「大庄洞(テジャンドン)事件」と言われても、大半の日本人には「?」だろう。なぜか日本のメディアは大半が報じていないが、韓国で一大疑獄に発展しつつある大事件だ。産経新聞は1月27日の朝刊に「都市開発汚職 韓国政界とメディア癒着 9500万円で記者の口封じ」の記事を掲載した。

 ***

 産経新聞の記事はタイトルからも分かる通り、大庄洞事件で韓国メディアが不透明な金銭を授受していたことに焦点を当てている。

 この稿も、韓国メディアの問題点を詳報するつもりだ。だが、大庄洞事件の全体像について触れないというわけにはいかない。まずは、事件の概要からお伝えしよう。

 大庄洞事件の“主役”は、李在明[イ・ジェミョン]氏(58)だ。韓国の最大野党「共に民主党」の代表で、昨年の大統領選で与党候補だった。

 前任の大統領だった文在寅[ムン・ジェイン]氏(70)の“後継者”として注目を集めたものの、尹錫悦[ユン・ソギョル]大統領(62)に破れたことをご記憶の方もいるだろう。

 そして韓国検察は今、李氏の起訴を狙っている。一体、李氏は何をしたのか。元毎日新聞論説委員で韓国社会に詳しい早稲田大学の重村智計名誉教授に訊いた。

「李氏は2010年から18年まで、ソウル市の南側に位置する城南(ソンナム)市の市長でした。彼は15年から市内で宅地開発事業を進めたのですが、その際に『火天大有』というコンサル会社のようなものと手を組んだのです。この会社が不正に巨利を手にしたことが明らかになっており、社の大株主が金万培(キム・マンベ)氏という元新聞記者なのです」

最高裁判事にも現金

 この火天大有が宅地の開発事業に出資していたのだが、何と出資額の1000倍にあたる4040億ウォン(約430億円)もの高額配当を受けていた。異常な配当であるのは言うまでもない。

「この巨額配当が関係者への賄賂や大統領選の不正資金に流用された可能性が高いと検察は判断し、捜査を進めています。李氏は左派系ですから、疑惑が浮上した時は同じ左派である文氏が大統領だったので捜査は進みませんでした。ところが李氏が大統領選に敗れ、保守派の尹氏が大統領になってからは検察が本腰を入れるようになったのです」(同・重村氏)

 4040億ウォンの巨額配当を利用し、李氏が刑事裁判で無罪を勝ち取った可能性まで指摘されている。

 李氏は2018年、京畿道(キョンギド)知事選に出馬し、圧倒的な得票で当選を果たした。ところが知事選の際、「市長の職権を乱用し、実兄を精神病院に強制入院させたのではないか」という疑惑が浮上した。

 知事選のテレビ討論で李氏は、「入院させた事実はない」と否定。ところが、これが虚偽の回答だったとして、検察は公職選挙法違反で起訴したのだ。

 一審は無罪だったが、控訴審では逆転の有罪判決。ところが韓国の最高裁である「大法院」は再逆転の無罪判決を下した。

 その無罪判決に関わった判事が退任後、金氏が大株主である火天大有の顧問に就任。計1億5000万ウォン(約1600万円)の報酬を受け取っていた事実をはじめ、様々な“癒着”が判明している。

ばらまかれた商品券

「判事と金氏の不適切な関係は大きく報じられました。何しろ大法院が無罪判決を下したからこそ李氏は大統領選に出馬することができたのです。金氏が得た巨額の不正利益が違法資金として流れたことを証明する事件であり、『李氏の関与は間違いない』と考える韓国の有権者も増えています」(同・重村氏)

 そして、金氏が韓国のマスコミにも「金をばらまいていた」ことが明らかになってきたのだ。

 1月10日、ハンギョレ新聞は編集局副局長の解雇を発表。金氏からマンション購入資金として合計9億ウォン(約9500万円)を借り入れていたことが判明したためだ。

 ハンギョレ新聞は左派の論調で知られ、過去の軍事政権に対する厳しい報道姿勢とスクープ記事で高い評価を受けてきた。

 そんな新聞社の幹部が疑惑の人物から巨額の資金を借りていたという事実は、韓国社会に衝撃を与えた。同じく10日には同社の代表と編集局長が引責辞任したことも、事態の大きさを物語っている。

