の一代記を描いたミュージカル映画だ。残念ながら1月10日時点の人気ランキングで「ザ・ファースト・スラムダンク」を下回り、ノージャパン運動を叫ぶクリアンのユーザーたちの願いはかなわなかったが。

居直り派も登場

 もっとも、クリアンには、「スラムダンクの大ファンで、山王工業高校との試合を映画で観られて大満足」「娘と一緒に観に行ってきた。とても満足した。カン・ベクホ(桜木花道の韓国語バージョンでの名前)がかわいいと娘がいっていた」などいった書き込みも少なくない。

 約3年前まで文在寅政権を支えノージャパン運動の先頭に立った30〜40代が、スラムダンクのコアファンという皮肉……。映画1本を観ることで、同じ左派の支持者たちから非難を受けないか、顔色をうかがわなければならない状況だ。「ノージャパンは実践するけれどスラムダンクは観る」という居直り派も生まれている。

“中間派”を自称するビジネスマンのPさん(41)はこういう。「私の世代にとって、スラムダンクは楽しい思い出。しかし、その後、ノージャパン運動に夢中になった人々には、若い頃のスラムダンク愛が痛恨のブーメランとなって戻ってきている」

ノ・ミンハ(韓国在住ジャーナリスト)

デイリー新潮編集部