 金氏と韓国メディアの癒着に関しては、保守系の朝鮮日報が詳報を続けている。同紙の日本語電子版から、2つの記事のタイトルを紹介する。

◆メディア買収試みた金万培氏、記者らに4000万ウォンの商品券ばらまいていた(1月10日)

◆大庄洞開発疑惑・金万培氏、中央日報幹部級記者の銀行口座に1億ウォン送金(1月13日)

編集部註:日本円にして約440万円と、約1100万円

“フィクサー”だった金氏

 だが、先に紹介した産経新聞の記事によると、朝鮮日報の論説委員も金銭を受け取っていたという。

《韓国メディアなどによると、金銭貸借や企業顧問契約などの形式でカネを受け取ったのはハンギョレ幹部のほか、保守系の中央日報、朝鮮日報の論説委員や中道系の韓国日報のニュース部門責任者ら。ゴルフ場接待などを受け、100万ウォン(編集部註:約11万円)以上を受け取った記者も数十人にのぼるという》

 産経新聞によると、金氏は北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」の韓国国内配信権を保有する大手メディアグループに所属し、2004年から裁判・検察取材を統括する「司法キャップ」として勤務していた。現金を受け取った各紙の幹部も司法キャップの経験者であり、その時に金氏との接点ができたようだ。

 ちなみに金氏は「記事を書かない記者」として知られており、司法当局との取材調整やグループ内の派閥闘争で暗躍するなど、“フィクサー”的な存在だったようだ。

「70年代の韓国では、取材先が記者に現金を渡すのは半ば常識のようなところがありました。警察署長は年末になると、『来年もお手柔らかに』と担当記者に金一封を贈ったものです。経済担当の記者が社長にインタビューを行うと、企業側が感謝の気持ちとして現金を渡すことも日常茶飯事でした」(同・重村氏)

マスコミ関係者は不起訴?

 韓国の芸能関係者が自国の慣習にならって日本の特派員にも現金を手渡し、記者たちが慌てて返したこともあったという。

「韓国の人気歌手のレコーディング風景を取材させてくれることになり、複数の特派員でスタジオを訪れたのです。全てが終わって出ようとすると、担当者が封筒を渡してきました。あまりに堂々としているので何も考えずに受け取ってしまい、外に出て中身を確認すると現金だった。慌ててスタジオに戻って返しました(笑)」(同・重村氏)

 だが、韓国が民主化を成し遂げ、経済が順調に成長を続けると、こうした習慣も次第に消えていったという。

「ですから、大庄洞事件で金氏がマスコミにカネをばらまいているという事実が明るみになり、過去の亡霊が蘇ったような気がしました。日本風に言えば、“昭和の遺物”がいきなり現代に復活したような感じというところでしょうか」(同・重村氏)

 金氏からすれば、報道に手心を加えてもらうための「賄賂」として記者たちに現金を渡したのだろう。とはいえ、記者らに対する贈収賄の捜査は進まない可能性が高いという。

「賄賂と認定するためには、記者が意図的に記事を書かなかったことを法的に証明する必要がありますが、これは至難の業でしょう。検察の本音としても、李氏の立件に全力を傾けたいので、マスコミと戦うのは得策ではないと考えているはずです」(同・重村氏)

李氏は検察に出頭

 日本でも1988年にリクルート事件が発覚。未公開株を利用した贈賄事件で、大手新聞社の幹部も株を受け取っていたことが大きく報道された。だが、最終的な立件は政財界が中心となり、新聞社幹部の起訴は見送られた。

「朝鮮日報は『李在明氏の起訴は間違いない』と報じました。彼を起訴し有罪にしないと尹錫悦政権は甘く見られ、左派が巻き返してしまいます。韓国の指導者は恐れられ、かつ、畏れられないと、甘く見られて政権は揺さぶられます。李明博[イ・ミョンバク](81)政権と朴槿恵[パク・クネ](70)政権がそうでした。検察は周到に証拠を準備しているはずです。李在明氏に有罪判決が下ることで、尹政権は次回総選挙での議席逆転も狙っているでしょう。大庄洞事件は韓国政治を変える大スキャンダルなのです」(同・重村氏)

 聯合ニュースの日本語電子版は1月28日、「韓国最大野党代表が検察出頭 都市開発事業の不正疑惑巡り」の記事を配信し、YAHOO!ニュースのトピックスにも転載された。

 記事は李氏が《ソウル郊外にある城南市大庄洞の都市開発事業の不正疑惑を巡り、検察の取り調べを受けるために出頭した》と伝えている──。

デイリー新潮編集部